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それぞれの思惑(天の声視点)

「 ジルベール様が……時を戻せる方法を知っていたのね……」


ジネットの告解を聞き続け、最初は半信半疑であったアイリルも時戻りが事実であると受け入れていた。


ジネットはゆっくりと頷き、アイリルに言う。


「彼がまだ魔術師として駆け出しだった頃に、父親について行ったダンジョンの隠し部屋の中にその術式が記されたレリーフがあったそうよ。本来なら国が管理するような禁術レベルの魔術だけれど、ダンジョンで見つけたものは発見者に所有の権利があると義父(ちち)がジルベールに面白いから隠し持っておけと言ったらしいわ」


世界的な知的遺産を面白いからと私物化するジルベールの父。

ジルベールも至極当然としてそれを受け入れ所有していたそうだ。

この父にして息子あり。

ジネットの夫、ジルベール・アズマという男もなかなかにひと癖もふた癖もある人物なのだった。


「話が逸れてしまったわね」と言い置いて、ジネットはまたアイリルに説明を続けた。


「その時戻りの術で過去に戻れるのは最大で四人までなのだそうよ。術の対象者だけが過去に戻り、それ以外の人間は術の影響は受けないらしいわ。だけど対象者の周りにいる、対象者にごく近しい人間になんらかの影響は出るかもしれないと、レリーフには書かれていたらしいの」


「レリーフに……」


「ええ。取り扱い説明書みたいだったとジルベールが言っていたわ……」


「古代の取説(トリセツ)……」


ジネットの話では、

その影響がどの程度のものなのかまでは記されておらず、近しい人間に起こるのであればそのときに対処するしかないともジルベールは言ったそうだ。


「では、時戻りの対象者は……」


アイリルの問いかけにジネットはすっかり冷めたお茶を飲み、口内を潤してから答えた。


「私とルベルト様とジルベール。そしてアイリル、あなたよ」


「私は生まれ変わったわけでも蘇ったわけでもなかったのね」


「そう。生きていた時代に戻った、ということなの」


「だからジネット先生はすべてをご存知なのね。では当然ジルベール様も?」


「ええ。彼もすべてを知っているわ」


その返事を聞き、アイリルの中で疑問が浮かぶ。

時戻りをした当事者であるジネットとジルベールが過去の記憶を持っているのはわかる。

アイリル自身はそのときには死んでいたために時戻りの事実を知らなかったのもわかる。

だけどなぜルベルトにだけ何の記憶もないのか。

時戻りの術をジルベールと共に行ったのであれば当然ルベルトにだって過去の記憶はあるはずなのに。


アイリルはその疑問をジネットにぶつけた。


「ではなぜルベルト様にだけ記憶がないの?……え?ないのよね?だって今までそんな素振りは一切感じられなかったもの」


「ええ。彼には過去の記憶はないわ。……先日、ジルベールがすべてを話して、彼も過去を()()()らしいけど……」


ジルベールはルベルトの記憶を呼び覚ますのではなく、あくまでも事実を話すに留めたそうだ。


ジルベールほど優秀な魔術師であれば己の記憶を可視化して相手に見せることもできる。

だけど敢えてそれをしなかったのは、過酷すぎる過去に再びルベルトの心が壊れる恐れがあったからた。

とくに今のルベルトはアイリルを溺愛している。

そんな彼が過去にアイリルを自害に追いやったと聞かされるだけでもかなりの精神的不可がかかるのは間違いない。


アイリルはジルベールの判断に心から感謝した。


「それは……ルベルト様がジルベール様に会いに行った日のことね?」


「ええ。彼がアラベラ・マルソーと接したときに防御魔法が働いたことに違和感と不快感を感じたのが気になったらしく、それをジルベールに相談した日よ」


やはりあの雨の日だ。

あの日、ルベルトの様子がおかしかったのは過去をすべて()()()からだったのだ。

アイリルはあの日のルベルトの涙を思い出し、胸が痛んだ。


ジネットはさらに説明を続ける。


「過去と同様に、そのときルベルト様はアラベラに魅了を掛けられそうになったの。だけどジルベールが彼の身に防御魔法を施していたのと、今のルベルト様に付け入る隙がなかったことが幸いして無事だった」


「過去には、魅了に掛けられたのになぜ今回は掛からなかったのかしら?」


「簡単なことよ。魅了は相手の心の隙間に入り込み、深層心理に深く癒着して支配する術。過去のルベルト様はほんの少しの隙間を突かれ支配されたけど、今の彼の心にはギッチギチにあなたへの恋情が詰まっていて付け入る隙を与えなかった……ということよ」


