第49話 赤い水
「すまないねぇラズリーちゃん……ごほっ、ごほっ……」
「無理はしないでください、すぐ良くなりますから」
街の中央広場に簡易的に建てられた小屋。その中で私は、ベッドに寝かせられたたくさんの『患者』たちへ治癒魔法を施していた。
事の始まりは1週間前――
兵士さんたちのダンジョンでの訓練も順調に進み、武器や資源などもたくさん集まってきた頃の事だった。
シリスの街に『疫病』が流行しだしたのだ。
軽い咳や倦怠感に始まり、やがて手足の痺れと共に髪は白く染まり抜け落ちる――
そして最期は老人のように衰弱して死に至る。
昔から稀に耳にする『衰白病』と呼ばれる感染症だ。
致死率は驚異の3割。死亡せずとも後遺症が残る可能性もある。
元はヘブルスの街で流行していたものが持ち込まれたのだろう。
幸いにしてまだシリスの街においては死者は出ていない。
「どうですか? よくなりましたか?」
「お、おぉ!? あんなに辛かったのが嘘のようだ!!」
衰弱して今にもぽっくり逝きそうだったおじさんが、肌をツヤツヤにさせて立ち上がった。
――治癒魔法と回復魔法を同時にかけることで、病状の進行と衰弱を一時的に止める。
そうすると魔法の効果が切れた後も、病へ耐性がつくのか病状は鳴りを潜め以降は罹ることもなくなる。感染症に限った治療法だ。
これは私が産まれる前から使われる治療法だ。しかし治癒魔法も回復魔法も、扱える人間はそう多くはない。
『ワクチンなんて技術のない世界でよくやるわね』
わくちん?
なんですかそれ?
『発症させられないほどに弱らせた感染症の因子を、わざと体内に入れて身体に耐性をつける予防法よ。魔法のない世界ではよく使われてたわ』
なにそれ怖……。
ただ、魔法を使えなくてもそういう技術であらかじめ病を克服できるのなら、今の世界よりも人死にははるかに減らせるだろう。
そのうちこの世界にも同じような技術ができるといいな――と思いつつ、私は他の患者たちにも同じように魔法をかけてゆく。
「ありがとうございますラズリーさん……! また街を救っていただいてしまいました……!」
「いいよ、この街が衰退したら私も困るしね」
腰の低いベープさんを宥める裏で、私はこっそりと街を不可視の『結界』で包み込む。
そして内部の住民という条件をつけ、治癒魔法と回復魔法を自動でかけ続けさせる。
これでこの街で衰白病が発症することはなくなるだろう。ついでにしばらくはみんな超健康体だ。
最初はシリスの街の地力で克服してもらおうかと思ったけど、死人が出る前に何とかしようと思って手を貸した次第だ。
「ヘブルスの街は……ミルスさんが同じことしてくれるみたいだね」
「そのようです。少し前から流行っていても死者や重篤者がいないというのは彼女のおかげでしょう」
ミルスさん――豊穣神ミイヴルス。
この一帯の守護神である彼女は、人知れずこっそりと人を助けている。
今度また挨拶しに行こうかな。
そんなことを考えながら私は帰路へつく。
今日もすっかり夕方だ。
「お帰りお姉ちゃん!!」
「ただいまヴェルディちゃん~!」
灰色のもふもふがぴょいっと私の胸に飛び込んで来た。
よしよしかわいい。
それから私はヴェルディちゃんと一緒に夕ごはんを作って、お風呂に入る。その後は毎日恒例のヴェルディちゃんブラッシングタイムだ。
「うにゃぁ……」
私の膝の上でゴロゴロと喉を鳴らしちゃって、ヴェルディちゃんったらネコみたい。
「うにゃっ、にゃぁんっ……」
腰のあたりを梳くとなんだか5割増しで気持ち良さそうなので、ついいっぱいやっちゃう。
ヴェルディちゃんったらほんと手触りいいよねぇ。
「えへっ、えへっ……おねえちゃん好き……」
ヴェルディちゃんが嬉しそうだと、私も嬉しくなってくる。千年生きてきて初めての感覚だよ。
聞く限り、ヴェルディちゃんは産まれてからずっと父親に虐待されて育ったらしい。
その父親の手でヴンヴロットとかいう神の依り代にされかけたりした影響で、ヴェルディちゃんは後天的に獣人の女の子になった。
よしよし……お姉ちゃんがいるからね。
私はつい、今日もヴェルディちゃんのことをいっぱい甘やかしてしまう。
母親って、こんな気持ちなのかな。
そんな事を思い浮かべながら、私は今日も夢に落ちてゆくのであった。
*
「ラズリーさん……ラズリーさん!」
誰かが玄関を叩きながらなんか叫んでる……
朝からうるさいなぁ、と思いながら扉を開けると息を切らした様子のベープさんが立っていた。
「ベープさん……? なに、どしたの?」
「大変です!! 川が――!!」
――
「なにこれ……」
ベープさんに連れられて、シリスの街の真ん中を突っ切る川を見に来たら……
そこだけ夕焼けを垂らして混ぜたかのように、あるいはまるで血のように。
川が真っ赤に染まっていた。
「明け方には既にこの状態だったようです。
赤い水に触れないよう知らせてはいますが……既に何人かが手を失いました。触れた箇所が朽ちるように崩壊してしまうようです」
「手を無くした人を集めて。私が治す」
部位欠損くらいならなんとかなる。
この街で暮らす以上、私は街を守らなきゃいけない。
どんな異変が起こっても、死者は出させやしない。
それにしてもこの赤い水――
「ラズリー、さん……これ、は……」
「ベープさん!?」
私の目の前で、ベープさんが崩れるように倒れてしまった。
咄嗟に頭を打たないように受け止める。
「これって……まさか――」
赤い水に触れれば朽ち、触れずとも瘴気を浴びるだけで弱り果ててしまう。
……私はこの現象に覚えがある。
これは『神力』の一種だ。生物の生命力を奪い、死に至らしめる。
――300年前、建国から間もないデルタノルド王国の最初の危機がこの『赤い瘴気』だった。
考えられる可能性はひとつ――
「――まさか、〝魔人〟が……復活した?」
考えられる中でも最悪の可能性が、脳裏を過った。
(名無しのモブ含め主人公サイドで犠牲者が出る予定はありません)
面白い、続きが気になると思っていただけたら感想や星評価をよろしくお願いいたします。




