第3話 元聖女、ぶらぶらする
ずっと、聖女ラズリーこそが悪なのだと信じてきた。
民から巻き上げた金を独占し贅沢をする悪辣な、穢らわしいハーフエルフ。
記者の吹聴することを疑うこともないままに。
だからラズリーが皇帝に追放されたと聞き付けた時には、仲間と一緒に聖女の元へと駆けつけ、『正義』のために石を投げ国民の総意として罵ってやった。
正しいことをしたんだ、してやったんだ。
そう、1週間後までは信じていた。
全て嘘だった。
突如頭の中に流れ込む聖女ラズリーの『真実』が、信じていた全てを否定する。
ラズリー様はアルコア様とただひとり言葉を交わす事ができた。帝国民の意志と願いを女神様へお頼みし、叶えてもらってきた。いわば人と神との中継役――
そんな彼女を、帝国は、俺たちは、悪だとして断罪した。
その、報いなのだろう。
俺の体が、『花』になったのは。
俺に2度と来世が訪れないのは。
あるのはただ、永遠に続く痛みと罪悪感だけ。あれだけ滾らせていた正義感も、怒りも憎しみも、もうとうの昔に失くなってしまった。
俺が生きていたのは何千年前だったか。それだけ経ってもなお、アルコア様の怒りは俺に狂うことも忘れることも許さない。
きっとこれからも、ずっと。
決して終わることなく、救われることもなく。愚かな俺はこの無明の闇の中で『花』として咲き続けるのだろう。
*
神聖魔法の喪失――更には皇帝を含む権力者たちの死。帝都に住む住民の一部にも『神罰』を受けた者がおり、女神アルコアへの信仰は畏怖へとすげ代わりつつあった。
それは帝国の権威が無に帰した事を意味する。
帝国がかつて飲み込んだ国々。
神聖魔法の武力に抑えつけられ、従わざるをえなかった日々。祖父の代からの恨みも憎しみも受け継がれ、彼らは来るべき日を虎視眈々と待っていた。
それを、私は知っている。ずっと彼らの志燃ゆる眼差しを見てきたのだから。
聖女の追放と神聖魔法の消滅から1ヶ月。
帝国領の内ではあちこちで帝国軍と反乱軍による血みどろの内戦が勃発していた。
でも、私にとってはぜーんぶどうでもいい事だもーん!
帝国っていろんな国を武力で吸収して発展しただけあって、めっちゃ広いんだよね。
10年くらい内戦したらまた複数の国に分かれると思うけど、そんなの待ってはいられない。
というのも、私は正体バレたらたぶんどの勢力からも狙われるし、捕獲されたら最悪処刑対象だと思うんだよね!
処刑されなくってもさ、『新たな帝国を築くのだー!』って御輿に担がれたり、無理やり血筋を産ませられたりとかしそうじゃない? まあアルコア様が許すわきゃないけども。男マヂムリ。
という訳で、目指せ国外脱出! なんならこの大陸からも逃げ出したい!!
あー、しっかしテンション上がるなぁー! こんなに清々しい気分は何百年ぶりだろ? 自由っていいね、ビバ自由! ちょっぴり物欲も湧いてきた!! 目指せスローライフ!!
『楽しそうね。……油断はしちゃダメよ? この私すら欺く〝何か〟が暗躍しているのは確かなんだから』
「わかってますよアルコア様。……ほんとに気を付けますよ」
……皇帝グリフォニアをアルコア様が『生け花』にして殺した後、なぜか『魂』を回収できなかったそうなのだ。他の貴族や軍人どもはできたのに、だ。
――恐らくは、アルコア様を欺き横から魂を掠め取れるような〝何か〟があの場にいたのではないか、とのこと。
やだなぁ、こわいなぁ。最悪、アルコア様の神域で暮らさせてもらおうかなぁ?
ま、そうなるまではせいぜいスローライフを目指させてもらいましょうかね。
*
草! 森! 木! 森! 草! 川! 川! そして草!!!
