第52話 燃料
魔物の群れが現れた。
シリスの街を取り囲むように、あるいは呑み込むように。見渡す限り、魔物やゾンビで溢れ返っている。
田畑も農作ののの字も知らぬ魔物どもに踏み荒らされ、見ていた農家育ちのシリス兵の一部から『あちゃあ……』と悲鳴が上がる。
収穫の終わった何も植えていないタイミングだったのは不幸中の幸いだろうか。
そもそもこの状況は普通ならば畑の状態などもはや些事だ。人口数千人の小さな街に、数万もの魔物の軍勢が攻め込んできている絶体絶命なのだから。
だがシリスの街は違う。
単身で1000人ぶん以上の戦力を有する兵士がおよそ500人もいるのだ。中には師団数個ぶんに相当する超越者、特記戦力が5人もいる。
この戦力により、街の防衛はなんとか成立していた。
「第4部隊と第5部隊は遊撃せよ! 可能な限り畑を守れ! 味方の攻撃には気をつけろ!」
「はっ!」
ベープの指揮に従う少女2人。
第4部隊はメリー率いる、雷撃を得意とする戦力だ。
そして第5部隊を率いるのはアチェリーである。彼女らは身体強化を特に得意としており、以前ヘブルスの街の防衛に赴いた一陣でもある。
二つの部隊はそれぞれ、街の食糧事情を支える畑を踏み荒らす魔物どもを迎撃する。
畑とは人が何代にも渡って共に育てあげた、替えの効かない貴重な資源であり財産なのだ。
それの喪失はシリスの街の衰退を意味する。
「アチェリーちゃん! どっちが多く魔物を狩れるか競争しよっか!」
「えへへ……アタシに勝てると思ってるの?」
「もちろん!!」
迸る紫電。
裂ける空気。
広大な畑へ近寄る幾多の魔物どもが、瞬きする間に細切れに、あるいは消し炭になってゆく。
メリーとアチェリーは2人ともスピードに特化した特記戦力である。
並大抵の人間では視認すら不可能な超速の攻撃を可能とし、魔物どもは畑へ到達することもないままに地に伏してゆく。
「きゃはは、あひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!!!」
アチェリーの猟奇的な笑い声がこだまする。
2人が率いる200人は、二人の邪魔にならないよう散開し畑の近辺のあちこちで遊撃を開始した。
シリスの街の戦力は、嘗ての帝国と真正面からやり合っても戦争が成立するレベルに達している。
何より、奥の手として……上位精霊契約者を全員纏めても恐らくは敵わない、ラズリーに近い戦力がいる。
そう、みんな大好きヴェルディちゃんが街に控えているのだ。
そうしてシリスの街の防衛戦は成立していた。
……はずだった。
違和感は、戦闘開始から一時間ほどしてからだった。
敵の数が一向に減らないのだ。
「これだけ倒してるのに……どこから湧いて出てくるんだ?」
そう……魔物の軍勢は、断続的に補充され続けている。
操術老師の使役している数十万もの魔物たちは、サンムルスの施設にて管理されている。
それらを遠く離れたこの地へ移送する方法。
『転移』の術式である。
しかし転移の術式は燃費が悪く、まして十万もの魔物を一気に転移させるには莫大な魔力量が必要となる。
だがサンムルスは、それを解決するとある方法を編み出した――
乾いた風が枯れ木を揺らす。
辺りには枯れ木がまばらに生えているだけで、草すらも生えていない。
「さっさと歩けクズども!!」
そんな荒野に、サンムルスの兵たちは数百人もの人々を集め怒鳴り声を散らしていた。
「ママぁ……こわいよ」
「大丈夫だよ、ママが一緒にいるからね……」
幼い息子を抱いて、若い母親は歩む。
彼女の前後には虚ろな眼をした人々が並び、ゆっくりと前進している。この親子も行列のと共に前へ進む。
進む先には……巨大な魔法陣。
「ちんたらしてんじゃねーよババア!!!」
「うぐっ……」
