第2話 お花を咲かせましょう
追放から1週間。私は近くの村に素性を隠して滞在していた。
帝都近くでありながら、アルコア信仰がまだそこまで根づいていない集落だ。
さすがに1週間もサバイバルするのは難しかったよ。ハーフエルフの私では本物のエルフさんみたいにはいかないようだ。
とはいえ、もう約束の1週間だ。
帝都近くに滞在していたのはもしも皇帝陛下が間違いに気づいて頭を下げてきたときに戻れるようにだ。けれど、それももはや必要あるまい。
私は村を発ち、再び深い森の道を進む。
『ラズリーちゃん、気づいてる?』
「気づいてますよアルコア様。
少し後ろから誰かがついてきてますね。上手く気配を消してるあたり、なかなかの手練れでしょうか」
追跡者はつかず離れずの距離を保っている。もしかして皇帝が差し向けた刺客だったりして?
なんて思っていたら、いきなり私のうなじあたり目掛けてナイフが飛んできた。うん、殺す気だね。まあ、効かないけど。私はアルコア様の助けなしでも結界術があるからね。
常時張っている防護結界は、私に対して害となるものを自動で判別して攻撃を弾くのだ。
そういうようにプログラムしている。
「あなた、誰ですか?」
振り向くと、真っ黒なコートに身を包む細身の男が立っていた。顔はフードに隠されよく見えない。
「……」
「グリフォニア陛下の命令で私を殺しに来たんでしょう?」
「……!」
お、図星かな。どんなに感情を隠していても1000年生きてきた私にはお見通しなのさ。
「帝国の暗殺者、というだけあって確実に私を殺す算段があるんだろうね。油断もしていないし、あの愚帝とは大違いだ」
「……陛下を愚弄した事、地獄の底で後悔するといい」
「おや」
暗殺者の手の内に握られたナイフが白く清く光輝く。なるほど、あの神聖魔法は身体強化と、それから……
「神聖魔法――【絶対切断】」
暗殺者は滑り込むように私の懐へと潜り込むと、そのまま首へとナイフを振るう。
しかし私は直前でナイフをキャッチすると、そのまま握り砕いた。
「馬鹿な!?」
「遅い。神聖魔法〝絶対切断〟は確かに強力だけどね、私の命へ届くには練度が足りないよ?」
私がやったのは、神聖魔法を用いた純粋な身体強化。絶対切断はその世界・空間もろとも万物を切り裂く力だが、同じ神聖魔法による身体強化で存在を強く保てば弾くことも可能なのだ。
「私が何百年アルコア様と向き合ってきたと思ってるの? 一介の暗殺者風情が私を殺せるとでも?」
「くっ、こうなれば――」
暗殺者は身を翻し、私から逃げるように駆けてゆく。
帝都に戻ってグリフォニア陛下に報告するつもりなのだろう。駆け抜けるあのスピードも神聖魔法によるものだ。全く、アルコア様におんぶにだっこが過ぎないかな?
……あ、そういえば。
『ようやく思い出したのかしら?』
「いやぁ、ごめんごめん。もうやっちゃっていいよ、帝国へ貸してるもの全部持っていっちゃって」
『うふふ……それじゃ遠慮なく。
――悔い改め絶望なさい、下等生物ども』
その瞬間、世界から〝何か〟が失われた。
「うぐっ!?」
森を駆けていた暗殺者の身体から、突然神聖魔法による強化が失われた。
勢いを殺しきれず派手に転んだ暗殺者へと、私はゆっくりと歩み寄る。
「何故だ、何故神聖魔法が使えぬ……!?」
「何故って、たった今アルコア様が帝国から手を引いたからよ。使えなくなったのはあなただけじゃない」
「そんな馬鹿な……」
「アルコア様は、誰にでも平等に祝福を与える訳じゃない。私がお頼みして初めて、祝福を分け与えてくれていたの。わかる? あの御方は私以外の全てに興味がない」
おお、怯えているね。人の命を奪おうとしたくせに、何に怯えることがあるんだろうか。
「――けどね。私を害そうとした存在は別。アルコア様は今ね、すごーっく怒っているんだよ」
「やめろ、やめてくれ、悪かった、俺が悪かったから――」
虫のように這いずって、まさかまだ助かるだなんて思っているのかな?
