第39話 英雄……?
サンムルス解放軍という大軍勢からの宣戦布告――
全体で百万もの兵力を誇り、帝国崩壊後各地で勢力を広げているという。
そんな一大勢力に、シリスの街は宣戦布告を受けた。三日後に万の軍勢が押し寄せてくるというのだ。
住民たちの不安は最高潮。そんな彼らのために、ベープは広場にて演説を行う事に決めた。
「我がシリスの民よ、領主のベープである。突然の宣戦布告を受けて混乱している者も多いだろう。だが安心してほしい、全て想定内だ」
ラズリーに拡声の結界術をかけてもらったベープの声は、街の中にまんべんなく響き渡る。なおその声は街の住民の耳にのみ届き、部外者には認識できないというオマケつきだ。
「前々より我らは秘密裏に万の軍勢からの防衛を可能とすべく特殊な鍛練を重ねてきた。そしてその成果は期待以上のものとなっている」
「た、鍛練……? この街の戦力は500人ぽっちだろ?! 本気で言ってるのか!?」
「本気です。……それでも不安に思う方もいるかと思います。ですので、この演説が終わったら市街区域の東の広場にて実演してみせましょう。興味のある方はぜひいらしてください」
そんなベープの演説とその後の〝実演〟により、住民たちの中にあった不安はほぼ取り除かれた。
そして実演を見た住民は、こう語る。
「ありゃあ……天使サマか?」
……と。
*
さて、そんな情報共有を済ませてから半日……。
夕暮れ時に、事件は起こった――
「お~い、ライちゃん。もう日が暮れるぞ~」
「わかってるよお父さん~! あとこれだけで終わりだから」
霜が降りる前に畑を耕すべく、その農家の少女は朝から夕方まで精力的に働いていた。
冬は肥料が混ざりにくい。だから霜が降りる前の今の内に少しでも土を耕し肥料を撒いておくのだ。
これから戦争が起こる……。街を守るために、兄を含む多くの兵士たちが命がけで戦いに赴くのだ。
ここは彼らの帰る場所。そして守ろうとしている故郷。
彼女たちにできることは、こうして来年も美味しいごはんを食べれるように働くことだけ。
「――ふう、終わった!」
ギリギリ日没前に畑仕事を終わらせて、ライは遠くで手を振る父親と合流しようと急ぐ。
だが――
「むぐっ!?」
「騒ぐな、殺すぞ?」
突然――茂みから数人の男が飛び出し、ライを捕まえた。口を塞がれ悲鳴もあげられず、そのままライは彼らに森の奥へ連れ去られてしまうのであった。
「待て、待て待てライを何処に連れていくつもりじゃてめえらっ!!?」
父親はすぐさま男どもの後を追おうとしたが、もう真っ暗だ。灯りも無しに進むのは危険であり、そして多勢に無勢。
――万の軍勢相手に防衛できる力が我らにはある
領主の言葉を思い出した彼は、大急ぎで街中の兵へと助けを求めに走った。
「……お父さん?」
「レイン……!」
「どうしたんだお父さん、そんなにあわてて」
「助けてくれ、ライが――」
彼が出会ったのは、兵士としてこれから戦争へ赴く息子であった。
父は語る。妹が突然連れ去られたことを。
そして兄は、兵ではなく兄として走り出した。
何も考えず、ただ体が勝手に動いた。
妹を助けるために、守るために。
*
「――ほう、それで? シリスの戦力はどの程度だ?」
「ご、500人……今は100人別の街に行ってるから400人……」
「そうかそうか」
街から森を挟んだ先の平原には、数日前からひそかにサンムルスの前哨基地が作られていた。ここでは千人ほどの兵が生活しており、先の宣戦布告をした兵はここから来たのだ。
ここへ連れてこられたライは、尋問を受けていた。抵抗しようにも大人の屈強な男ばかり。ライは聞かれた事を話すことしかできなかった。
「――ふむ。ではもう貴様は用済みだ。好きにしていいぞ」
一通り尋問を受けたライは、尋問官の言葉に一瞬だけ安堵した。
しかしそれが自分へ向けられた言葉ではないと、すぐに理解することとなる。
「い、いやっ、やめてっ――」
屈強な男たちが、飢えた獣のようにライへと襲いかかる。
乙女の純潔を穢さんと、ライの上に跨がり押さえ付け――
「たすけて……お兄ちゃんっ」
ライの純潔は穢されようとしていた――
……その時
「ライッ!!!!! お前らあああああああ!!!!!!!」