親子の前方を歩いていた老婆が、サンムルスの兵に背中を蹴られ転倒する。
母親は老婆にあっ……と声をかけようとして、サンムルス兵に睨まれ引き下がる。
「こんな枯れたババアも有効活用してやるってんだから感謝しろってんだ」
老婆はよろよろと立ち上がり、再び列へと加わる。
息子を抱えた母親は、口をぎゅっと一文字に結び巨大な魔法陣へと歩んでゆく。
その歩む先に何が待っているのか――
「うわあぁぁぁ!!!!」
「熱いっ、熱いっ、助けてくれぇぇぇぇ!!!!」
荒野に人々の悲鳴が虚しくこだまする。
魔法陣に乗せられた人々の体が、白い炎のような光に焼かれて形を失い崩れてゆく。
そしてやがて溶けた蝋のような液状の何かへと変貌した人々の成れの果ては、魔法陣に染み込むように消えていった。
――魔力抽出術式
帝国崩壊後、サンムルスが侵略していった地の住民たち。彼らの〝使い道〟は、極めて非人道的なものであった。
この魔法陣は『魔力抽出術式』というもので、文字通り物質の中にある魔力を抽出するというものだ。その過程で不要な物質は消し去り、純粋な魔力だけを取り出す。
魔力は大気中などそこら中にありふれたものであるが、転移術式などを発動するには遥かに足りない。しかし、生物は魔力を体内に蓄える性質があり、その濃度は個体差はあれど大気中の一万倍を超す。一種の生物濃縮である。
故に、効率的に多量の魔力を集めるには生物を使うのが手っ取り早いのである。
サンムルスが支配した地の住民たちを転移術式の燃料とし、魔物の軍団をシリスの街へと届ける――
「いつまで戦い続ければいいんだ……」
開戦から9時間。
日は暮れ、空に星が瞬いている。
シリスの兵たちはずっと敵を撃滅し続けていた。
しかしそれでも魔物は減ることはなく、襲撃は続いている。
何もなかった空間に突然魔物の群れが出現する。
これには何か仕掛けがある――とは理解しつつも、目の前の敵を排除しない訳にはいかない。
回復魔法で常時肉体のコンディションを最良にできる彼らとて、精神的な疲労の蓄積だけはどうしようもない。
「クソっ、まただ!」
目の前に千の魔物の集団がぱっと現れる。
暗闇の中でもなお、シリスの兵たちは視力を魔法で強化し敵を視認する。
終わりの見えない戦いが、夜の闇の中でずっと続いている。
――ラズリーさんはどうしたのか?
――魔人、とやらはどうなったのか?
様々な雑念が彼らの脳裏に浮かんでは消えてゆく。
考えていても仕方がない。ただできる事をやる他ないのだ。
だが、その時は突然訪れた。
「魔物の襲撃が……止んだ?」
今までずっと湧いて出てきていた魔物の供給が、突如として止まったのだ。
これには喜びや安堵よりも、不気味さが勝る。
しかし現状、休息は必要だ。
シリスの兵たちは束の間の安息を取りつつ、いつまた訪れるか分からない敵襲に備える。
「アチェリーちゃん、何匹やっつけた?」
「さぁ? もう覚えてないや」
「ふふっ、実はわたしも」
メリーとアチェリーは、空を見上げながらそんな言葉を交わしていた。
星がとてもとても、綺麗だった。
――!!
その時、シリスの兵たち全員が一斉に同じ方角へ首を向けた。
異常なまでの殺気、臓腑の底からひっくり返りそうになる圧――
シリスの街からやや西の上空に、朱色に光を帯びた禍々しい雲のようなものが渦巻いている。
「あれが――」
シリスの特記戦力たちは見た。
雲のその中心にて浮かびし、朱き少女の姿を。
それから、ラズリーと同じ……決して勝てるはずのない力の差を、理解してしまった。
そして『それ』を目にした全員が、同じ確信を抱いていた。
あれこそが、『魔人』だ――と。
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