……いや、帝国広すぎんでしょ。同じ景色をかれこれ1週間連続で見せられ続けている。
神聖魔法が失くなったことで、あらゆる物流や移動手段となっていた乗り物が機能しなくなったのが痛いね。噂に聞く鉄道とか乗ってみたかったのに。
うーん、これ国境までどうやって行こう? たぶん徒歩だと1年近くかかると思うんだよね。途中にいくつも山脈もあるし。
『無理しないでゆっくり目指せばいいじゃない? 辺境の街あたりなら神聖魔法喪失の混乱も少なそうじゃないかしら? しばらく身を隠すにはいいと思うわよ?』
「そうですかねぇ?」
帝国は先代の皇帝が一代で築きあげた、とっても新しい国だ。そのため、場所によっては神聖魔法がそれほど普及せず、昔ながらでよろしくやっている国とか街とか村とかもないことはない。
この辺の街とか案外その条件満たしてそうだし、お邪魔しちゃおうかな。
――そんなこんなでやって参りました、シリスの街!
農作の盛んな街というか村で、金色の麦畑が眩しい。街の中央部に建物や主な施設が集まっており、その外はほとんどの面積が畑だ。
帝都とかいう壁に囲まれた円形の妙ちくりんな街と違って、開けてて清々しいね。
畑には麦以外にも近年話題の新野菜のトマトやジャガイモに、ニンジンやらキャベツや……水の張った畑? お米ってやつかな? も育てているみたい。すごいね。
しかもこれら、通りすがりのおじさんいわく神聖魔法に頼らず育ててるんだって!
私ちょっと感動しちゃったよ。
混乱と破滅の蔓延する今の帝国内でも、この街は食物を自給自足しているおかげかなんとかなりそうだね。……外から攻められたりしない限りは。
盛大なフラグを立てたような気がしないまでもないけど、早速お邪魔しちゃおう。正体バレたくないから目立たないようにね。
「あなた、聖女のラズリーさんですよね?」
「ふあっ!!?」
街に入って早々、いきなりバレた。ストレスの多そうな細身のおじさんに。
え、何で? マジでなんで?
「私はこの街の領主でして、以前帝都へ赴いた際に1度だけお顔を拝見しまして……」
「なるほど……。それで私に何か用でもあります?」
「用という用は別に……。あ、別にラズリー様を反乱軍に売ったりとかそういう気はありませんよ? する気なら声なんてかけずにやります」
「それもそうですね。あぁ、私もこの街に害を加える意図はありませんのでご安心を。……ただ、ひとつだけお願いがございまして――」
――領主さんは私の存在を知らない、聖女だと気づいていない。そういう体でいくことになった。反乱軍や帝国軍なんかが来るようないざという時に、私を助けなくてもいい。
その代わり、衣食住を提供すること。
そうしてくれれば、街に害を成す魔物や襲撃者を討伐してあげる。
そういう契約で纏まった。
実際私はかなり強い方だと自負している。
たぶん神聖魔法抜きでこの街ひとつくらいなら落とせると思うの。やらないけど。
その後私は、街はずれの空き家を借りることになった。
昔ながらの石造りの一軒家。一人で住むにはちょっと広い気もするけど、まあ損することもないしいいかな。
家の中のホコリなんかは神聖魔法【清浄】で文字通り綺麗さっぱり消し去って、アルコア様の神域に置かせてもらっていた家具やらいろいろを家中に設置。
うん、もうすっかり夜だ。
しかしいいなぁ、屋根があるって。
もうかれこれ1ヶ月は野宿してたよ。物欲なくてもきついもんはきついよ。
いっそここに定住しちゃおうかな?
あぁでもそれだとお金稼ぐ必要もありそうだね。
『冒険者なんていいんじゃない?』
「それもアリだけど……帝国崩壊で冒険者制度って機能してるのかな?」
冒険者は帝国の作った制度により『特権』を与えられた職業だ。
未開の地や迷宮、魔物の討伐という危険な仕事をこなす代わりに大金が払われ税や一部の法が免除される。
しかし帝国が崩壊した今、もはや冒険者という職業も仕事になるのかわからない。
うーん、今後の事はまた今度考えようかな。
そんな事を考えていたら。
……殺気だ。
すぐ近くじゃない。街の外……畑のあるエリアより更に外。ずっと遠くからだけど、確かな害意を感じる。人数は50人くらい?
なんだろう、まさか帝国軍とか反乱軍とかかな?
いやー、それは勘弁してほしいな。
とりあえず様子を見に行こうか。街に危害を加えてくる存在へは私の身の安全の範疇で迎撃してあげる……って契約だしね。
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次回、バトル(蹂躙)もあるよ。