第5話 拾ったもふもふ、メイド向き?
少年はずっとずっと走ってきた。慣れない体を、慣れない感覚を無理やり働かせて、どこか遠くへ逃げたかった。人前になんて出たくもない。
しかし少年には、食べられる野草の知識も狩猟のしかたも、何もかもわからない。文明から逃れることなんてできやしない。
逃げて、走って、逃げて、走って。その果てに辺境の街へたどり着いた。
街の人たちは優しかった。このケダモノの姿を見ても悲鳴をあげず、食べ物を分けてくれることもあった。
けど、それ以上の施しは少年自らが拒否してきていた。
――ボクと関わると、不幸になっちゃう
だから、『お父さん』の雇った追っ手が街に来たときは、一人で立ち向かおうとした。
この街まで巻き込まれる必要なんてないのだから。
しかし、その追っ手たちはたった一人の少女の手で鏖殺されたのであった。
*
「おや、起きた?」
獣人の少年(?)を我が家へ連れて帰った私は、彼をベッドに寝かせて目を覚ますのを待っていた。
そとはとっくに明るくなって、お日様もそこそこ高く昇っている。
それだけこの子は疲れ果てていたのだろうね。
「おはよう、気分はどう?」
「えと、あの……ここは」
つぶらな瞳をぱちくりさせて、戸惑っている。
「ここは私の家だよ。昨日何があったか覚えてる?」
「……はい。あの野盗たち、お姉さんが倒したんですか?」
「見てたんだ。そうだよ、私は強いからね」
やっぱ見てたか。
ただ敵意も悪意も感じないし、野盗側の存在ではなさそうかな?
さて、ひとまず彼も目を覚ましたし自己紹介といきますか。
「私はラズリー。訳あってここで密やかに暮らそうとしている。君は?」
「ぼ、ボクはヴェルディ、です……。ボクも、いろいろ……あって……」
うーむ、人に言えない事情かな。獣人だし差別を受けてきたとか、闇奴隷関係だろうか?
『変わった子ね。魂と肉体の形状が噛み合ってないわ』
……えっ、それどういう事です?
『そのままの意味よ。ただの獣人じゃなさそうね』
うーむうむ、訳アリだとは思ってたけど更に闇の深そうな……
『それとその子、女の子よ?』
「……えっ!?」
*
「ボクに優しくしてくれてありがとうございました。……けれど、ボクと関わるとラズリーさんが危険です。……だから、そろそろ出ていきますね」
なんて言いながらベッドから立ち上がったはいいものの、そのままふらついて転んでまた気絶しちゃったよこの子。
すんごいお腹鳴らしてるし、しばらく食べてないのかな。
私はもう一度ヴェルディくん……じゃなくてヴェルディちゃんをベッドに寝かせて、朝ごはんをさっと用意した。
といっても簡単なものだけどね。
野菜を炒めたものと、内臓を除いた川魚を素焼きにしたもの。それからミルクのスープに硬めのパン。
これでも聖女時代の質素なものと比べるとだいぶ贅沢な感じがするよ。あの頃はほぼ生野菜だったしね。
「ん、む……」
「おはよう、2回目の起床だね」
「はっ!? ご、ごめんなさい! すぐに出ていきます!!」
「待ちなさい、せめてごはん食べていきなさいよ。軒先で倒れられても困るからさ」
跳ね起きたヴェルディちゃんを諌め、食卓に着かせる。スプーンやフォークの使い方はわかるみたい? 育ちはいいのかな。
ヴェルディちゃんはしばらく食べ続けていると、ふとうめき声をあげた。
「うぅっ……」
「ど、どうしたの? もしかしてお腹痛いの?」
「ううん……美味しいごはんを食べれたの、久しぶりだったから……ありがとう、ラズリーお姉ちゃん」
な、なにこの気持ちは……これが、これが可愛いという気持ち……!?
「いいのよ。それとしばらくここに居なさい、子供を見捨てる訳にはいかないから」
「で、でも……」
「でもじゃない。子供は大人に甘えるものだよ? それに……私ってこう見えて大人だし、けっこう強いからさ。何かあっても大丈夫」
口ぶりから、ヴェルディちゃんは何者かに狙われているのだろう。昨日の野盗もひょっとしたらその関係だったのかな?
ま、なんだっていい。これは私のエゴだし、正しい事だとも思っていない。それでいいの。私は自分を善人でも聖人君子だとも思ってはいないから。
「……ありがとう、ございます。それでも……ボクがここにいるのは危険なんです。だからせめて、何か役目をください。何もせずラズリーさんのお世話になる訳にはいかないんです」
「ふふふ、それじゃ早速お風呂場の掃除でもしてもらおうかな?」
*
本人の希望もあり試しにヴェルディちゃんに家事を一部やらせてみたんだけど……
めっちゃよくやるわこの子。お風呂場は神聖魔法使ったのかと見間違えるくらいピッカピカだし、お皿洗いも慣れた手つきでめちゃくちゃやってくれる。
お掃除も私より遥かに上手だし、おやつに私が焼こうとしたクッキーを焼かせたら信じられないくらい美味しくしてくれた。
アルコア様流の花嫁修業を100年積んだ私より上手とはただ者ではない。
ちょっとだけふわふわの毛が抜け落ちたのが散らばってることもあるけれど、そこはご愛嬌。
逸材ですわ、この子すんごい逸材かもしれへんわ!! 女子力の塊ですわ!!!
うへへ、そのうち保護じゃなくメイドさんとして雇っちゃおうかな? 頑張ってる姿はかわいいし眼福。この子の追っ手が何者なのかは知らないけど、こんな逸材逃がす訳にはいかない。
いつか出くわしたら一匹残らず鏖殺しなくっちゃね。
『ふふっ……』
「アルコア様何笑ってるんですか?」
『ううん、少し昔を思い出してね。それよりヴェルディちゃんはやっぱり変わってるわね』
「変わってる? どこがですか?」
『さっき自分の尻尾につまずいて転んでたわ。それも1度じゃない、何度も。……まるで、自分に尻尾がある事に慣れてないみたい』
――
明日はヴェルディちゃんのお着替えを用意してあげないとなぁ。お金は元々貯金していたものがあるから、1年は暮らせると思う。けど、いずれは底を尽くしどうにかして稼がなきゃいけない。
どーしたものか。
夜遅くにそんな事を悩んでいると、ふとヴェルディちゃんのお部屋からうんうん唸り声が聞こえてきた。
こっそりとヴェルディちゃんのお部屋のドアを開けてみると……
「ごめんなさい、お父さん……もうぶたないで……許して……、産まれてきてごめんなさい……」
震えながらうなされてる。しかもうわ言とはいえその内容はヴェルディちゃんの過去を示唆するものだった。
父親に酷いことをされてきたっぽいね。
体の傷跡は『お父さん』につけられたものなのだろうか。
……。
「よしよし……私が守ってあげるからね」
苦しげな顔をそっと撫で、毛布をかけてお部屋を去る。
私にこの子の心のトゲを抜くことはまだできない。でも、それでも側にいてあげることはできる。
どうかヴェルディちゃんがもう魘されなくなりますようにと、私はアルコア様に祈るのであった。そうなればいいねと返されただけだけども。
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