第56話 白蛆の受難
スランプ気味です……
ひどくさむい。
神域の舞台が小麦粉をまぶしたように白く染まり、割れるような音を立てて凍りついてゆく。
私の口から吐き出される息がキラキラと白く煌めいている。
やらなければ。凍え殺される前に、目の前の『神』を私が倒さなければ。
「――上位焔魔弾!!」
私の周囲にいくつかの焔の塊が形成され、矢のように白蛆へと発射された。
巨木の丸太のような白蛆の胴体へ、焔の矢が突き刺さる。
しかし、矢はヤツの胴体に触れた途端にじゅっと音を立てて霧散してしまった。
『5<%+4*』
「効かないか……」
相手は『神』だ。
恐らくは、アイツが私を閉じ込めたこの神域の主なのだろう。
サンムルスめ、魔人に手を出すだけでも洒落にならないのに……。
『5+]*{'*.』
白蛆の大きく裂けた真っ黒な口から、呻き声が漏れ出る。
びゅうっと、北風が渦巻く。
身体を結界で守っているはずなのに、それすら貫通して肌が悴んでゆく。
「っ……かくなる上は――」
早急に倒さねば、やられる。
神域に隔離されているせいかアルコア様との会話も通じない以上、やるしかない。
――「異相」
――「不空」
――「霹靂の産声」
私は魔力と神力を練り上げる。私の頭上に幾重もの紅い稲妻が依り合わさり、繭玉のようにあつまってゆく。
それは少しずつ形を変えて、巨大な弓をつがえる両腕の姿をとる。
「術式解放――〝蕃理の雷霆〟」
そしてその弓から、一条の雷が矢のように放たれる。
舞台を凍てつかせる白蛆に、紅き光柱が突き刺さる。
氷の欠片が泡沫のように舞い踊り、白い霞が舞台上を覆い隠した。
……神に対抗できるように編み出したこの魔法だが、燃費は最悪。1発射てば魔力も神力もすっからかんだ。
だが、これでもなければ「神」に痛痒を感じさせることすら不可能だろう。
しかし……
『.4.5<%+4*』
白蛆は、斃れていなかった。
頭部の左半分を欠損し、あちこちが焼け焦げている。しかし、致命傷を与えられたという感触はない。
まずい――
白蛆はでっぷりと膨らんだ腹をひきずって這い寄ってくる。
頭の欠けた部分からタールのような黒い液体を垂れ流し、凍てついた床に滴る。
「何が……目的だ?」
『?』
私は白蛆に問いかける。
しかし応えはない。あるいは、質問の意図を理解していないのだろうか。
そうこうしている内にも白蛆は、私のすぐ眼前に迫ってきていた。
手足の末端の感覚がない。
私にはもう、目の前の神をどうにかすることは……。
目の前の景色すら白く霞んでゆく……
『@4*.~**@&*』
白蛆が何かを呟いたその時、私の背後で大きな音が響いた。
まるで大きなガラスの器が砕けるかのようなそんな音。
それと同時に辺りの景色に黒い蜘蛛の巣状の亀裂のようなものが広がって行き、まるでステンドグラスのような光景を作り出す。
次の瞬間、私の視界は真っ白な光に包まれた。
*
ひどく頭が痛い。
私はどうなった?
白蛆は? あの神域は?
「ここは……?」
雪のように真っ白な部屋、窓の外には夜空のような闇。
ここはアルコア様の神域……?
『気がついたのね』
部屋の扉を開けて、アルコア様が白い顔を覗かせた。
アルコア様は私の寝かされているベッドの元までやって来ると、微笑みながら私を見下ろした。
「アルコア様……あれから何が起こったんですか?」
『端的に言うと、封印されかけてたから助け出したって感じね。私の眷属を神域に送り込んで救出してもらったの』
「そうだったんですか……。ありがとうございます。……眷属、といいますと?」
アルコア様の眷属が私を助け出したというが、私はその姿を見ていない。
できることなら会ってお礼を言っておきたい所だけど……
『ルリムちゃんといってね、白い芋虫みたいな姿をした下級神よ』
「へえぇ……。ん……?」
……白い芋虫?
