第45話 隣街でも悲劇は起こる
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――もしもあの時、アタシが姉さんの手を取って一緒に逃げていたら。
――もしもあの時、アタシに力があったなら。
少女はあったかもしれない『もしも』を夢想する。
数年前にたどり着いたこの地――シリスの街で暮らし始め、兵に志願したあの日。
『強くなりたい』と、少女はそうひたむきに何年も努力を積み重ねてきた。
しかし望むような『強さ』は得られなかった。
――ラズリーという少女が現れるまでは。
*
独特な臭いが風に乗ってきている。
都会に住む者では顔をしかめてしまうであろうその臭いは、牛や豚、ヤギや羊に鶏といった家畜特有のものである。
ヘブルスの街――
人口およそ6000人、農作の他に畜産業に力を入れている小さな街だ。
川に囲まれた広大な土地に家畜を放牧しているその様は、平時であれば牧歌的な光景だったであろう。
しかしながら、今は子牛の一頭も外にはいない。
「てっ、敵襲ー!!!」
見張りをしていたヘブルス兵が、そう叫ぶ。
街のあちこちで緊急事態を知らせるように鐘が鳴り響き、住民たちは慌てながら各々の家へ立て籠る。
「敵の数は?!」
「サンムルス兵、10000ほど!」
報告を聞き、ヘブルスの街の若き領主であるヒルトは眉をしかめた。
「10000か……どう足掻いても勝てぬな」
「降伏しますか?」
「いや……」
ヒルトは思考する。
齢15、まだ少年であるヒルトには重すぎる選択だ。
だがそれでもやらねばならぬ。民を守るために、時として非情な選択をしなければならない。
――我が街の戦力は600。シリスから派遣された兵を加えても700……。やはり覆せる戦力ではない。
――しかし、だ。我々には下級とはいえ魔法使いの戦力が10人もいる。
失敗する可能性は高いが……広範囲への攻撃を可能とする極大魔法の術式を構築できればあるいは……
「――居住区の防壁を強化し籠城する。外部の土地は最悪放棄するが、今は兎に角時間を稼ぐ。魔導部隊は極大魔法術式の構築を試みろ」
「きっ、極大魔法ですと!? そんなもの成功する訳が」
「わかっている。だがこのままむざむざと降伏し民の尊厳を磨り減らすくらいならば、賭けるしかない」
それに……
「――シリスの街には英雄殿がいる。三千の兵を退けたという事から、恐らくは特記戦力に相当する」
「と、特記戦力ですと!?」
「うむ。よもやすればシリスに攻め入った四万のサンムルス兵を退けた後にこちらへ救援に来てくれるかもしれぬぞ?」
「そうであれば、よいですな……」
誰もが理解している。
そのような希望ははりぼてなのだと。英雄ヴェルディでさえ、四万の敵兵には敵うはずもない。もしも撃退できたとて、シリスの街への被害は洒落にもならないだろう。こちらへ特記戦力という切り札を送る余裕もあるはずがない。
むしろ雑兵100人も派遣してくれただけでもありかたいのだ。
「ヒルト殿! 一番槍は我らに任せてくだされ!!」
妙にガタイの良いシリス兵たちは、どうにも真っ先に戦場に出してほしいらしい。
資源はごく限られている。
籠城するのであれば、人は多くない方が長続きする。
領主たる私にとって真っ先に切り捨てるべきは、外部の人間である彼らだ。
「すまない、一番槍を頼む」
「何を謝ることがある?」
彼らも理解しているのだろう。
今頃は彼らの故郷が踏み荒らされているだろう。
そんな故郷の仇である憎きサンムルス兵どもに一子報いたいと、だからこの残酷な役を買ってくれたのだ。
「ありがとう……。貴殿方の勇気は生涯忘れることはないだろう」
100人が10000人のサンムルスを少しでも引き付け、そして僅かでも戦力を減らす。
焼け石に水だろうが、ほんの少しでも時間を稼いでくれるだけ今はありがたい。
「しかと見届けよ、我々があの数ばかりの木偶の坊を返り討ちにする所を!」
「はっはっは、頼もしいな!」
わかっている。虚勢だ。
自らを鼓舞して、命を捨てる。
だが今はそれが心強くも思える。
「ではヘブルスの街の皆様、我々が奴らを狩り尽くすまで安心して待っていてくだされ」
そう言い残して、僅か100人ぽっちのシリス兵たちは戦場へと出ていったのであった。
*
「初めての戦場だぜヒャッハー!!!!!!!!!!!!!」
シリスから派遣された兵たちは、テンション爆上げであった。
それはもう、リーダーによる制止がなければ本当に爆発しそうなくらいにアゲていた。
「なんだ貴様ら、投降するつもりか?」
「そっちこそ這いつくばって赦しを乞うなら今の内だぜ?」
サンムルス兵10000人を前にしても、彼らは臆することなく中指を突き立てた。
「たかだか100人風情でこの我らを愚弄するとは笑止千万!!!」
こうして絶望的な戦力差による戦闘は幕を開けた。
……戦力差がどう開いているか、だって?
