エピローグ 一緒に長生きしまょう (ルベルトsideからの〜アイリル視点)
「はじめましてごきげんようルベルト様。アイリル・バーキンスと申します」
婚約者として初めて引き合わされたアイリルを見たとき、なぜか胸が締め付けられるような懐かしさを感じた。
子どもの頃から不思議と何かを体験すると既視感を感じることが多々あったから、今のもそれだろうとそのときは思った。
そして自分でも笑ってしまうほどに、勝ち気でおしゃまで見た目とで真逆な豪胆な性格でだけど情に篤くて優しいアイリルに夢中になったんだ。
十六の男が十三歳の可愛らしい婚約者に振り回される様は周りからみればさぞ面白かったことだろう。
とくにアイリルの家庭教師であるジネット先生や俺の師であるジルベール先生には微笑ましげに……というか何か尊いものを見るような目で見られていたのが不思議だったけど、今思えば過去の記憶のあるお二人なら当然の反応だ。
大切な大切な俺の婚約者。
その彼女が前世の記憶を取り戻したと言ったそのときから、運命の歯車が動き出していたんだ思う。
俺に触れようとしたアラベラ・マルソーに防御魔法が発動した時に感じた、得も言われぬ焦燥感と嫌悪感を感じた瞬間も、その歯車のひとつだったんだろう。
そしてジルベール先生から過去に起きた事実を聞かされ、回帰地点に近付いているのだと理解した。
過去にアイリルを自死に追いやった事実を知り、深く冷たく暗い水底に沈みこむような絶望に打ち拉がれる。
もう二度と、ここから浮上なんてできない。
もう二度、心から笑うことなんてできない。
その時は暗い水底から上を見上げるようにすべてのことから隔絶されたように遠く感じていた。
アイリルの態度が豹変した理由がわかった。
もう一度以前のような笑顔が見たいだなんてどの口がほざいていたんだ。
だけど……。
だけどアイリルには、彼女にはやはり心から笑っていてほしい。
たとえもうその笑顔が俺に向けられなくても、アイリルには幸せに笑っていてほしいんだ。
そのために力を尽くし彼女を守ることが、俺も過去に戻った意味なのではないか。
時戻りの術を発動させるために差し出した命、本当ならそこで人生を終えていてもよかった。
それなのにアイリルや先生たちと共に戻ったのは、アイリルを生き長らえさせるためだ。
今度はもう絶対にアイリルを失ったりはしない。
彼女を害する可能性のある人間は排除する。
それに、それに過去の分も併せて、必ず罪を償わせる。
俺だけが過去の記憶がないことに焦りも感じていたが、思えばたとえ操られていたとしてもあの女を愛していたなんて記憶は要らない。
そんな気持ちの悪いものが残っていたら、俺は発狂して自分の脳みそを抉り取っていたかもしれない。
あの女に触れたかもしれないこの手を切り落としていたかもしれない。
あの女……アラベラ・マルソー。
もう二度とあの女がアイリルと同じこの世界で呼吸ができないように俺の手で引導を渡してやる。
そして、すべてが終わったそのとき。
アイリルの望むようにしようと思う。
彼女が婚約の解消を望み、俺とは違う人生を歩むと言うならそれを受け入れ、潔く身を引こう。
過去にアイリルを幸せにできなかった俺にはもう、彼女を望む資格なんてないから。
ただ、ただせめて。
遠くからでもキミの幸せを願うことだけは許してほしい。
キミの婚約者でなくなっても、キミを愛し大切に想う気持ちは変わらないから。
過去を含むすべての因縁にケリをつけて最後に会いにいくよ。
だからアイリル。
どうかキミだけは心穏やかに、幸せに暮らしていてほしい。
◇
結論から言って、アラベラ・マルソーが捕縛されてもすぐにルベルト様に会えるわけではなかったわ。
罪の告発者として、事件の被害者として、事情聴取や実況見分、そしてその後の事後処理などの対応に負われたルベルト様が多忙を極めたから。
もう……無茶をして駆けずり回っているんじゃないかしら。
本業で抱えているお仕事もあるだろうし、ちゃんと食べて眠れているのかしら。
責任感の強い人だからきっと自分のことは後回しにしてると思うのよね。
せめてひと目でも彼に会えれば様子がわかるのに。
せっかくルベルト様が勤める事務所と同じビルなんだから偶然にでも遭遇しないかしら。
と少しは期待したんだけど面白いくらいに全く会わないの!
