第57話 自由になって
お久しぶりです。アストラルパーティーというゲームにハマってました(前科多数)
空が青いことも、『海』という水溜まりのことも、陽の光が暖かいことも。
あたしはほんの数年前まで知らなかった。
……今ならわかる。
あたしがサンムルスという国で物心ついた頃から『飼われて』いた事を。
陽の光も届かない地下深く。
後に『瘴気』と呼ばれていると知ったモノの満ちる空間で、あたしは物心ついた頃からずっと過ごしてきた。
いや、あたしだけじゃない。
周りにはたくさん同じ境遇の子供たちがいた。
私も『お姉ちゃん』も、その内の一人だった。
でも……お姉ちゃんだけは違った。
お姉ちゃんだけは、『外』で過ごしてきた記憶があったんだ。
『〝世界〟はね、とっても広いんだよ』
『ひろいってどのくらい? このお部屋くらい?』
『ふふふ、もっとだよ。ずっとずうっと、大きくて広くて複雑なんだ』
『むずかしくてわかんなーい!』
あたしはお姉ちゃんから、『外』のことについて色々な事を教わった。
『どうしてあたしにいろんなことおしえてくれるの?』
『……アチェリーには、いつか自由になってほしいから』
『じゆうってなあに?』
『……世界が広い事を知っている事だよ』
そう言って困ったようにはにかむお姉ちゃんの顔が、今でも瞼の裏に焼き付いている気がする。
――もしもあたしがもっと強かったら、お姉ちゃんと一緒に『自由』になれたのかなあ。
『できるだけ遠くへ逃げるんだよ、アチェリー』
あの日、あたしの知る世界の全てが終わった。
お姉ちゃんに連れられて、あたしは初めて『青空』を見た。
隣のお姉ちゃんは真っ赤でどす黒い何かを全身に纏い、あたしたちに近寄る大人たちを握り潰してゆく。
『お姉ちゃんが暴れてる内に、行って!』
『いやだよ……お姉ちゃんも一緒に』
『ごめんね、それはできないの。お姉ちゃんがお姉ちゃんじゃなくなる前に……〝自由〟を見つけて』
そう言ってお姉ちゃんは、砲撃のごとき真っ赤な弾を迫る兵士たちに放つ。
『ハや、くイッて』
お姉ちゃんの口から、お姉ちゃんじゃない声が混ざり始めた。
怖くなったあたしは……お姉ちゃんの言う通りにするしかなかった。
あたしは走った。逃げた。命がけで、右も左も分からないまま、荒野を駆けた。お姉ちゃんから教わった知識が無かったら、とっくに死んでいたかもしれない。
それ以来、あたしは強さを追い求めている。
いつか、いつか、いつの日か。
あたしが、お姉ちゃんを自由にするために。
*
サンムルス自治区では、100年ほど前より秘密裏に『魔人』の研究が進められていた。
地下深くに聖女の結界と封印により縫い止められている、神に類する怪物。
これを兵力に転用できれば、サンムルスは独立した国家としてこの大陸の覇者となれるはず。
当初は魔人の封印を解く事を目標としていた。しかし聖女の封印は強固であり、尚且ついくつも重ねてかけられている。封印の解除や破壊は不可能だった。
次に目をつけたのは、人工的に魔人を生み出すことであった。
魔人の血を生物に投与。そして自己代謝で瘴気を生成させるよう、肉体を改造する。
様々な生物で実験してきたが、とりわけ人間の子供が1番長く生存することが判明した。
研究と実験は進む。数多の屍を踏みしめて。
そして……
100年の研究の果てに、初めての成功例が現れた。
『モシナ』
辺境の村から妹と共に捕獲してきた少女だった。
この姉妹は魔人の血肉に適合した。
特に姉のモシナは、瘴気を思いのままに操る力を発現させた。
実験は成功だ。
モシナはどんどん力を増してゆく。
これなら、かの『聖女』を殺せる。
〝朱禍の魔女〟がいれば、帝国をひっくり返せる。
モシナとその妹以外に魔人の血に適合したサンプルはいなかったが、人の形を失いつつも辛うじて生存できた個体は数体確保できた。
モシナの妹の方は魔人の力や魔力の類に極めて高い耐性を持ちつつも、瘴気を生成したり操る力は発現させなかった。
それでも有用なサンプルだ。
全ては順調だった。
しかし……
モシナが、暴走した。
理性と自我を喪失し、本能のままに瘴気を振り撒く化物となり果てた。
死者は100人ほど。
その力の大きさにしては、軽微な被害で済んだのは幸いだろう。
操術老師イースが抑え込み、隷属してくださったおかげだ。
だが、妹の方は混乱に乗じて脱走してしまった。
臓器を刻み、脳を切り開き、耐性の由来を突き止められれば。そうすれば、魔人を更に産み出せたかもしれないのに。
魔人の妹――アチェリーの行方は、今もわかっていない。
*
剣戟が迸る。赤黒い閃光が走る。
〝魔人〟とアチェリーの戦いは、一進一退を繰り返していた。
「モシナお姉ちゃん……! あたしだよ! アチェリーだよ!!」
『あちぇ、りー? あは、はは[不明な音声]!! あそぼ、あそぼ、お空を飛ぼう!!』
剣戟では互角――
魔人の全身から発している瘴気は、常人ならば即死する。シリスの街の特記戦力たちでも、短時間でまともに動けなくなるだろう。
しかしアチェリーは、瘴気に高い耐性を持つ特異体質。
