第53話 朱禍の魔女
ここまでのあらすじ
街の川に健康にとても悪い瘴気が流れてきたので、ラズリーちゃんが上流の調査に行ったよ。
そしたらなんか街の外にめちゃくちゃたくさん魔物が現れて防衛してたら、300年前にラズリーが封印したはずの魔人(?)が攻めてきた。めちゃやばい。
数週間前――
「私ともっと模擬戦をしてほしい、だって?」
アチェリーは口をへの字に結び、ラズリーにそう懇願した。
ラズリーとの模擬戦――それはシリス兵たちにとって定期的に訪れる地獄の洗礼……もとい、特訓である。
これを好き好んでやりたいと思う者はいない……はずなのだが、なぜかアチェリーだかは別だった。
「強くなりたいんです……もっと、もっと……」
「それって何かワケでもある?」
「……言えません。ただ、強くならなくちゃいけないんです」
「……」
腕組み頭を傾け、ラズリーは思案する。
「いいよ、私の時間が余ってる時にでも相手したげる」
快諾するも、ラズリーはアチェリーに対して何か引っ掛かるものがあった。
(この子は何かを隠してる。それが何かはわからないけど……
確か街では私に次ぐ新入りだったっけ? 前の居場所と関係しているのかな)
まぁ考えたところで……と、ラズリーは思考を打ち切った。
本人に話す気が無い以上、詮索はやめておいた方がいいだろう。
*
紅い風が唸っている。
まるで巨大な紅い蛇がとぐろを巻いているかのような、この世の終わりを彷彿とさせる雲が夜空に渦巻いている。
そのとぐろの中心に、『それ』はいた。
真っ黒な画用紙に鮮烈な朱を垂らして描いたような、紅い少女。髪も肌も纏う襤褸も、何もかもが朱色に染まっている。
背からは漏れ出る赤黒い瘴気が立ち昇り、まるで天使の翼を想起させる。
それを目の当たりにした誰もが理解してしまった。
あれこそが――
――『魔人』――なのだと。
『暗い……ま、だ闇のな、か……』
【魔人】が何かうわ言のようなものを吐き出した次の瞬間――
天上に、夜の闇をも蝕むような巨大な朱色の球体が浮かび上がった。
そのとき、辺りの空気を異様な冷気が包み込んだ。
肌が粟立ち背筋が凍る。
朱色の球体――『瘴気の塊』はほのかに朱色に光っていた。しかし温かさは皆無で、それはまるで地獄の亡者の怨念を顕現させたかのようだった。
魔人がゆっくりと腕を降ろすと、共に『瘴気の塊』が降ってくる――。
それを見たシリスの街の誰もが確信していた。
あれが街に落ちれば、誰も助からない……と。
瘴気の塊は地球という惑星の単位で言うところの数十メートルはある。
更に魔人が出した『瘴気の塊』に込められた、莫大な魔力と神力。
そして濃密な悪意と殺意。先の瘴気を何倍にも何十倍にも濃くした死の塊が、降ってこようとしていた。
「迎撃しろーっ!!! 絶対に防げ! アレを街に落とさせるなー!!!!」
ゴールの怒号が響き渡る。
シリスの特記戦力たちはすぐさま動いた。
まずホグジが大地を隆起させ、瘴気の塊への道を作った。
「ホホイ! ゆけみなのもの!!」
「我が右腕に封じられし力よ……ほげっ!?」
「真面目にやって!」
ホグジの作った道を駆け、カトラはありったけの魔力を消費して巨大な水の塊で瘴気の塊を包んだ。
そして中二病由来の詠唱は隣のメリーにどつかれてキャンセルされた。
「止まれえええっ!!!」
そのままメリーは水に包まれた瘴気の塊へ向け最大出力の雷撃を放つ。落雷の何万倍もの電流が水の中を駆け巡り、瘴気を打ち砕かんと迸る。
……しかし止まらない。
メリーたちの攻撃をものともせず、瘴気塊の落下は止まらない。
「はあぁぁぁぁっ!!!!!」
メリーは更に出力を上げた。
自身への反動を無視し、軋み悲鳴をあげる体に鞭を打ち……そして瘴気の塊は、水の塊ごと爆散した。
飛び散る瘴気の欠片はゴールの操る風魔法でかき集められ、街への飛散は防がれた。
「はあっ、はぁっ……」
シリスの街の特記戦力たちが全力で連携して、ようやく『たったの1発』の攻撃を防いだ。
『きれい、だね、[不明な音声]も、見てみな、よ』
【魔人】は猫のように笑い……そして天へ腕を伸ばした。
すると頭上に再び『瘴気の塊』が現れた。
「そんな……」
魔人にとって、それは小突きに過ぎない。
巨大な瘴気の塊は、再び流星のように落下を始めようとしていた。