「えいっ」
――戦場が、割れた。比喩なんてもんじゃなく、マジでぱっかーんと割れた。
シリス兵の先頭に立っていた少女が手刀を振ったことにより、サンムルスの軍勢は均等に半分に割れた。
境目にいた兵どもはその一瞬で苦痛を感じる間もなく轢殺されたが、後に起きる惨劇を考えれば幸せな事だったのかもしれない。
「アタシはこっち、残りの半分はみんなにあげる!!」
「うおおお!!!!」
突然の事態に硬直するサンムルス軍どもへ、餓えた野犬のごとくシリスの兵が拳で襲いかかる。
「ば、化物!?」
「ひ、怯むな! 突撃いいい!!!」
「チェストおおおおおおお!!!!!!」
勇気を出して突撃した兵たちがたった一人のシリス兵に吹っ飛ばされてゆく。
ほんの100人ぽっち、されど人外が100人だ。
ただの人間であるサンムルス兵たちに為す術はなく、瞬く間に命を赤く散らしてゆくのであった。
そして、そんな惨劇が真隣で起こっている残りの半分はというと。
「うふふー、あははー、ははっ……!!」
少女の笑い声が不気味にこだまする。
笑い声が聞こえた者は、一秒後には全身を強く打ちこの世にいない。
――少女の名は〝アチェリー〟。
ラズリーが選定した5人の上位精霊契約者の中でも、最強と評される怪物である。
「き、消えた!?」
アチェリーの姿が、サンムルス兵の視界より消失する。
彼女の契約精霊は、『無』。
属性を持たない、魔力の塊である。
無属性。それは裏を返せばつまり何にでも成れるということ。
属性持ちが特化型であれば、無属性は万能だ。
ただし、出力される魔法は属性持ちの劣化にしかならない。
その上、そもそも彼女は精霊を宿してなお魔法を体外で発動する素質に欠けていた。
炎で敵を焼いたり、放電したり、水を産み出したり、風を起こしたり。
そういった事が極めて異例なことにできないのである。
だが、それでも彼女はシリス兵の中では最強だ。
ばちゅんっ、ぶちっ、ぐしゃっ
瞬きする間に幾百もの兵が潰れた果実のような姿に変わってゆく。
それは、精霊契約によって得られたリソースの大半を『身体強化』に回しているからである。
体外で魔法を発生させる事はできないが、逆に彼女は自身の体内での魔力操作に長けていた。
体内であれば魔法を起こせる。とりわけ治癒魔法や身体強化の強化倍率は他の追随を許さない。
「た、待避――」
「逃がさないよぉ?」
バツンッ
少女の抜けた声と共にまた誰かの身体が破裂した。
それに加えてアチェリーは、メリーがやっていたものと同様に脳や脊髄といった神経系の活動を微弱な雷撃魔法で強化しており、人間を遥かに越えた反射速度を有する。
極めつけは、アチェリー本人の戦闘センスだ。
他4人の上位精霊契約者はラズリーには手も足も出ず何度も負けている。辛うじてメリーは食い下がりはしたが、それでも軽くあしらわれてしまった。
ところがアチェリーだけは、ラズリーと善戦することができたのだ。
特記戦力の中でも上位に位置するラズリーと、戦闘が成り立つ。
「あははっ、きゃははっ、きゃはははははっ!!!!」
テンションに任せてアチェリーは身体強化を最大まで引き上げる。すると、背に翼のような光が纏わりついた。
そんな姿を見た誰が言ったか、ついた二つ名は『天使』。
さて……
「あれれ~? もう終わっちゃったの~?」
開戦から5分。
10000人いたサンムルス兵は、ただ一人の生存者も残さずこの地の染みとなっていた。
アルティメットシリス脳筋兵。
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(例の案件ですが、どこで何を書いているのかなど詳しいことは今後も恐らくは明かせません)