心配ばかりが募っていき、それなのに待てど暮らせどルベルト様はやって来ない。
普通の貴族令嬢なら婚約者が訪れるまでお屋敷で大人しく待っているんだろうけど、あいにく私はそんな殊勝な性格ではないのよね。
そしてとうとう痺れを切らした私は、自分から会いに行くことにしたの。
でも事務所に押しかけても外回りに行っているかもしれないし、裁判所や役所に行っているかもしれない。
ただ闇雲に動いて物理的すれ違いを繰り返すのはご免だわ。
と、いうわけで私はジネット先生ご夫妻に相談してみたの。
そうしたらジルベール様が……
「それならキミの傍にいる守護精霊に連れて行ってもらえばいいよ。じつはね。ルベルトの奴がアイリルちゃんに守護精霊を憑かせてるんだよ。もとはウチの母さんを守護していた東和の古代精霊なんだけどさ」
「え?守護精霊?私に?」
私は後ろを振り返ってみたけれどそんな存在は何も見えない。
「それなりに高位な精霊だから高魔力保持者じゃないと姿は見えないよ。……まぁ婦女子には見えないほうがいいと思うし」
「なんだか凄そうな守護精霊ですのね」
「うん、ある意味凄いね、とくに見た目のインパクトが」
「?でもそんなのいつの間に……」
「その守護精霊と契約する術式を、アイリルちゃん自身が東和の言葉で唱えたはずだよ」
「あ、たしかにルベルト様に読んでと言われた文章を読み上げたわ」
「うんそれだね。そのときからアイリルちゃんはその守護精霊に守られていたんだよ。じつはね、数日前にアラベラ・マルソーの隠れた崇拝者という名の魅了被害者がアイリルちゃんのことを襲ったんだ。ルベルトに復讐しようとして婚約者であるアイリルちゃんの存在を知ったんだろうね。そいつがアイリルちゃんが魔法店から自宅に帰る隙をついて襲ってきたんだ」
「ふぇっ?」
思いがけない事態に私は思わず素っ頓狂な声を出してしまう。
ジルベール様はそんな私を見て笑みを浮かべながら答えてくれた。
「キミが気付かなくて当然だよ。鼻くそをほじる間に一瞬で排除してくれた。今は牢の中で取り調べを受けてるさ」
鼻くそだなんて。
ぷ、ジルベール様ったらもう私も立派な淑女であることをわかっているのかしら。
「そんなことが起きていたなんてまったく知らなかったわ……」
「まぁそのための守護精霊だからね。アイリルちゃんが何も知らずに穏やかに暮らすのがルベルトの望みだから」
「……もう、過保護なんだから」
「アイツは俺の弟子だから、愛した女にはとことん尽くすのさ。それこそ古の大魔術を使って過去に戻るくらいには、ね」
「深く、理解しましたわ」
「うん。……アイリルちゃん、俺も無条件でキミのこれからの決断を支持するつもりだ。だけど、巻き戻った先でルベルトと過ごした日々を忘れないでいてほしいんだ」
「ジルベール様……」
ああ、この人はちゃんとルベルト様の先生で、彼の幸せを心から願っているのだと私にも伝わってきた。
そんなジルベール様の隣でジネット先生が笑う。
「大丈夫よジルベール。私の自慢の教え子はこうと決めたら揺るがないのよ。ルベルト様の方が逃げ腰になってアイリルに捕まるんじゃないかしら」
そしてさすがは私の先生。よくわかってらっしゃるわ。
ジネット先生の言葉に、私を少々大袈裟に頷いてみせた。
「そうよ。だから私、今から彼を捕まえに行きたいの。ルベルト様がどこにいるか、ジルベール様ならすぐにわかるんじゃないかと思って」
「あはは。頼もしいな。うん、じゃあマッチョンマゲ、アイリルちゃんをルベルトのところに連れて行ってやって」
ジルベール様はそう言って私のすぐ後ろを見た。
その途端に私の体が浮遊する。
「きゃあっ!?」
横向きになって私の体は浮いている。
まるで横抱きにされているみたい。
非常事態だわ!
