第51話 操術老師
戦争モノって書き方よくわかりませんね……
静まり返った街中を、黒い鼠どもが駆け回っている。
普段なら人々の行き交う広場への道も、今だけは鼠たちの貸し切りだ。
魔人の瘴気に当てられて、天敵の猫も今は動けなくなっている。シリスの街にはまさに、彼らの天下が訪れたのだ。
――――
「魔人って……噂には聞いたことあったけれど、本当にいたんだ……」
領主の執務室に5人の上位精霊契約者が呼び集められた。
そして領主であるベープは、彼らに今回の騒動の原因とされる『魔人』について語った。
「とは言ってもそこまで強いとは思えねぇけどな? 僕らが揃ってれば楽勝だろ?」
蒼髪の少年――カトラが、疑問を口にした。
「『魔人』と渡り合えるのはラズリーさんしかいないそうだ……。私にも信じられないが、ラズリーさんですら確実に勝てるとは言えないらしい」
沈黙が辺りを包み込む。
ラズリーは特記戦力である上位精霊契約者5人がかりで挑んでも返り討ちにするほどの実力者だ。
そんな彼女でさえ勝てるかどうかわからないというのだ。
『魔人』は川の上流からこの瘴気を流している可能性が高い。
「まぁ……ラズリーさんなら、なんとかなるんじゃない?」
「ゴールくん……確かにそうだ。今は信じる他ないだろう」
ゴールと呼ばれる青年の言葉に一同は同意を示す。
事実、彼らにできることはラズリーの無事と勝利を祈るくらいなのだ。
「……」
しかし……他の4人とは対照的に、アチェリーは俯いていた。
そして静かに、自らの下唇に歯を突き立てて血を滲ませていた。
*
しとしとと雨が降る。
シリスの街に漂う赤い靄を、霧雨が洗い流してゆく。
昼過ぎに降り始めた雨は、日が沈んだ後も降り続いていた。
翌日。
雨は明け方の内に止んだが、川は未だ紅く染まっていた。
ラズリーが瘴気の原因を取り除くたに川の上流へ向かってから1日。
ミイヴルスの働きで瘴気の力は大幅に抑えられ、ヘブルスの街でもシリスの街でも死人は出ていない。
――その時は突然訪れた。
「見ろ! 川が……!!」
誰かが川を指差して叫んだ。
川の赤色が、どんどん薄まって行く。
霧のように漂っていた赤い瘴気もかき消えてゆく。
「ラズリーさん……」
ラズリーが、瘴気の原因を何とかしてくれたようだ。
『魔人』と戦って勝ったのだろうか。
何はともあれ、またこの街は彼女に救われた――
ベープはいずれ戻ってくるラズリーをどう労うか考えながら、安堵のため息を吐き……
……その時だった。
ドォンッ! ドォンドォンッ!!
街の外から、空気が叩き割られるかのような轟音が轟いた。
「てっ、敵襲ーー!!!」
街の居住区を覆う防壁から外を見張っていた兵が敵の襲来を知らせた。
街中に危険を知らせる鐘の音が響き渡る。
「第一防壁が破壊されました!!!」
第一防壁――前回のサンムルスの襲撃の際に、大地の精霊契約者である特記戦力のホグジの力により築かれた街の外周を覆う壁である。
これを破壊できるとすれば、敵には強力な攻撃手段があるのだろう。
「来るなら来やがれ……!!」
シリスの兵たちは迷宮で手に入れた剣を握りしめ、敵の襲来に備える。
そして……『敵』は、現れた。
――いきなり、目の前に。
居住区からさほど離れていない場所――畑も近い林の側に、突然『群れ』が現れたのだ。
それは人間ではない。
大型犬ほどの小竜、牛ほどの大きさはあろうかという魔狼、全身の腐肉から汁を撒き散らしながら行進する不死者……
魔物の集団が、降って湧いたように出現したのだ。
その数は恐らくは10000は下らないだろう。
「領主様! いかがなされますか!?」
「戦術とか細かいことは知らんが……まずは第一部隊で迎撃せよ!! まずは遠距離から魔法攻撃だ!!」
「はっ!」
シリスの街の兵たちは、それぞれ100名の5つの部隊で構成されている。
部隊にはそれぞれ上位精霊契約者が1名ずつ在籍しており、この第一部隊は『風』の上位精霊契約者であるゴールが先頭に立っている。
「上位風魔弾――!」
「中位風魔弾――!」
街を覆う防壁の上から、ゴールたちは圧縮した空気の砲撃を魔物の軍勢へと放った。
――この100名の内、ゴール以外にも20名ほどが風の精霊と契約している。上位精霊ではないものの、これにより彼らは準特記戦力の中でもかなりの上澄みの戦力を持っている。