「ギッチギチに……」


そういえば以前ルベルト自身も言っていた。

自分の心の中にはアイリルがギッチギチに詰まっていると。


「その時点で過去と同様にはならなかったと判断したジルベールがルベルト様にすべてを話したのよ。あなたの覚悟を聞いた私が過去の真実を話すと決めたように」


「どうして同様にならなかったと確認してから話たの?ルベルト様が過去の記憶を持っていないことと関係しているの?」


アイリルがそう尋ねるとジネットひとつ頷き、答えた。


「彼が過去の記憶を持っていないのはね、私の判断でジルベールに彼の記憶を消してもらったからなの」


「えっ……」


「過去に戻ってやり直すとして、記憶を持ったまま戻ったルベルト様と上手くいったと思う?」


ジネットの言葉を聞き、アイリルは理解した。そして首を静かに振る。


「……いいえ。私を死なせたという責を負ったルベルト様と、もう一度婚約を結んだとしても上手くはいかなかったでしょうね……彼は変に責任感の強い人だから、今度こそ私を死なせないとそればかりに囚われて。何だか義務的な関係になっていたと思う。それではある意味前と一緒よね」


互いに何も知らない状態で一からやり直したからこその今の気安い、そして互いに信頼を寄せる関係になれたのだ。


それはもちろん、互いに子ども時分からやり直して性格が変わったからでもあるが。


「……ここでまたひとつ疑問が浮かんだんだけど、巻き戻ったのは私が五歳の時よね?」


だってその年にジネットが女性家庭教師(ガヴァネス)としてバーキンス家に来たのだから。


アイリルとは十四歳差のジネット。

当時彼女は十九歳であったはず。


アイリルのその疑問に、ジネットはあっさりとした口調で答えた。


「違うわよ?巻き戻ったのは私の希望で私が十四歳の時。アイリルは生まれたばかりでルベルト様は三歳のときね」


「え、ええっ!?ど、どうしてそんなに過去まで戻らなくてはいけなかったの?」


「以前のように十歳から女性家庭教師(ガヴァネス)としてアイリルと接したのでは遅すぎると思ったからよ。でもよほどの高位貴族でもない限り五歳児に家庭教師なんて付ける家は希でしょう?だからバーキンス子爵にこの人間になら是非任せたいと思ってもらえるような肩書きが必要だったの」


「肩書き……それって、ハイラント大学の、ナンチャラっていう名前の幼児教育の権威という教授のお墨付き?」


「そうよ。そのために十四歳まで戻った私は死にもの狂いで勉強したわ。そして女学院ではなくハイラント大学史上三番目に若い生徒として入学したの。大学でも努力して五年で教員学士号を取得して卒業したのよ。そしてその足ですぐにバーキンス子爵家の門を叩いたの」


「私のためにそこまでして……とても大変なことだったでしょう……」


「まぁある意味人生二度目だったし、巻き戻りの前の年を足すと精神年齢が三十代の十四歳よ。そんなに苦労せずにいろいろと要領よくこなせるワケよ。そして、それについては私情もあるの。過去に戻り、とりあえずは離れ離れとなったジルベールに早く再会したかったから。まぁそれまでは手紙のやり取りは欠かさずしていたし、私が高等学校に入学してすぐに彼の方から会いに来てくれたけど。そして今度はあなたが女学院に入学と同時に結婚したのよ」


「なるほど。そこが過去とは違うところなのね。ジルベール様がルベルト様の魔導の先生になったのも同じ理由?」


「そうよ。せっかく私が尽力してアイリルの性格を変えたとしても、当のルベルト様が変わってなければ意味がないから。二人であなた達の明るい未来のために頑張ったのよ。でもね、その先に結局あなた達が結ばれなかったとしても、それはそれで仕方ないと思っていたの。アイリルが生き延びて、二人が幸せならもうそれでいいと」


「ジネット先生……」


そこまでジネットの話を聞き、アイリルの胸に熱いものが込み上げた。

そんなアイリルにジネットは肩を竦めて言う。


「まさかあなたが過去の記憶を取り戻すなんて思いもしなかったけれど。そして生まれ変わりと勘違いするなんてね」


「どうしてそうなったのかしら?」


「わからないわ。ジルベールはずっと時戻りの術について研究をしているけど、その彼もわからないみたい。もしかしたら一度死んだ上で戻ったからかもしれないとは言っていたわ」


時戻りの術にはまだ解明されていない謎が幾つもあるようだ。






今日はここまで。


謎解きはもう少しだけ続きます。



明日の朝、閑話を一話投稿します。


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