ははは、笑っちゃうね。
だから私は、彼の『未来』を告げてあげる。
「来るよ――
――――〝神罰〟が」
「あがっ!? ぎ、いあああああああああああああああああああああああああああああああああっっっっっっっっ!!!?!?!」
暗殺者の身体が、裏返る。
内臓が、骨が、身体の外へ、身体の表面にあったものは内側へ。靴下を裏返すように、中のものを引きずり出し、人体が異様な音をたてて無理やりねじ曲げひしゃげて裏返り、覆ってゆく。
その姿はさながら『花』のようであった。
脳すらも露出していてとうに死んでいてもおかしくないような状態だが、しかし彼は未だ死んではいない。
アルコア様の力で無理やり生かされているのだ。
アルコア様が飽きればいずれ彼も死ぬ事はできるだろう。
けれど、もう来世はない。
私は暗殺者の末路を踏み越えて先へと進むのであった。
それはあまりにも唐突であった。
この国のあらゆる箇所において、未だかつてない混乱が巻き起こったのだ。
特に帝都においては、神聖魔法の消失により皇帝へあちこちから罵声や追及の声が届く。
産業も、医療機関も、軍部も、農作も、すべて神聖魔法の消失により一瞬で機能を永久に失ったのだ。更には国防の要たる神聖結界さえも。
「な、何が起こっておる……?! アルコア様は我らになにゆえこの様な試練を――」
「へい、陛下ぁ、おだすげ、ぐぶっ」
「さ、宰しょ――? ひぃぃぃおぉぉぉ!?」
宰相の身体が、花を咲かせたように〝裏返る〟。
宰相だけではない。その場にいた大臣も貴族たちも、皆次々に苦悶の呻きを発するだけの肉の花へと姿を変えてゆく。
「へイ、か、だスけ、ごぼっ」
誰かの口だったであろう穴から、血の雑ざった黄色い液体が飛び散りグリフォニアの頬に付着する。
「お、お助けを、アルコア様、アルコア様ぁ!!」
皇帝グリフォニアは、突然の事態に狼狽え女神像に縋り付いた。しかしつい先ほどまで輝きを放っていた女神像は、いまや沈黙し、ただの石材の塊と成り果てていた。
――何故、何故だ、どうしてなのだ!?
考え、考えて、考え抜いて、ようやくグリフォニアは思い出した。
――1週間だけ、猶予を与えます
自ら追放した、聖女の言葉を。
そしてようやく過ちに気がつく。
――代々語り継がれてきた、『聖女が女神と言葉を交わし頼むことで、国に恩恵をもたらしてもらっている』という話。
あれは本当だったのだ。
「わ、我が間違っていた! すまない、申し訳ない!! ラズリーへの非礼を詫びる! 待遇も改善する! だから、だからどうか、どうかご慈悲を、お許しを――」
――くすくす、もう何もかも手遅れなのに。
蕃神は笑っている。
遅すぎる後悔の中、やがてグリフォニアは本当の地獄を見ることとなる――
*
あぁ、そうそう。
言い忘れていたけど、アルコア様ってみんなからイメージされているような善神なんかじゃないんだよね。
『うふふ、ははは、あははははははっ!!!!!!!』
――〝魂を狩り立てるもの〟
アルコア様は、嘗てこの世界を滅ぼしかけた殺戮の神であり、私以外の人間は虫と等しいらしい。
さて、そんなアルコア様の怒りを買ってしまった神聖帝国はどうなることやら……。
神聖魔法が失われただけで済めばいいけどねぇ?
ま、もう私には関係のないことか。
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