第19話 豊穣の街
久々の平和回
反帝国組織暁の星――
構成員はおよそ6000。まだ本格的に動き出してから二月も経っていないにも関わらず、急成長している勢力である。
今後は更に人員を増やし、それこそ帝国に対抗するほどの戦力となる……はずだった。
神聖魔法に頼らない農作により、驚異の食糧自給率を誇るシリスの街を乗っ取り組織の資源問題を解決する……という浅はかな試みは、僅か一晩で失敗した。
先発としてならず者をかき集めた『帝国兵偽装部隊』を全員投入して襲撃したところ、一人残らず死亡。
後続の騎士部隊も、領主に『英雄の茶番』がバレた上に何も知らない構成員たちにまでその事実が知られ――
そして今現在、暁の星は内側より崩壊の危機を迎えていた。
だが――
「それは本当?」
誰もいない暗闇で、少年は誰かと言葉を交わす。
『えぇ、あの姿は間違いなく〝聖女ラズリー〟でしたわよ……?』
「そうか。……ようやく、この僕が『皇帝』になる日が来ようとしているんだね」
暁の星という組織は目的さえ果たせれば仲間が何千人死のうとも構わない。
『正義』のためならばやむを得ない。むしろ役に立って死ぬことは彼らにとって至高の喜びだ。
――そう、言い聞かせられて育ってきた。
だから自分にも言い聞かせる。彼らは幸せの内に死んだのだと。悲しむべきではないと。
組織の崩壊にも無関心を装い、ただただ目的のために彼はラズリーに思いを馳せる。
「“イドーラ”様……この僕に聖女と対等なる力をお貸しください」
『えぇ、喜んで』
少年の名は『アルス』。
偶像神『イドーラ』の契約者であり、亡国の王族の血を引く選ばれし者。そして暁の星の最高指導者である。
「聖女ラズリー……この僕のお嫁さんに選ばれた事を知って喜ぶ顔が今から楽しみだ……ふふ、待っててね。もうすぐ迎えにいくから」
世間も現実も人も知らぬ少年は、幸せな空想と野望に溺れ闇へと沈んでゆく。
マッチポンプのことも少年は知らない。狡い大人に耳を塞がれて聞かされていない。
偶像神は、何も知らぬ愚かなガキを鼻で笑うのであった。
*
「おやラズリーちゃんにヴェルディちゃんや、こんにちは。いつもお疲れ様」
「こんにちは!」
街中を歩いていると、通りすがりの農家のおじちゃんがぺこりと頭を下げて朗らかに挨拶してくれた。
あの人はこの前、足の骨折やっちゃってた人だったね。治癒魔術師として治療した事を覚えている。
「おぉ、そういえばもうすぐ収穫祭なんだが来るかい?」
「収穫祭?」
「あぁ。もうじき作物の収穫シーズンなんだ。それを神様に感謝する祭りだな。美味いごちそうも屋台でいっぱい出すからな、二人もぜひ参加してくれ」
へぇ、楽しそうだね。
ヴェルディちゃんも尻尾をぶんぶん振って楽しみにしてそうだ。
「えへへ……美味しいごはん、楽しみ……」
ふふふ、この子ったらもう食いしん坊ね。
今夜のごはんはいつものシチューにしようかな。
農家のおじさん直伝、紫キャベツを煮込んで紫色のドロドロと化したあの衝撃的な見た目のシチュー……。
おどろおどろしい見た目とは裏腹に美味しく栄養も豊富で、この街では古くから定番の料理らしい。
なんで紫色かというと、昔信仰されていた豊穣神の髪の色と同じだからだとか?
最初は躊躇したけど、今はお気に入りのメニューだ。
おっと、そうだ。
シチューを作るにはお肉や牛乳が必用だね。
これは実はシリスの街ではほとんど作られておらず、畜産の盛んな隣街から仕入れているらしい。隣街もシリスの街から家畜の餌や作物を仕入れる協力関係にあるんだって。
お祭りの日には美味しいお肉も食べれそうだね……うへへ。
「おじさんお祭りのこと教えてくれてありがとー!」
「おう! 楽しみにしとけよ!!」
そんな訳で私たちは、お肉や牛乳を買い出すために街の市場へやってきた。
びっくりするほど大きなカボチャ、細長い大根、紫色のニンジン……目を引くような野菜もたくさん並んでいるね。
もちろん普通の野菜もたくさんあるよ。そしてそのどれもとれたてでお値段とってもリーズナブル!
帝国が崩壊してあっちこちで紛争が起きてるとは思えないほどここは平和だねぇ。それもこれも、領主のベープさんが頑張ってるおかげだよ。
あの人いつも死にそうな顔してるけど、めちゃくちゃ有能だよね。この情勢下でこれだけ平和を維持してるのはすごいよ。
さて、市場へ来たはいいものの、お肉は……おや、ちょうど来たようだ。
「待たせたなー! 入荷だぜー!!」
隣街からは1日一回、たくさんの魔導車で様々な荷物と人が届く。魔導車とは馬車ではなくて、魔力を動力に自立して走る新時代の乗り物だ。箱に車輪がついてそれが魔力で勝手に回って進むというとんでもない仕組みだ。
その中に求めてるお肉が冷蔵され新鮮なまま届けられる。むふふ、今日もいいお肉がいっぱいだ。おっ、今日はバターまである。
――――
買いたいものも買えてホクホクだ。
今夜は美味しいシチューをヴェルディちゃんと作るんだ。
「お姉ちゃん、手あったかい……」
「ふふ、ヴェルディちゃんの手もあったかいね」
市場に背を向け、我が家へ帰ろうとしたその時。後から広場に入ってきた魔導車から、一人の女性が降りてきた。
んー? なんだか妙に気になるなあの人? 隣街から来たのかな。
紫の髪色は珍しいけど、気になるのはそこではない。なんだろう、なんでこんなに気になっちゃうんだろう?
『驚いたわね……』
アルコア様? どうしたのですか?
『あの女、“神”よ。力を上手いこと隠して人間に紛れているわね。私でも一瞬分からなかったわ』
は、え? 神?
神との契約者ではなく?
『えぇ、神そのもの。分霊でもなさそうね。気をつけなさい』
えぇー……ここに来てまた面倒ごとの予感なんですけど。
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