「な、ななな何ごとですかっ!?」
「暴れないでアイリルちゃん。キミには見えていないだけで守護精霊にお姫様抱っこされてるんだから」
「えぇっ……」
「キミに少しでも魔力があれば一瞬だけ可視化することもできるんだけど、残念だなあ。いや、やはり乙女に褌姿なんて見せられないか」
「フ、フンドシっ?フンドシってなんの話!?」
「まぁこちらの話しさ。マッチョンマゲの契約者はキミだけど、対価の魔力はルベルトが払ってるんだ。だから守護精霊とルベルトは魔力で繋がっている。あとは精霊に任せておけばルベルトの元へと連れて行ってくれるよ」
「わ、わかりましたわ。ボディーガード付きの乗り物だと思えばいいのね」
「そういうこと」
そう言ってジルベール様は私と守護精霊の傍から離れた。
「アイリル」とジネット先生が私の名を呼んだ。
「今のあなたなら正しい選択をすると信じているわ。ルベルト様ときちんと向き合って、二人で幸せになれる道を探すのよ」
「……はい、わかりました。ジネット先生、ジルベール様……お二人には感謝してもしきれません。この大恩にどう報いればいいのか未熟な私にはわかりませんが、必ずお二人の真心を無駄にするようなことをしないとお約束しますわ。本当に、本当にありがとうございました……!」
私のその言葉を、ジネット先生もジルベール様も優しい表情で耳を傾けてくれた。
「約束よ。みんなで幸せになりましょう」
「どっちがより良い家庭を築けるか競争だな」
「ふふ。負けませんよ。……そしてみんなで長生きしましょうね」
私がそう言うと、今度はお二人とも大きく破顔した。
そして次の瞬間、宙に浮いたような感じのままでどこかに引き寄せられるような不思議な感覚がした。
と思ったら視界が一転、さっきまでいた場所とは違う場所にいた。
見えない何か私をふわりと降ろしてくれる。
「ありがとう、見えないあなた」
私は守護精霊さんにお礼を告げてから辺りを見回す。
ここは一体どこなのかしら?
「あらやだ、ここ私の家の応接間じゃないの。え、なぜ?」
「リルっ?」
「え、」
ルベルト様が私を呼ぶ声がして、慌てて振り返るとそこには驚いた表情を浮かべたルベルト様がいた。
私は首を傾げながら彼に尋ねる。
「ルベルト様、どうして我が家へ?」
「いや、キミに会いに……ってリル、なぜマッチョンマゲと転移魔法で?」
「まぁ!今のが転移魔法なのね!すごいわ、私はじめて体験したわ。本当に一瞬で行きたい場所に行けるのね!」
「転移酔いをしないならいつでも転移魔法で移動してあげられるけど……え?リル、キミどこに行っていたんだ?」
「ジネット先生のお宅へ。ルベルト様がどこにいるかお聞きしていたの。そうしたら守護精霊が連れて行ってくれると聞いて。でもなぁんだ、ルベルト様が我が家に来るってわかっていたら家で待っていたのに」
「いや突然来てすまなかった。ようやく諸々の処理が終わって、いてもたってもいられずに会いに来たんだけど……ごめん、先触れも出さなかったからすれ違ったな」
「結局物理的すれ違いとなったのね。でもこうして会えたからよしとしましょう」
「……うん」
私がそう言うと少し気まずさげにルベルト様は返事をした。
私はもう一度彼の名を呼ぶ。
「ルベルト様」
「うん」
ルベルト様は今度はまっすぐに私を見た。
疲れが色濃く出ている顔に指で触れる。
「やだ酷い顔ね、やつれて隈ができて……少し老けたように見えるわよ?」
「じつは中身は四十手前のおじさんだからね……」
「まぁ自虐ネタ?それなら私は三十代後半のおばさんね」
「リル」
ルベルト様が私の名を呼ぶ。
私のことをリルと呼ぶのはこの世でただひとり。
他の誰にもこの愛称を許していないの。
ルベルト様だけに許した特別な呼び方。
過去に起きたすべてを知った今でも変わらずそう呼んでもらえることが奇跡のように感じた。
「ルベルト様。すべてが終わったら、私の判断に従うと言ったわよね?」
「うん……言ったよ」
「わたしがどんな選択をしてもそれを受け入れてくれるのよね?」
「うん、受け入れるよ」
「じゃあね、王都で人気のドレスメーカーであるマダムパルファムの予約を取ってちょうだい。お得意の伝手でなんとかなるでしょう?ウェディングドレスはそこに注文するわ」
「うん……」
「それに、結婚指輪はプラチナがいいの。シンプルなデザインのものでルベルト様の指輪にはエメラルドを、私の指輪にはサファイアを嵌め込だ、手の込んだものがいいわ」
「うん……えっ?」
「なによ?私の考えたデザインの指輪ではイヤなの?」
「いやそうじゃなくて、いや、今のいやは指輪がイヤとかじゃなくてっ……」
「ふふ、わかってるわ」
「リル、キミは……俺との婚約解消を望んでたんじゃ……」
「望んでいたわよ?でもそれは私ではない別の人を好きになるルベルト様との結婚がイヤだったからよ。私のことが大好きなルベルト様と婚約解消なんて意味のないことをするわけがないじゃない。……私のこと、好きなのよね?」
