第16話 街の危機だよ!
お騒がせしました
「うにゃぁ~ん……」
猫みたいな声で床にごろごろ寝転ぶヴェルディちゃん。
ヴェルディちゃんは顎の下あたりを撫でられるのが特に好きみたいだ。
そのあたりを触ると、喉をごろごろ鳴らしながら目を細めて気持ち良さそうにして脱力しちゃう。
「ヴェルディちゃんはかわいいねぇ……」
「えへっ♪」
いい天気だ。花は咲き誇り小鳥はさえずり、青空を雲が流れている。
こんな日が続けばいいのにな、と思うよ。こういうスローライフな感じずっと求めてたよ。
ただ、穏やかだけれども日銭は稼がなきゃいけない。
「ヴェルディちゃん、そろそろお仕事行かないと」
「やだぁ……このままこうしてたい~」
「こらこら、そんなぎゅっとされたらお姉ちゃん動けないでしょ~?」
そんなヴェルディちゃんの脇に後ろから手を入れて持ち上げてみる。
「うにゅう……」
すると、『にゅーん』なんて擬音が聞こえそうなくらいにヴェルディちゃんの胴が伸びた。それはもうびっくりするくらい伸びた。
ヴェルディちゃんは液体だった……!? なんて本気で思っちゃうくらいに。
そんな小さな驚きもある日常。
ヴェルディちゃんのしがらみを壊し、アルコア様の神域から帰ってきて数日。この街にもだいぶ愛着が湧いてきたなぁ。本気で定住するのも考えてみようかな。
私は久しぶりに治癒魔術師としてのお仕事を再開しようと家を出た――ら。
「これはこれは領主さん、おはようございます」
枯れ枝みたいなくたびれたおじ様――この街の領主であるベープさんが玄関前に立っていた。何か用があるようだ。
「……緊急事態です。明日中に、反乱軍がこの街へ攻めて来ます」
……は?
「それも、帝国軍に扮した反乱軍、です……」
はぁ?
「恐らくはこの街を侵略するつもりでしょう」
「はぁっ!?」
*
帝国が崩壊したことにより、情勢は混沌を極めていた。
帝国への積年の恨みをもつ者たち、混乱に乗じて国家転覆を狙う者たち、あるいはただ暴れまわりたいだけの者も。
そうした様々な目論見を持つ者が集まり、反帝国勢力――“暁の星”は結成された。
――旧き悪しき帝国の残党を滅ぼし、暁の星は新たなる皇となる。
混成軍ではあるが、大義名分だけはしっかりと掲げられている。
そう、大義名分だけはだ。
彼らを統べるリーダーは、かつて帝国に吸収されたとある亡国の王族。
由緒正しき血統……ではあるが、彼に王族としての教育や意識は皆無。ただ祭り上げられているだけである。
彼を祭り上げる側近たちもまた、学もなく政治のせの字も知らぬ者ばかりだ。
だが悪知恵は働くような、前歴は詐欺師という小悪党たちでもあった。
「この村を帝国の魔の手から守って差し上げましょう」
帝国軍に略奪され女は凌辱され住民の半数を殺された小さな村へ、彼らは救いの手を差し伸べた。
そうして救われた者たちは、帝国へと叛き暁の星の一員となる。
……全て仕組まれていることを知らずに。
本来の帝国軍には矜持がある。仮にも誇り高き国家の剣なのだ。かつての侵略戦争ではいざ知らず、今の時代に弱者から奪うような真似はしない。
そう、略奪を行う『帝国軍』とは暁の星の秘密部隊が扮装した姿なのだ。
扮装部隊が略奪することで物資を得て、後続の旗を掲げた反乱軍が『助けてあげる』。『助けられた』者たちは反乱軍に感謝し、帝国に敵対する。
一石二鳥だ。
そういうやりかたで彼らは勢力を大きくしてきた。
そして今回、シリスの街を同様の方法で落す。シリスの街は高い食糧生産力を誇り、ここを暁の星の傘下に加えれば食糧事情はぐっと改善する。
そうすればわざわざ略奪を行う必要もなくなり、『聖女ラズリー』探しにも力を入れられる。
――しかし彼らは気づいていない。
決して踏んではならない虎の尾が、そこで静かに横たわっている事に。
*
「――とまあ、そんな訳でして。『帝国軍』が略奪と横暴の限りを尽くした後に、都合よく反乱軍が出てくるそうなんですよ」
「とんだマッチポンプじゃん……」
『大根役者ねぇ。端から見ればバレバレよ』
「ん……ボクでもわかる」
満場一致でボロクソな反乱軍だけど、どうやら戦力は馬鹿にできなさそうだ。
「はい。なのでこの街をどうにかして守りたい……のですが、あいにく子爵の私の持つ兵力は人数も質もたかが知れておりましてね……? 情報によると向かってくる扮装部隊は2000人……そしてこの街の戦力は500人。まず勝てる訳がねえのですよ!!!」
「悲しいほどに絶望的だね」
「そこで……恥を忍んでラズリー様にお頼みしたいのです。この街を守るために、力をお貸ししていただけないでしょうか?」
なるほどね。うん、事情はわかった。
というかぜんぜんOKなんだけど、こういう所で何の貸し借りもなしにやっちゃうのはお互いのためにならない。
「いいよ。ただし、私これからこの街に定住するつもりだから。今後私を狙う輩への後ろ楯になってくれるなら、戦ってあげるよ」
「……! そんな程度でいいのですか?」
「どっちにしろ私を狙う輩が来ればこの街は戦場になるしね。これでお互い貸し借り無しってことね?」
という訳で、私とベープさんとの契約は更新されたのであった。
まぁ、なんとかなるっしょ。
「……じゅるり」
なんだか話を聞いてたヴェルディちゃんが舌なめずりをしていたけど、お腹空いたのかなぁ?
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