第15話 獣と聖女と死兆星
遅くなり申し訳ない……
不思議な『暗い』夢から覚めたヴェルディは、見慣れない景色に戸惑っていた。
「ここ……どこ?」
ふっかふかのベッドの上に寝かせられ、部屋は見たこと無いくらいに豪華な家具が並んでいる。
貴族のお屋敷……なのではないかと思ってしまうようなその部屋に、ヴェルディは戸惑い困惑していた。
ガチャ――
部屋の扉が開き――メイド服を着た紅い髪の幼い少女と目が合った。少女は側頭から竜のような角を、スカートの下からは紅い爬虫類の太い尻尾が伸びている。
――亜人、であることは間違いない。
「あ、あの……ここは、何処なんでしょうか? ボクは、どうしてここに……」
『お目覚めになられましたか、ヴェルディ様。ただいま〝お嬢様〟をお呼びいたします。貴女様は客人故、そのままでお待ちくださいませ』
「は、はい?」
戸惑うヴェルディを置いて、メイドは部屋を去った。
――〝お嬢様〟って誰だろう? というかお姉ちゃんは何処? ここは、どこなの?
戸惑いが恐怖に変わりかけたその時、再び扉が開いた。
『はじめまして、ヴェルディちゃん?』
「誰……?」
現れたのは先程のメイドではなく、金髪の少女だった。見た目の歳はラズリーより少し下に見える。
髪をサイドテールに纏め、服装はノースリーブの白いワンピースとかなりラフだ。
『ここは私の神域に建てたお城なの。そして私はその城主〝アルコア〟』
「あ、アルコアって……!?」
〝アルコア〟――
ヴェルディはアルコアの愛子であるラズリーを殺すために獣へ変貌させられた。
その上、愛するラズリーから保護者のような存在としてその名を聞いている。
『いろいろ心配事はあるでしょうけど、まずは安心しなさい。ラズリーちゃんは無事よ。数日は寝たきりになりそうだけどね。別室で寝てるわ』
「ありがとう、ございます……」
『それから……聞きたい事があったら何でも聞きなさい。答えられる範囲なら答えてあげる』
――ヴェルディは、アルコアに感謝していた。しかし同時に、どこか心の奥でもやもやとした感情が渦巻いている。
「アルコアさんにとってラズリーお姉ちゃんはどんな関係なんですか?」
『産まれた時から見守っている、子供のような存在ね。大切な存在って事に変わりはないわ』
「そう、なんですか……」
――その答えを聞いても、ヴェルディの心の奥のもやもやは晴れない。
――この気持ちはなんなんだろう?
――アルコアさんも同じお姉ちゃんが大好きなひとなのに。
――なんで、もっともやもやしちゃうんだろう。
考えども、まだ11才のヴェルディの中に答えは出ない。
『……大丈夫よ。私もヴェルディちゃんも、ラズリーちゃんのことを大切に想ってる所は同じ。けれど、その大切に想う種類は全く違うわ』
「種類……?」
『そう。ヴェルディちゃんにとってのラズリーちゃんへの『好き』が、私にとっての『好き』とぶつかる事は絶対に無い。私はラズリーちゃんが幸せならそれでいいもの』
アルコアは知っているのだ、ヴェルディが抱く感情の名を。
『だから安心しなさい。ラズリーちゃんが幸せな限り、ラズリーちゃんはヴェルディちゃんのものよ』
「ありがとう、アルコアさん」
どこか心の奥のもやもやが少し晴れた気がする。
……後々ヴェルディは、この感情の名を知る事になる。しかし、今はまだ――
*
「う……」
頭がガンガンする……。
あれだけ死にかける傷を負った肉体にアルコア様を受肉させたのだ。
私の体は傷こそ完治しているけど、当分は今までのようには動かせまい。
ここは……と、辺りを見渡す。
寝ていた所はふかふかの大きなベッド。ちょっぴり豪華な、けれど私の部屋ではない。
窓から見える空は真っ黒で、辺りにはただ真っ白な花畑が見渡す限り広がっている。
ここは……アルコア様の神域?
「んふ……お姉ちゃん……」
ふと、私のすぐ隣で寝言を溢すヴェルディちゃんがいることに気がついた。
……良かった。元気そうだね。
『あら、気がついたのね』
お部屋の扉をノックされたので返事をすると、ひょっこりと扉から金色の髪の頭を覗かせた。
「アルコア様!」
真っ白なワンピース姿のアルコア様が、リンゴを盛り付けた小皿を持って現れた。
『食欲はあるかしら?』
アルコア様はベッド横の椅子に腰かけると、小棚にお皿を置き小さなフォークでリンゴを私の顔の前まで持って行く。
「お気遣いありがとうございます……いただきま――」
「あむっ!!!」
!?