突然、前哨基地に一人の青年が声を張り上げ現れた。
彼はそのままライに跨がる男数人へ体当たりをかまし、人外じみた力で吹っ飛ばした。
「お兄ちゃん……?」
「あぁ、ライ……お兄ちゃんが助けに来たからな、もう大丈夫だ」
「ふえぇ、うえぇぇぇ……」
安堵に涙の止まらぬ妹の頭を撫でつつ、レインは敵に目を向ける。
「お前、あの街の兵だな? たった一人で来るとはとんだ大間抜けがいたものだ」
「ふん、お前らなんて俺一人で足りる。せいぜい人の妹を傷物にしようとしたことを後悔すればいい」
「はっ、口だけは千人前だな? 妹もろとも串刺しにしてやれ」
そうしてレインはサンムルスの千の兵を前に、剣を抜いた。
「ライ、これからお兄ちゃんは敵をたくさん殺さなきゃいけない。怖いところを見せたくはないから、しばらく目を瞑っててくれないか?」
「う、うん……!」
兄の背に隠れ、妹は目を瞑る。
守るものがいるというハンデ、一対千という圧倒的な人数差。
それでも――
「な、なんだこいつ!? 剣が通ら――ぎゃっ」
レインの鍛え抜かれた上に身体強化を施した肉体は、鋼の剣すら通さない。
そしてその膂力は、サンムルスの雑兵を一薙ぎで20人は両断し、脇に生えていた木を引っこ抜き振り回すほどであった。
千人はいたサンムルス兵は、修羅と化したレインに一切敵わなかった。そしてついに500人を下回る。
サンムルス兵の誰かが言った。
「こ、こいつまさか、〝街の英雄〟か!?」
稀にあるのだ。街や村には守護者として強者がいることがある。
恐らくはこの修羅は、そういう類なのだろう。そして、あの領主が大きな顔をしていた理由も英雄がいたというのなら納得できる。
そうとなれば、やることは一つ。
「おい! アレを持ってこい! こいつはここで殺す!!!」
前哨基地の彼らにとっての切り札。
奥のテントから持ち出されたそれは、大砲のような形をしていた。
――魔導砲。
本来は軍艦につけるような代物である。だが今回は開戦前にシリスの街へ一発打ち込む予定であった。
これを受けて生きていられる生物は存在しない。
「撃てえっ!!!」
砲身から轟音をたてて、ライとレインめがけて魔力の塊が発射された。
*
「フム……。して、生存者は何名だ?」
「48人、でございます」
前哨基地から命からがら逃げ延びたサンムルス偵察部隊の隊長は、本隊と合流しあの惨劇について報告した。
「魔導砲を喰らい半身を吹き飛ばされながらもなお戦い続けるとは……英雄というものは恐ろしいものよ」
魔導砲――レインなら本来ならば避けられたはずだった。しかし妹を庇ったことで直撃し、レインは片腕と胴体の一部分を欠損することとなる。
当時前哨基地にて生き残っていた兵たちは歓喜した。
が、しかし。そんな状態でもレインは止まらなかった。そのまま片腕で400人以上を殺害。
生き残っていた50人ほどの兵はそのまま前哨基地を破棄して逃走。
その後レインがどうなったかは、わからない。
「……あの傷であれば長くはない、と思われます」
「部位欠損に内臓も損傷しているとなると、よほど高位の治癒魔法や回復魔法でもなければ助かるまい。むしろ開戦前に英雄を仕留めるとはよくやったと褒めてやりたいところだ」
「ありがたきお言葉です……」
「頼みの綱の英雄が死んだとあれば、さぞ絶望に染まっているのだろうな。連中の顔を見るのが楽しみだ……」
そうして彼らは、三日後の開戦に心を踊らせるのであった。
……しかし彼らはまだ知らない。
レインはそのまま妹を連れて街へ帰還し、欠損した腕も内臓もラズリーの回復魔法により全快したということを。
そんなレインは英雄などではなく、ただの雑兵に過ぎないということを。なんなら今のシリスの兵の中では弱い方である、ことも。
そしてレイン並みかそれ以上に強い兵が400人は控えているということを。
仮にサンムルスの全兵力百万人でシリスの街を攻めたとして……2日後に起こる出来事と同じ結果になるであろう。
シリスの悲劇まで、あと2日。
かわいそうなサンムルス兵のみなさん。
もうすぐ蹂躙ですよ()
次回はラズリーちゃん視点に戻ると思います。
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