今この場に魔人と渡り合えるのは、アチェリーしか残っていなかった。
「お姉ちゃん言ってたよね、あたしを自由にするって」
語りかけるごとにモシナの動きが鈍くなっている。
最愛の妹の記憶が残っているのだろうか。
「だからもうこんなことやめて! あたしを思い出して! 一緒に自由になろう!!」
『 [不明な音声]が揺蕩う夜の花。アチェリーちゃんと[不明な音声]』
支離滅裂な言葉しか発しないが、それでもアチェリーの声は届いている。
どんどん魔人の動きが鈍くなってゆく。
『あ、ちぇりー……』
「お姉ちゃん……!」
アチェリーの特異体質は――瘴気への耐性だけではない。
『神力』を、中和するのだ。
アチェリーとの至近距離での激戦により、モシナの体内の瘴気が一時的に薄れてきている。
――モシナの意思が戻りつつあった。
『ごめ、んあちぇりーちゃ……』
モシナの手から、瘴気の剣が落ちる。
「お姉ちゃん……!」
アチェリーも思わず剣を落とし、モシナへ駆け寄った。
瘴気の塊となったモシナを抱きしめられるのは、もはやこの世でアチェリーだけだろう。
最愛の姉妹の再会。
これほど美しいものもないだろう。
アチェリーはモシナに向かって抱き着こうと両腕を広げる。
だが……
「アチェリーちゃんダメ!!」
あと少しという所で、アチェリーは真横からいきなり突き飛ばされ派手に転んだ。
「いきなり何するのさ、メリーちゃ……」
自身を突き飛ばしたメリーへ抗議するべく振り向く。そこでアチェリーは言葉を失った。
メリーの胸を、〝魔人〟の瘴気の剣が貫いていたのだ。
「なんで……」
『惜しいのう、あと少しで実験体を取り戻せたというのに』
「お姉ちゃん……じゃ、ない?」
モシナの口から、嗄れた老男の声が吐き出される。
それは決して、モシナのものではなかった。
『儂は隷属した魔物を自在に操れてのう。こうして意識を乗っ取ることもできるのじゃ』
「がひゅっ……」
メリーの胸から剣が引き抜かれる。
メリーはどさりと地面に倒れ、光の消えた瞳がアチェリーを見つめていた。
「メリーちゃん……!」
アチェリーは思わずメリーの元へ駆け寄った。
肺を潰され、瘴気に体を侵され、メリーはもはやいつ死んでもおかしくない状態だった。
『まさかアチェリー、お前がこの街におったとは』
アチェリーたちを見下ろし、モシナの身体を乗っ取った何者かは嘲笑う。
「誰だよ……あんたは誰なんだよ!!?」
『儂は操術老師イース。サンムルスの特記戦力じゃ。名前くらいは聞いたことあるじゃろう?』
モシナの身体で肩をすくめ、イースはやれやれと嘲笑した。
「返せ……! お姉ちゃんの身体を返せ!!」
『断る。これは我がサンムルス帝国の兵器じゃ。我が物にしたくば儂を止めてみよ。まあ無理な話じゃがなぁ!! カッカッカ!!』
アチェリーの胸の中に、未だ嘗て感じた事のないほどの熱い何かが込み上げる。
「殺してやる……!」
『やれるものならやってみよ、大好きな〝おねえちゃん〟を傷つけられるのであればな!』
モシナの身体が、アチェリーへと一歩ずつ迫る。
アチェリーは……メリーを庇いながら、剣を拾って魔人に向き合った。
*
数分後――
アチェリーは、地に伏していた。
『ずいぶんと強くなったようじゃが、まだ未熟じゃな。成長しきる前に摘めたのは僥倖じゃ』
〝モシナ〟であれば、勝ち目はあった。
戦闘経験が少なく、ただ破壊衝動のままに暴れまわるだけだったからだ。
しかし、老師イースが操る〝朱禍の魔女〟では全く歯が立たない。
老師イースは、サンムルス屈指の宿老。数十年培われたその老獪さと技量は、アチェリーを大きく上回る。
「お姉ちゃんを……返せ……」
『カッカッカ、まだ喋れるか。良い良い、ならば次はお友達を一人ずつこの〝大好きなお姉ちゃん〟の身体で屠ってゆこうかのう?』
「やめ……やめて、やめてください……あたしはどうなってもいいから、それだけは……」
『カカカッ!! もっと絶望し懇願しろ! 儂に深く染み入る絶望を見せておくれ!!』
モシナを乗っ取ったイースは、アチェリーの側で倒れているメリーに瘴気の剣を向ける。
「いやっ、嫌っ……! いやああああぁぁぁっ!!!」
耳をつんざくアチェリーの金切り声が、辺りの空気に満ちた。
……。
「そこまでよ」
突然、イースの目の前に1人の少女が割り込んだ。
栗色の髪が風に靡き、瘴気の剣を素手で掴み、イースの顔を覗き込んできた。
『何者じゃ貴様?』
「なんだ……やっぱり本物の〝魔人〟じゃないのね」
その刹那――〝魔人〟の腹に凄まじい衝撃が走る。
『ごがっ……!?』
イースの視界が宙を舞う。
殴り飛ばされた――と、イースは理解した。そしてすぐさま空中で体勢を直し、『魔人の肉体』にダメージを与えた少女をハッキリと視認する。
『貴様は……まさか、聖女ラズリーか……!!』
「正解。ずいぶん好き勝手してくれたみたいじゃない? 魔人モドキさん?」
ラズリーは微笑していた。
上っ面だけの仮面より薄っぺらな微笑で、その下の燃え滾る感情を隠していた。