魔物の軍勢は放たれる魔法になすすべなく吹き飛ばされてゆく。
「これなら街へ到達する前に倒しきれるか……?」
もしも苦戦するようなら他の部隊も攻撃に加わらせるつもりだったが問題なさそうだ。
何より、敵の正体がわかっていない以上はあまり手の内を晒すべきではないだろう。
だが……そうは問屋が卸さない。
「領主様!! 四方に魔物の大群が出現しました!!!」
「なんだと!?」
シリスの街の居住区を取り囲むように、魔物の大群が更に4つ湧いて出た。しかもそれぞれが10000匹は下らない。
これが以前のように人間の兵であれば簡単に処理ができただろう。しかし相手は人間よりも強力な魔物たち。
「ありゃ……トロールか?」
巨大な二足歩行の豚のような魔物が、所々に混ざっている。
トロールは道具を使う高度な知能と強力な膂力を持ち合わせ、食物連鎖の頂点に君臨する魔物である。その脅威は準特記戦力にも匹敵する……が、シリス側には同格以上の兵が数百人もいる。大した脅威ではない。
「……やむを得ない、第二部隊から第五部隊までそれぞれ魔物の大群を迎撃せよ!! 更なる追撃に備え、各部隊から2人ずつ居住区に残れ!!」
ベープは500人の兵たちへそう指揮を出す。
うっすらと敵に誘導されていることは理解しながらも、目の前の脅威を対処しない訳にはいかない。
そう、今のところシリスの街は敵の手のひらの上で転がされているのである。
……今のところは、だが。
*
サンムルスが現在保有している特記戦力は3つ。
百戦錬磨の『常勝将軍マクスウェル』
圧倒的手数を誇る『操術老師イース』
そして、最強の戦力――
余談だが、嘗ては4体目の特記戦力も存在した。
しかし彼は数年ほど前に離反。現在は行方知れずとなっている。
閑話休題。
現在、この戦場には『操術老師』が参戦している。
「ケヒ……まずは貴様らの手札を晒すがいい」
小柄で細身の老人は、まばらな前歯の隙間からしわがれた笑い声を漏らす。
彼こそが特記戦力『操術老師イース』その人である。
「しかし……にわかには信じられませんな、あのような辺境に特記戦力が……ましてや『聖女』が潜んでいたなど」
ここは遠く離れた山の上。
サンムルスの兵士たちは、そこからシリスの街を魔術で強化された特殊な双眼鏡で覗き見る。
「じゃからあぶり出すのだよ。事実、作戦開始の条件は『聖女を戦闘不能にする』事じゃったろう?」
大岩に腰かけ、兵たちの頭上から老師イースは語る。その姿はさながら仙人だ。
「暁の星どもの話はホラではなかったようじゃな。
あの街には『聖女』の他にも複数の特記戦力がおる。ほれ、儂のかわいい魔物たちが大魔術で蹴散らされておるわい」
――操術老師を特記戦力とする理由。それは、彼自身が数十万もの魔物の大群を意のままに操る事が可能だからだ。
その中には特記戦力に迫る強さの魔物も含まれており、シリスの上位精霊契約者ではやや苦戦する可能性もあった。
だが、ダンジョンで訓練を積んだおかげで難なく撃破しているようだ。
「ふうむ、烏合では話にならんか。特記戦力以外にも相当な手練れが数百人もおるとは……」
イースは白髪を掻きながら顎のひげを擦る。
「特記戦力それぞれの戦闘能力はマクスウェルの四分の一ほどじゃな。さしずめ聖女に鍛えられたのじゃろうて。まぁ、特記戦力としては弱い方じゃが、5人もいるとなると厄介じゃな」
シミとシワだらけの顔をにやりと歪ませる。
「戦術次第では儂の力だけでも落とせなくもないが……」
「いかがなされますか老師?」
イースは元々、別の地域の侵略に戦力として駆り出されていた。
しかし大陸東部の辺境にて特記戦力が確認され、急遽投入されたのである。
サンムルスの目的は――もはやシリスを支配することではない。
大陸東部沿岸の支配に邪魔な『脅威』の排除である。
「うむ、決めた。――シリスの街へ『魔人』を放つぞぉ!!」
老師は笑っていた。
それはそれは無邪気に、子供のように笑っていた。
ちゃんと考えてるイースさん偉いね。どっかのおやつ配給係さん(コード師団長)は見習ってもろて。
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