私がそう訊くとルベルト様は首が外れちゃうんじゃないかと思うくらいにコクコクと頷いた。
「好きだっ……リルを、キミだけを愛しているっ……!」
「じゃあ問題ないじゃない。今度こそ幸せになりましょうね。あ、でも戻ったらあなたの話を聞く約束だったわ。既にジネット先生から全部聞いたから二番煎じになっちゃうけどいいわよ?お聞きするわよ?ハイどうぞ」
「えっ……聞かされたって……全部?」
「ええぜーんぶ。びっくりして悲しくてたくさん泣いちゃったけど、ジネット先生の大きなおっぱいが流した涙を受け止めてくれたわ」
「じゃあ……俺が過去にキミを不幸にし、自死に追いやった人間だということも……」
「それは前世だと思っていた記憶が蘇った時点で知っていたの。でも当然私が死んだ後のことなんて知らなかったから、私を捨てて他の女性を選ぶあなたとの婚約なんて続けられないと思ったの。でもまさか魅了で操られていたなんてね」
「……ごめん」
「過去のあなたが私に対して、恋情ではなく家族のような愛情を持ってくれていたことはわかっていたわよ?でもだからって魅了に引っかからなくても」
「申しわけない……」
「心の隙間?一体どんな隙間があったのよ。ま、どうせスケベ心でしょうけど」
「過去の記憶はないけど、それではなかったと思いたい……ああいったタイプの女性は好みじゃない……」
「じゃあ仕事に追われて精神的にまいってるときにでもやられちゃったのかしら?どちらにせよ掛かっちゃったんだから言い訳はできないわよね」
「面目ない……」
「でも今回は心の中が私でギッチギチだったから掛からなかったんでしょう?私のお手柄じゃない」
「うん、……本当にそうだ。凄いよリルは」
「そんな凄い私を今度こそお嫁さんにできるんだから、頑張った甲斐があるわよね」
「うん……うんっ……」
あらま。ルベルト様ったらとうとう泣き出しちゃったわ。
……嬉し涙よね?責めすぎて泣かせたんじゃないわよね?
私はハンカチで彼の涙を拭いてあげる。
その私の手に自分の手を添えて、ルベルト様が言った。
「ごめん、ごめんなリル……俺はキミに対して取り返しのつかないことを……」
「その選択をしたのは私の過ちよ。きっかけは婚約解消だったけれど、死を選ぶなんて愚かなことをしたのはすべて私の責任だわ。そのせいであなたに余計な負担までかけて……本当にごめんなさい」
「キミは悪くない。すべては俺が……」
「いいえ。私だって悪かったわ」
「いや俺だよ」「違うわ私よっ」
「「……」」
いつの間にか自分が悪いと競り合っていて、それに同時に気付いたルベルト様と私。
そして二人で同時に吹き出した。
「「ぷっ……!」」
「ふふふふふ」「あはははは」
そうやって二人で一頻り笑った後で、私はルベルト様に言った。
「ねぇもう充分じゃないかしら、過去を振り返るのは。私のためにルベルト様やジネット先生とジルベール様がしてくれたことへの恩はもちろん一生忘れないわ。でももうこれからは過去じゃなくて未来を、二人で見ていきたいの」
「そうだな。キミがそう望んでくれるなら、俺もそうしたい。決して愚かだった自分を忘れないで前を見据えてキミと共に生きていきたい」
そう言い合って、私たちは互いを見た。
相手の瞳に自分が映る。
それがとても幸せに思えた。
彼の瞳に熱が灯る。
きっと私の瞳にも……
そして私たちはどちらからともなく、
唇を重ねた。
「ねぇルベルト様……」
「うん?」
「今度は……一緒に長生きしましょうね」
「うん。約束だ」
「そう、約束」
そんな一生分の約束を交わし、
そしてもう一度口づけを交わした。
そんな私たちを守護精霊がうんうんと目を細めて満足そうに見ていたのを、私は知らない。
こうして前世だと思い込み、婚約解消にむけて奮闘した日々が幕を閉じた。
でもせっかく憧れの職業婦人になれたんだもの。
結婚式を挙げるまでは魔法店でのお仕事は続けるつもり。
もしかしたら赤ちゃんができるまでは続けるかも?(きゃっ)
ルベルト様も私の好きなようにしていいと言ってくれているしね。
あ、そうそう赤ちゃんといえば、あれからすぐにジネット先生のご懐妊が発覚。
それからしばらくして妊娠六ヶ月目でなんと男の子ばかりの三つ子であることが判明して、
アズマ家はちょっとした大騒ぎになったそうよ。
ジルベール様とその父親であるジラルド様がそれはもう喜んで喜んで大変だったとか。
妊婦であるジネット先生とお腹の赤ちゃんのためにありとあらゆることをしているのだそう。
だけどジラルド様がピンクドラゴンの鱗を持ち帰ったとき。それがメルシェ様の逆鱗に触れたらしいの。
「ジネットちゃんは魔力焼けを起こしたわけでもないのに鱗を毟られたピンクドラゴンがかわいそうだろ!」
と、凄まじい剣幕でお怒りになられたそうよ。
そして叱られたジラルド様が泣きながらピンクドラゴンの好物を持って謝罪に行ったと聞いたけど、それは本当なのかしらね?
