お父様に掛け合います
私には五つ年の離れた姉がいる。
次期当主であるお姉様は二年前に結婚して、旦那さまと共にバーキンス子爵領で暮らしている。
お姉様は現在第一子を妊娠中で、
そしてとうとう産み月を迎えた。
生まれた子が男児であっても女児であってもバーキンス家の後継となるのは間違いない。
なので父母は将来のバーキンス子爵であり初孫の誕生の瞬間に立ち会うべく、王都のタウンハウスから(お姉様に家督を譲った後を見据えてお父様は事業をはじめた。その関係で父母は王都に住んでいる)バーキンス子爵領へ戻る日の朝を選んで、私はお父様に外で働きたいと願い出た。
「お父様。私、職業婦人になりますわ!」
「えっ、えぇっ!?アイル、それはどういうことだい?なぜいきなりそんなっ……しかも出発直前に言うなんてっ……!」
だってそのタイミングを狙ったんだもの。
じっくり話をする時間があれば必ず反対されるだろうから。
お母様はすでに馬車の中にいるわ。
「ごめんなさい、なかなかお話する機会がなくて。でも出立直前であってもお父様にお話しておかなくちゃと思ったの」
「う、う、う、うーん……若いご令嬢たちが職業婦人として社会に出ている姿をよく見かけるようになったけど、まさかウチの娘もそんなことを言い出すなんて思わなかったよっ……で、でもアイルは一年後に結婚を控えてるんだよ?準備諸々忙しいのにそんなの無理じゃないかな?」
穏やかで優しく、娘や妻に甘いお父様。
そんなお父様から予想した通りの言葉が返ってきたわ。
私のびっくり発言のせいで後ろ前逆に被ったお父様の帽子を直しながらそれに答える。
「そこは上手くやるわ。私が女学院でも生徒会活動をしながらもお父様の事業立ち上げのお手伝いの一部していた姿をご存知のはずよ?」
もちろんこの段階でお父様にルベルト様との婚約解消云々の話をするつもりはない。
「たしかにアイルなら何でも卒なくこなしてしまうんだろうけど、大丈夫なのかなぁ?……」
私のことを心配するお父様が眉根を寄せる。
その時、タウンハウスの執事がお父様に声をかけた。
(我が家の家令のキーマは領地にて姉を支えている)
「旦那さま、出立のお時間です」
「あ、あぁ時間か、いやでもっ……。アイル、ルベルト君にはこのことを話したのかい?」
「ええ、もちろんです」
「彼はなんと?」
「ルベルト様が選別したギルドで仕事を探すなら構わないと言われたわ」
「そ、そうか。まぁルベルト君が見てくれているなら安心だな。アイル、彼の言うことをきちんと聞くと約束できるなら仕事をしても構わないよ」
「……もちろん、安全性が疑われる仕事について何か言われたらそれに従うつもりよ」
全てにおいて言うことを聞くつもりはないから、嘘をつくことにならないようにそう答えた。
まぁルベルト様が了承していると伝えた時点ですぐにお父様は働くことを認めてくださると思っていたけれど。
お父様はとてもルベルト様を信頼されているから。
「それと、報告は逐一すること。まぁ要するに手紙だな、手紙を書きなさい。アイルの様子がわかると、母様も安心するから」
お父様は私の頭を撫でながらそう言った。
もう子どもではないのだから、頭を撫でるのはやめてもらいたいわ。
……でも、やっぱり心地いいから良しとしましょう。
私はお父様に心からの感謝を伝えた。
「わかったわ。ありがとう、お父様」
前世で私が命を断ったとき、
お父様は、そしてお母様やお姉様はどれだけ悲しんだのだろう。
本当に私は自分のことしか考えていなかったのだわ。
どうして私が再び私として生を受けたのかはわからないけれど、こうしてやり直すことができて本当に良かったと心からそう思う。
今度こそ、幸せになって家族を悲しませるようなことはしない。
逆に前世の罪滅ぼしとして、私がみんなを幸せにするの。
そうして領地にいるお姉様の元へと発った両親を見送った私は、
次の日にはさっそくメイドのサラを伴って職業斡旋を専門に行うギルドへと足を運んだ。
(サラは護衛もできるスーパーメイドなのよ)
そのギルドは王都のメイン通りの裏手にあり、重厚で格式高い風情を醸し出す店構えをしていた。
聞けば王都で古くから営業している老舗ギルドなのだという。
さすがは魔法律弁護士として公私共に顔の広いルベルト様がチョイスされたギルドね。
さぁ、いよいよ職探しを始めるわよ!
やり甲斐のある素敵なお仕事が見つかるといいのだけれど。
揚揚と意気込んで受付カウンターへと突進する私の後ろでサラがぽつりと、
「でもこのギルドの顧問弁護士って確か、ルベルト様がお勤めになっている魔法律事務所の所長様だったと思うんですよね……」とつぶやいたのは、私の耳には届かなかった。