幕間 ある偽善者の独白
――人類は愚かだ。
愚かである癖になまじ知性と意思がある故に、苦しみに喘ぎ不幸を噛み締めている。
哀れだ。憐れで仕方がない。
そしてその愚かさにつけこむ悪しき邪神も数多くいる。
だから、“我”が救ってやらねばならないのだ。
不要な愚かさから脱却し、幸福を齎す神が必要なのだ。
我は考えた。
人類に知性と感情などというものがあるから、愚かさを産むのだと。
全ての人類より自由意思を切除するべきだと。
ただ我を信仰するだけでよいのだ。何も考えず、何もせず。ただただそこで与えられたものだけを享受し生きることだけが、真の幸福なのだ。
300年前――我はこの世界に顕現し、人類を導くべく自由意思を消し去ろうとした。
しかし、それを善しとしない愚かな者たちに邪魔をされ、そして、人類を停滞させんとする殺戮の邪神〝アルコア〟により我は滅ぼされかけた。
消滅寸前に核となる本体を切り離した事で滅びは免れたが、そこから完全に力を取り戻すまでに300年かかった。
再びこの世界に神として顕現することも可能だが、それをすれば300年前の二の舞だ。すぐにアルコアに目をつけられ、今度こそ完全に滅ぼされてしまうだろう。
アルコアの力は神々の中でも別格。戦って勝てる相手ではない。
だから我は力の大半を分霊として本体から切り離し、『人間』に紛れて活動することとした。
そして我は、遠回しにアルコアをこの世界から追い出すことに力を入れた。
世界で唯一のアルコアとの契約者……〝ラズリー〟。
彼女さえ排除できれば、アルコアはこの世界との繋がりを失う。そうなれば我の思うがままに人類を導ける。
ラズリーは神聖帝国という巨大な群れの中央で護られている。そして神聖帝国の人間の多くは、劣化させたものとはいえアルコアの能力を使える。
今の人間1個体と同等の我ではラズリーを排除することなどできない。
そのために、帝国の中の人間に取り憑き、時に人間の胎児に受肉し、内より崩壊させるよう仕向けた。
先代皇帝は厄介な男であった。野心と腹黒さを併せ持ちながら、老獪さもあり極めて慎重でもあったのだ。故にこの男を丸め込むことは諦めた。
次代の皇帝も、先代の野心を次ぎつつも慎重め厄介な男だった。だが今回の我は皇帝の血縁者となり、時間をかけて啓蒙し、その精神にラズリーを帝国の庇護下から外すよう〝導き〟をかけていった。
この策は大成功だった。
皇帝は自ら聖女ラズリーを追放し、帝国はアルコアの力を失って崩壊した。
あとは後ろ楯のなくなったラズリーの生命活動を停止させるだけ。
しかし油断してはならない。相手はあのアルコアだ。
ラズリーの危機となれば自らがラズリーの肉体に受肉し、横暴を振るう。
我は300年前そうして負けたのだ。
故に、慎重に。
つい先日には野心溢れる獣神ヴンヴロットをけしかけてみたが、やはりラズリーを殺めるには到らなかった。
しかし策はまだまだある。焦る必要もない。
何故なら我がアルコアに見つかることはないからだ。
アルコアにとって人類は虫であり、数多の虫の中から虫となった我を発見することは不可能だからだ。
時間もいくらでもある。
アルコアを追い出し、この世界に君臨する。
この我、慈愛神クターニドが人類を救うのだ。
お詫び:16話を投稿しましたが、諸事情により削除させていただきました。申し訳ありません。
現在元の16話を大幅に加筆改稿しており、じきに投稿し直します。
旧版をお読みになられた方には深くお詫び申し上げます。