「あの、アルコア様?」
『なあにラズリーちゃん?』
「その白い芋虫って、口がこんな裂けてて、眼窩から赤黒い雫を溢している姿をしてませんか?」
『その通りよ? 会ったでしょ?』
「……ごめんなさい、敵と間違えてめちゃくちゃ攻撃しちゃいました」
味方だったのかよっっっ!!!!!
『へぇ……だからあの子スネてたのね。今度菓子折りでも持っていくといいわ、あの子食いしん坊だから』
「本当にごめんなさい……」
*
白蛆のことは一旦置いといて、問題は街と魔人についてだ。
『ラズリーちゃんが出発してからもう2日が経っているわ』
「えっ、2日!? そんなに寝ていたんですか私!?」
『違うわ。あの神域は内部の時間が限りなく遅くなっていたのよ。魔人のなり損ないどもの絶命をトリガーに発動する、罠のようなものね』
「それで〝封印〟か……」
あれは私という存在を封じ込めるためのものだったのか。
神域というからには、神力を供給する何らかの神が背後にいる事に変わりはないが。
『それから、ヴェルディちゃんが〝魔人〟と交戦中よ。街に魔人が攻めてきてるわ』
魔人が……!?
ヴェルディちゃんなら魔人相手でもやり合えるとは思うけど、無事では済むまい。
「というか、あの男の封印をサンムルスが解いて、ましてや従えるなんて……」
『……それは少し違うわね』
「と、言いますと?」
『……実際に見た方が早いわ』
アルコア様がパチンと指を鳴らすと、辺りの景色がぐにゃりと歪み……そして、あの滝壺へと戻っていた。
辺りは粘りつくような闇に包まれており、川のせせらぎと滝の打ち付ける音だけが響き渡っている。
その時。
上空で、禍々しい朱色の閃光が花火のように弾けた。
間違いない、魔人の瘴気由来の爆発だ。
閃光が収まった後、何かが上空から落ちてくる。私は身構えて落下してくる『それ』を注視する。
それの正体は……
「ヴェルディちゃん?」
『お姉ちゃん……?』
魔獣形態のヴェルディちゃんだった。
ヴェルディちゃんは滝壺に派手に飛沫をあげながら落下すると、ぶるりと身体を震わせてから私の前へぽてぽて近寄ってくる。
私は光魔法の灯りでヴェルディちゃんを照らす。
「怪我してるじゃない!?」
『だいじょぶ。それよりお姉ちゃんこそ平気なの?』
「大丈夫よ、怪我もないし」
ヴェルディちゃんの体に紅い染みのようなものが染み付いている。血かとおもったけれど、これは瘴気だ。
何があったのか――ヴェルディちゃんは、答えた。
街に大量の魔物と魔人が攻めてきたこと、魔人とヴェルディちゃんが交戦したこと、魔人の攻撃から街を庇ったこと。
その攻撃もろとも、私の元へ転移してきたこと。さっきの爆発はその攻撃をヴェルディちゃんが抑え込んだ事で起こったものらしい。
「……よく頑張ったね」
偉い、偉いよヴェルディちゃん……。
私は思わずヴェルディちゃんのふあふあの体を抱き締めていた。
『えへ……。お姉ちゃん、それより街に戻ろう? みんながあの魔人ってヤツに勝てるとは思えない』
「そうだね。さっと帰って解決しよっか」
私はヴェルディちゃんのふわふわの背中に跨った。そして、ヴェルディちゃんはくるりと身体を回転させる。
すると景色は山奥の滝壺から、馴染み深いあの街の近くへと切り替わった。
鋭角を起点に空間を飛び越えるヴェルディちゃんの神聖魔法によるものだ。
『! お姉ちゃん、あいつが魔人だよ!』
ヴェルディちゃんの指す方向から、凄まじい剣戟の音が響いている。
なるほど、この瘴気の圧は確かにあの男のものだ。
急いで近づいてみると、誰かが魔人と戦っている様子が見てとれた。
しかし……
「魔人? ……あれが?」
『魔人』のその姿は、私の記憶にある姿とはずいぶんと違っていた。
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あ、アニセカ落選でした(血涙)