でも、私とルベルト様のために尽力してくれたお二人が幸せでいてくれて本当に嬉しい。
みんなで幸せになる、ですものね。
私も負けていられないわ。
そして諸悪の根源であるアラベラ・マルソー。
彼女はやはり死罪は免れないのだそう。
過去の罪までは問うことは不可能だけれど、今回だけで過去の分と併せても有り余るほどの罪を犯した彼女は法の下で正しく罰せられる。
夫殺害に他者への精神干渉。
それに違法魔道具と違法魔法薬の所持使用ですものね。
彼女のせいで多くの人間の人生が台無しにされたと聞けば、もはやその命をもって償うしかないのだと理解できる。
彼女がなぜ、あんなにも利己的な人間になったのかはわからないし知りたくもないけど、きっと起点はあったはず。
そして間違った道を正す分岐点もどこかにあったはず。
それらを越えて罪を重ねるという道を選択したのは彼女自身なのだから、きちんと自分の罪と向き合って償ってほしいと思う。
アラベラさん。
今度は私、長生きするわよ。
その長い人生の中で時々はあなたのことを思い出すだろうけど、あなたについて考えるのはこれで最後にするわ。
だから、交流どころか一度もお話したこともないけれどお別れを言っておくわね。
サヨウナラ。かつて、私から大切な人を奪ったあなた。
「リル、迎えに来たよ。支度はできた?」
「もちろん。今日はできあがった結婚指輪を受け取りに行くのよね?」
「そうだよ。その後で先日三人で行ったカフェで食事をしないかって父上が言ってるんだ。なんでも用事で近くまで行くからとかなんとか」
「また小父さまとご一緒できるなんて嬉しいわ」
「俺は二人だけが良かったけど」
「ふふ。二人だけでなんて、これからいくらでもできるじゃない」
私がそう言うとルベルト様が嬉しそうに返事をした。
「うん、そうだね」
やだ。そんなに嬉しそうにされたらなんだか恥ずかしいわ。
私も嬉しくてたまらなくなっちゃうじゃない。
もじもじと髪を弄る私にルベルト様が手を差し出す。
「じゃあ行こうか」
私はその手に自分の手を重ねた。
「ええ」
当たり前に繋ぐ手の温もりに幸せを感じる。
そしてそんな私たちを、やはり大きな守護精霊が優しく見守ってくれているのだった。
お終い
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補足です。
守護精霊は三つ子が生まれたときにアズマ家へ返したそうです。
代わりにルベルトはケルベロスの幼生を譲り受けたそうです。
そしてアイリルとルベルトの間に生まれた可愛い女の子と兄妹のように育ったのだとか。
将来、アズマ三兄弟のうちの一人とアイリルの娘が恋仲になるのは、また別のお話。
これにて完結です。
最後までお読み頂きありがとうございました。
また、お気に入り登録やいいねボタンもありがとうございました!
みなさんの応援に支えられながら、視力低下にも目減ずにモチベアゲアゲで最終話まで書くことができました♡
本当にありがとうございます。
次回作ですが早くも準備中です。
が、投稿開始日はまだ未定。
そんなにお待たせすることなくお届けできるように頑張りマッスルᕙ( ˙꒳˙ )ᕗ