しかし。
魔人の背後に灰色の巨大な影が迫る。
背に蝙蝠の翼を発現させたヴェルディちゃんである。
ヴェルディはもふもふの前足を魔人の脳天めがけて振り下ろした。
「お姉ちゃんをどこにやった……!?」
魔人の体が流星の如く地上へ叩き落とされる。
同時にヴェルディは通り過ぎ際に『瘴気の塊』へも爪を振るった。
朱色の巨大な球体にヒビが入り……そして粉々に打ち砕かれ、あえなく霧散したのであった。
……川に流れる瘴気が消えた時。
その瞬間から、ヴェルディは女神アルコアと会話ができなくなった。
そして、ラズリーの元へ転移することも。
ヴェルディの胸に不安が巣食う。
そしてその不安は、最悪の形となって現れた。
ラズリーが戦いに赴いた……たとされる『魔人』が、シリスの街へ現れたのだ。
魔人がここにいるということは、ラズリーの身に何かがあったということ。
「お姉ちゃんを返せっ!!!!」
ヴェルディと魔人の少女の規格外の戦いは、今ここに始まりを告げたのであった。
*
「なんということだ……」
領主ベープは、目の前に現れた『魔人』の姿に本能的な体の震えを止めることができなかった。
自身もラズリーに鍛えられ、準特記戦力相当の力を手にいれた身である。しかし、あの『魔人』には何をどうやっても勝てるヴィジョンが浮かばない。
魔人と自身とで、象とネズミほどの力の差があるのだと察してしまったのだ。
「しかし……『魔人』とやらは男性だと聞いていたはずだったが……?」
ベープは胸に沸いた疑問を指折り数えて冷静さを保とうとしていた。
魔人への対処には今しがたヴェルディが出ていった。
まだ幼い彼女に頼ってしまうことは心が痛むが、何とかしてもらう他ない。
しかし、ごく平和な田舎町を統治してきたベープには、戦略も戦術も指揮するような素養は皆無だ。
敵の戦略が何なのか、どういう戦術の作戦なのか。皆目見当もつかない。
捕らえている師団長の口からは、サンムルスの特記戦力についての詳細は将軍マクスウェルとやらの情報しか得られなかった。
マクスウェルは皇帝を自称する者の側から離れないため、戦場へ出ることはまずない。
ともすれば、先の魔物の大軍は別の特記戦力かそれに類する何かの力で差し向けられたものなのではないだろうか。
ベープは更に考える。
――しかしラズリーさんはなぜ戻ってこないのだろうか。
先のヴェルディの様子を見ていればわかる。彼女の身に何かがあったのだ。
ラズリーさんには感謝してもしきれない。
ラズリーさんが兵を鍛えてくれていなければ、シリスの街はとっくに滅ぼされていただろう。
そんな彼女に何かがあったというのに、今は街を守るだけで精一杯だ。
私の生まれ育ったシリスの街……。亡き両親から託された、この小さな領地。
先祖代々受け継がれてきた地を絶やす訳にはいかないのだ――
ベープは防壁の上に立ち、戦場を見守っていた。
眼前では灰色の巨大な魔獣と『魔人』がこの世の終わりの如き戦いを繰り広げている。
どうやらヴェルディの方が優勢なようだ。
このままヴェルディが勝てば……あるいは、ラズリーが戻って来れば、この防衛戦の勝利は確定する。だが、敵の目的が分からない以上はまだ油断はできない。
その時だった。
背後から――雷鳴のごとき爆発音が轟いた。
「何だっ?!」
――街が、燃えている。
いや、空からいくつもの炎の弾が降ってくる。
見上げると空には、大きな翼を羽ばたかせる影が月をかすめていった。
「飛竜……?!」
飛竜が、少なくとも3体。街へ向けて炎の塊を吐き出していた。
「魔法を使える者は飛竜を迎撃せよ! 仕留めなくとも構わん、街から追い出せ!! 水の魔法を扱える者は消火を! その他の者は住民の安全を確保せよ!!!」
ヴェルディと魔人の戦いが始まってから、戦力の多くは街へと待避している。
ベープは500人の兵たちへ指示を出す。
ベープ自身の護衛に置いていた数名の兵も、住民の救援に駆り出したのだった。
……それこそが敵の作戦であるとも思わずに。
背後の闇から伸びた白い刃が、ベープの頸へ吸い込まれるように振るわれた。
めちゃピンチに見えますけどまぁ大丈夫です。筋肉は裏切りません。
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