えー?! 起きてたのヴェルディちゃん!? てかリンゴ横取り……
『あらあら、元気そうね』
「も、申し訳ありませんアルコア様!!」
『いいのよ、気にしないで。私も無粋だったわ』
「無粋……?」
と思っていると、いつの間にかアルコア様の横に移動していたヴェルディちゃんがフォークで私の顔の前までリンゴを持ってゆき……
「お姉ちゃん! ボクが食べさせてあげる!」
「……っ!!」
ま、待って……! 健気っ! 天才っ!!
なんてかわいいのこの子!! お姉ちゃん思わず涙出そうになっちゃったよ!
「いただきますヴェルディちゃんっ!!」
差し出されたリンゴを頬張った。しゃくしゃく。瑞々しくてとっても甘くて、それでいてヴェルディちゃんが食べさせてくれたから100倍美味しくなってるよ!!!
「うーん、美味しいねぇ! ありがとうヴェルディちゃん」
「えへへ~」
それにしても……ヴェルディちゃんまでアルコア様の神域の『城』に招かれたのには驚きだ。
ここへ来れるのは私しかいないと思ってたのだけれど。
『私もヴェルディちゃんのことは気に入ってるからね。これからはヴェルディちゃんもここへ来れるようにしたわ』
「そうなんですか? ってことはもしかして……」
『そうよ。ラズリーちゃんが寝ている数日の間に、ヴェルディちゃんも〝神聖魔法〟を使えるように契約したのよ』
「えっ!?」
け、契約……!? アルコア様が、私以外の人と!?
千年生きてきて初めてだよそんなの!?
『ヴェルディちゃんの希望もあるわ。肉体と魂の形状の差異を均したついでにね。……もちろんそれだけじゃない』
アルコア様はふっと真顔になり、神妙な顔つきで本題へ入ろうとしていた。
アルコア様がこうも真顔になるということは、それなりの理由がある。
『今回のヴンヴロットとやらいう神の件……裏で糸を引く神がいるわ。……恐らく〝ヤツ〟ね』
「……〝クターニド〟ですか。生きていたんですね」
『ええ。300年前に滅ぼしたつもりだったのだけれど、小賢しいことにどうやら力の大半を持たせた分霊を本体だと私に思わせていたみたいね。恐らくラズリーちゃんの追放にも1枚噛んでいるわ』
クターニド……帝国の前身である神聖国建国の一因になった神だ。
300年前に神でありながらこの世界に顕現し人類に『幸福』を齎そうとした所へ、今回のように私の肉体に受肉したアルコア様が肉片のひとかけらも残さず消し去った。
しかしまさかあれが分霊だったとは。
『アレはかなりの切れ者よ。私に目的を邪魔されないよう、ヤツはあらゆる手段を用いてラズリーちゃんを殺そうとするはずよ』
私はアルコア様がこの世界に干渉するほぼ『唯一』の、門にして鍵のような存在だ。
しかし私さえいなくなれば、クターニドにとって脅威となるアルコア様はいないも同然となる。
『――私がラズリーちゃんを助けられる手段は限られている。一時的に受肉する方法もそう滅多に使えるものじゃないしね。……そこで、ヴェルディちゃんよ。今のヴェルディちゃんは神聖魔法を使えるわ』
「っ!! ヴェルディちゃんを巻き込んだっていうのですか!?」
「違うよお姉ちゃん! ボクがアルコアさんに無理を言ってお願いしたの!! お姉ちゃんを守れるようになりたいって!」
「ヴェルディちゃん……」
ヴェルディちゃんが自ら?
……そっか。ヴェルディちゃんは私が寝ている間にもう覚悟していたんだね。
うん、もうここまで来ちゃったのなら仕方ないか。
『分かってもらえたかしら?』
「はい。……とはいえ私はヴェルディちゃんにはもう傷ついてほしくないです」
「ボクも一緒だよ。ボクもお姉ちゃんに傷ついてほしくないもん」
私の視界が灰色のふわふわに包み込まれた。
私を抱き締めて、ヴェルディちゃんはまるでいつかの私みたいに語りかけてくる。
「……分かったよヴェルディちゃん。私たち、一緒だね」
もう、ヴェルディちゃんの覚悟に水を差す真似はしない。
これでよかったのかな。
わかんないけど、もうこれでいいんだ。
……クターニド。
私たちの安寧を妨げる邪魔者よ。
覚悟しておけ。このまま安寧を妨げるというのなら。いつか私が、私たちが、今度こそお前を滅ぼしてやる。
ヴェルディちゃんと、私と、そしてアルコア様。
私たちを敵に回した事を後悔するといい。
次話、投稿しておりましたが諸事情により一時削除しました。