第6話 もふもふとの日常
――この国において獣人および亜人の扱いは、場所によって異なる。
元々獣人の多かった国のあった地域なんかでは『人間』として通るが、場所によってはただの『魔物』として扱われる場合もある。
ただまあ、普人や他の亜人と子を作ることができる以上、国際法で人間として扱われてはいるけどね。
幸いこの街ではちらほら獣人の姿があることもあってか、ヴェルディちゃんが奇異の目に晒されることはない。
「ヴェルディちゃん似合ってるよ~!」
「うぅ、あうぅ……」
灰色の毛皮に包まれた頬を朱色に染め、ヴェルディちゃんは恥ずかしがっていた。
うーん、かわいい。お洋服を買いに街の仕立て屋さんに来たけれど、ヴェルディちゃんは可愛いお洋服がよく似合う。桃色のワンピースなんて恥ずかしがる姿もあって破壊力抜群ですわ。他の服も着せてみたいなぁ、どれも抜群に似合うはずだもん。
「あ、あの……ボク、こっちも着たい……」
「そっちは男の子向けのお洋服よ?」
「だ、ダメですか……?」
「ダメな訳ないじゃない、すっっっっごく似合うと思うわ! ぜひ着てみてちょうだい!」
ヴェルディちゃん、髪も短めで一見男の子にも見えるからね。男女どっちの格好も似合うと思うの。
女の子の服ばかり着せちゃったけど、ヴェルディちゃんが男の子の服を望むならそれもまた……
「どうかな……? 似合う?」
「素晴らしい……最高よヴェルディちゃん」
会ってまだ1日なのに、なんでこんなに気持ちを掻き乱されるんだろう?
ヴェルディちゃん可愛すぎるでしょ!!
『……誰に似たのかしらね』
「何か言いました?」
『別に~?』
アルコア様が何か言ったような気がするけれど、そんなことはさておき。
衣服を買ったら次は食料品の買い出しだ。収穫シーズンなこともあってか、食べ物には困らない。試しにお米も買ってみちゃったよ。麦とは違う美味しさがあるらしいから、前々から興味があったの。
そんな買い込んだ荷物をヴェルディちゃんはひょいっと担いじゃったよ。小さいのに力持ちですごいねぇ。
「今日は一緒にシチュー作ろっか?」
「!!」
私の言葉にぴょこっとお耳が跳ねて、尻尾をぶんぶん振っちゃって。ふふ、無表情なのに感情隠すの下手だねぇ。シチュー好きなのかな?
香辛料はあまり買っていない。獣人、特に犬や熊系の嗅覚の敏感な種族はスパイスの刺激が苦手な事が多いのだ。
ヴェルディちゃんが何の種族なのかはよくわからないけどね。気を付けるに越したことはない。
*
ヴェルディちゃん、お料理もいけるなんて隙無しか? 最強のお嫁さんになれるんじゃない?
ふう。
満腹になった私たちは、次はお風呂に入ろうとしていた。
この街、実は温泉も湧き出てるんだよね。なんという贅沢、この家もお湯を引いているから好きなだけ温泉を楽しめるのだ。
という訳で全身もっふもふなヴェルディちゃんを洗ってあげようと一緒に脱衣場へ入ったのだけど……
「い、いいもん!! 1週間くらい水浴びしなくても大丈夫だから!!!」
「ダメよ、3日に1回は入りなさい」
なぜだか拒絶するヴェルディちゃんを心を鬼にして捕獲し、お風呂場へと連行しました。裸の付き合いってやつも兼ねてね。
うーん、すんごい泡立つね。
それにしても、あれだけ抵抗してたのに急に大人しくなっちゃって。
うむ、乾いてる時はもっふもふで分からなかったけど、体つきはやっぱり女の子だね。
そんな女の子の体や顔にまで、酷い傷跡がいくつも刻まれている。
……『お父さん』とやら、いつかぶん殴ってやるわ。
ちなみにその後は温風魔法で乾かしつつ櫛を駆使してふわふわもこもこに仕上げてやったぜ。
副産物としてでっかい毛玉が出来上がったりした。
*
それから1ヶ月後。
私は領主さんにお願い(脅迫)して、街で商売する許可をもぎ取った。
といっても何かを売ったりする訳ではなく、『治癒魔法』で怪我や病気を治すお仕事だ。
街の一室を借りて、まあ軽い病気をその場で完治させたり。ちなみに神聖魔法は使っていないよ。
これがなかなか好評で、今のところはヴェルディちゃんと2人で暮らしていくには十分なくらいは稼いでいるよ。
いやぁいいね、スローライフ。こういうの望んでたよ。
「お姉ちゃん、今日は何食べたい?」
「んー、そうだね。お魚料理が食べたいかな~?」
看板娘のヴェルディちゃんもすっかり馴染んで、今や尻尾をもふもふ握らせてくれるようになった。
まだ添い寝や抱き枕にはなってくれないけど、いずれはもふもふの全てを我が手中に……! ぐへへ。
カランカラン――
扉が開いた音がした。
お客さんだね。私はお仕事モードに切り替え入ってきた人へ笑顔を向け――
「ようやく見つけたぞ、ヴェルディ」
「っ!!」
入ってきたのは3人の男。3人とも白装束に身を包み、まるで司祭かのような格好をしていた。
……ヴェルディちゃんを知っているらしいね。私はぶるぶる震えているヴェルディちゃんの前に塞がり、彼らを睨む。
「お客さん、じゃなさそうね。うちの子に何の用でしょうか?」
「我らはその獣の飼い主だ。大人しく渡してもらおうか」
「そうはいってもねぇ、この子こんなに怯えてるし? 正直あんたたちみたいな怪しい輩には渡したくないなぁ」
「ふん、小娘が。ヴェルディよ、我らと共にお父上の元へ帰るのだ。お前には大切な『役目』があるだろう?」
「い、嫌!! もう痛いのやだ!!」
私だけ話においてけぼりだ。
けれど私のやることは変わらない。ヴェルディちゃんを傷つける奴らに渡すわけにはいかないのだ。
「そうか、ならば――」
しかし。
私は驚くべきものを目にすることになる。
「己の愚かさを地獄で悔やむがいい。
神聖魔法――【光矢】」
「……は?」
光の矢のような〝神聖魔法〟が、私を刺し貫かんと放たれた。
あまりにも想定外。
しかし呆けている場合ではない。私もアルコア様の神聖魔法を行使し、【絶対防御】を構築する。
一見薄い膜のようなそれは、光の矢とぶつかり合いそして相殺する。
「なっ……!?」
光の矢を放ってきた白装束どもが驚いているようだけど、私だって驚いてるよ。
どうして没収されたはずの神聖魔法を使えるのさ? ……いや、もしかしてこの感じは――
「よもや〝神獣〟と共にいたとはな、聖女ラズリー!!!!」
そうして白装束の三人組は、私とヴェルディちゃんに襲いかかってきたのであった。
『――嘗めた真似してくれるわね』