第20話 収穫祭
街のあっちこっちで燻した匂いがたちこめて、道行くひとはみな朗らかに陽気で楽しそうだ。
「すごい、人がいっぱい……」
「お祭りだねぇ。ヴェルディちゃんこういうのは初めて?」
「うん!」
「そっかぁ、それじゃいっぱい楽しもうね~?」
今日は待ちに待った収穫祭。
あっちこっちで出店が連なり、美味しそうな香りを醸している。
おっ、あそこのお店の焼きとうもろこし美味しそうじゃん!
*
この街の歴史は千年くらいあるらしい。
といっても昔は街ではなく小さな『国』だったそうだ。
そこではとある豊穣の女神を信仰していたらしい。
その女神の力は土地を肥沃にし、嵐や干ばつを遠ざけ毎年のように豊作となるようにしてくれていた。国は豊かで食べ物に困らず、誰もがお腹いっぱいで笑っていられたそうだ。
だがある日突然、何の前触れもなくその女神の祝福が消えてしまったらしい。
人々は困り果てた。
肥沃だった大地は荒れ、作物の病が蔓延し、嵐に襲われ、害虫がうじゃうじゃ発生した。
そしてそんな中でもなんとか収穫できようというタイミングで、蝗害が国を覆うように襲った。
ワタリバッタの大群はありとあらゆる食物を食い尽くしては移動して数を増やしてゆく。
食べ物どころか草の葉すらも残されず、残された人間たちは飢えに喘ぎ、とどめと言わんばかりに疫病まで蔓延した。
かつてあった小さな国は、そうしてひっそりと滅びを迎えたのであった。
……しかし、生き延びた人々はかつての豊かさを取り戻すべく奮起した。
女神の力に頼らず、自らの力で豊かさを手にする。
神聖国が建国されたのはそんなタイミングだったそうだ。
どこの国にも属さない彼らの小さな村は、神聖国に吸収される形で庇護下に入ることとなった。
やがて時代は進み、村は小さいながら『街』と呼ばれるほどに発展した。
――――
「――という歴史があるんですよ」
「へぇ~? すんごい苦労してきたんだね」
と、領主のベープさんが解説してくれた。
ちなみにベープさんはお店を構えて参加している。
『餅』という米をペースト状に加工したという料理を串に刺したものを渡してきてくれた。
一応この人貴族なんだよね。
もぐもぐ。おぉ、美味しいねこれ。甘しょっぱいタレがなかなかクセになる。ヴェルディちゃんも夢中で食べてるよ。あららお口の周りにタレをつけちゃって、拭いてあげるよ。よしよし。
「――こんにちはベープさん。お団子ひとつくださいな」
「おぉ、今年もいらしたのですか!」
私たちの後にベープさんの屋台にやって来た人物を見て、私は絶句した。
紫色の髪の女性――アルコア様いわく人間に化けた『神』、であった。
「おや、そこのお嬢さんたち?」
「は、はいっ!?」
「見ない顔だね、新しい住民かな?」
は、話しかけられた……!?
どうしよう、ここは穏便に会話してやり過ごすしかないか……?
「一月と少し前に引っ越してきたラズリーです、そしてこの子はヴェルディちゃん」
「かわいい獣人だねぇ。わたしは〝ミルス〟。毎年収穫祭に参加させていただいててね、この街の住民の顔はだいたい把握してるのさ」
「この街が好きなんですか?」
「ああ、大好きさ」
悪意など無いかのように応える“ミルス”。
しかし相手は神だ。癇癪でこの街くらい滅ぼせてしまうのだ。
ここは慎重に。さぁ、次の言葉はどう出るか。
「――この街は昔、たいへんな災いと困難に見舞われた歴史があってね。それを人の力で克服したんだ。……すごいんだよ、この街は」
「……すごいんですね」
それからしばらくミルスさんと会話をして分かったのだが……この神マジでこの街が大好きみたいだ。
そして害意や悪意はなく、それでいて余計な『お節介』をする気もない。
恐らくは例の『豊穣神』がこのミルスさんなのだろう。なぜ分霊でもなく現世に存在していられるのかは謎だ。神様って基本、世界に直に干渉とかできないからね。
間接的に、傀儡となる受肉体を操ってどうこうはできるけど。ミルスさんの場合はそういう訳でもなさそう?
まあ本人(神)に聞く訳にもいかないし、害がない限りは深入りする気もない。
ただひとつだけ聞いておきたい事が。
「そんなにこの街が好きなら、ここに住まないのですか?」
「住みたいさ。……でも、わたしにその資格はないから。……あ、わたしが自分に課してる問題だからね? 禁止されてるとかじゃないから」
うーん、やっぱり気になるね。
どうして女神としての祝福を打ち切ってしまったのか、どうして人として生きてるのか……とかいろいろ。聞かないけど。
「おっと、長話に付き合わせちゃったね。それじゃわたしはこの辺で失礼するよ。君たちもお祭り楽しんでね~?」
お互いに手を振って私たちは別れた。
いつの間にかもう夕方だ。たくさん食べたなぁ。食いしん坊なヴェルディちゃんも満足げだ。
お祭りは明日もやるみたいだし、今日はもう帰ってぐっすりお休みしようかな。
そんな帰り道。人通りも少なくなってきた辺りで、ふとヴェルディちゃんが立ち止まった。
「どうしたの?」
「お姉ちゃん、ちょっとだけここで待ってて。すぐ戻るから」
「えっ?」
*
黒い鼠たちが闇に紛れてちょこまかとうろついている。
暗い路地裏にて、男二人組が『任務』について話し合っていた。
「あの栗色の毛のハーフエルフを捕まえればいいんだな?」
「あぁ。祭りで浮かれている後ろをこの麻酔毒でブスリと眠らせて連れ去るんだ。報酬はたんまりだそうだ」
彼らはこの街の人間ではなく、外からやって来た冒険者くずれのならず者だ。
暁の星という組織に雇われ、ラズリーという少女を誘拐するよう言われている。報酬は1年間遊べるほどの大金だ。
「おっ? なんだ? 立ち止まったぞ?」
「行くぞ相棒、他に人もいない。今がチャンスだ」
毒針と袋を握って路地裏から飛び出そうとしたその時――
「お姉ちゃんを傷つけるのなら許さない」
路地裏の闇の中に、一瞬だけ巨大な化物の影が現れ――次の瞬間には消えていた。
二人の姿も、始めからそこに無かったかのように。彼らが存在した痕跡すらもそこにはなく。
彼らがどうなったのか、何処へ消えたのか。それを知るものはこの世に存在しない。
「ただいまお姉ちゃん!」
「おかえりヴェルディちゃん。どこ行ってたの?」
「んー、ひみつ!」
ラズリーお姉ちゃんの手を握り、ヴェルディは何事もない穏やかな日常へと戻る。
――明日も晴れるかなぁ。
そんな事を考えながら、ヴェルディはぺろりと口元の小さな赤い染みを舐め取る。
そうしてあの二人がこの世に存在していた痕跡は、完全に消えたのであった。
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