絶対に許せない存在 (天の声視点)
「そこまでだ。アラベラ・マルソー。違法魔道具使用の証拠記録、確かに取らせてもらったぞ」
魔道具にて魅了魔法に近い魔法薬を用いようとして弾き飛ばされたアラベラにルベルトは冷たい声でそう言い放った。
「えっ……な、なに……?」
尻もちをついた状態でアラベラは呆然としてルベルトを見上げている。
そんなアラベラにルベルトは声と同様に冷ややかな視線を向けた。
「言っただろう、俺の身には防御魔法が掛けてあると。昔俺がまだ子どもの頃に、魔導を教えてくれた先生が《《今度は支配されないように》》掛けてくれたんだ。その時は大してその意味を理解していなかったが、今となってはどうしてそれが必要だったのかがわかる」
「ど、どうしてよっ……今度は大丈夫だと思ったのにっ。だってあなた、私のことを気にしていたじゃないっ、私が欲しくなったからなんでしょうっ……?」
「まぁ確かに気にはしていたな。お前が違法魔道具や魔法薬使用を用いた証拠を掴みたくて」
「なによそれっ……証拠?ワケがわからないわっ」
さっきまで堕とせると思っていた男の変わりようにアラベラの理解が追いついていないようだ。
声を張り上げて虚勢を張ってはいるがその動揺は隠しきれていない。
ルベルトはそんなアラベラにはお構いなしでつらつらと事実を語っていく。
「お前が最初に魔道具を使って俺に精神干渉をしようとしたときも防御魔法が働いた。そのとき、妙な既視感を感じたんだ……それがなぜなのか意味がわからず、そのときは気のせいかと思っていたが……その後どうしても気になって先生に相談したら……とんでもない過去の話を聞かされたよ……」
言葉を重ねるこどにルベルトの声に様々な感情も重なっていく。
驚き、焦り、悲しみ、そして怒り。
それを身勝手で人の心情になど興味のないアラベラが感じ取ることはない。
ただ、いつも掴みどころはないが温厚な性格のルベルトからは信じられないくらいの威圧的な空気が漂っていた。
いや、これは殺気だ。
アラベラの存在自体を許さないとするような、そんな殺気がルベルトから発せられていた。
それにアラベラは恐怖する。
「か、過去の話ってなによっ……それが私になんの関係があるというのっ……」
「関係なら大有りだ。だがそれをお前に語って聞かせる義理はないしそんなつもりもない。ただ言えることはひとつ、俺は絶対にお前を許さないアラベラ・マルソー。お前だけは絶対に、もし今度も命を失うことになったとしても、絶対に地獄に引きずり込んでやるっ……」
「な、な、な、なんでそこまで私を憎むのっ?私が何をしたというのっ……」
「お前は過去に、そして今も決して犯してはならない罪を犯し、それを重ね続けた。違法魔道具や魔法薬の所持使用、そして国が定める刑法の中でも最も重いとされるものの一つである他人への精神干渉だ。それらはたった今、俺自身に仕掛けてあった記録魔法により記録済みだ。もちろん、裁判所が認める正式な記録魔法だ。どんな言い逃れも通用しないぞ」
「そ、そ、そんなっ……嘘よっ……」
「何が嘘だ。すべてお前が自ら犯した罪だろうが。ああそういえば、お前のような人間がこれまで清廉潔白に生きてきたわけがないと思いアレコレ調べたらとっておきのが出てきたぞ。亡夫殺害に用いた違法薬物の闇売買記録だ。……食事に少しずつ薬を混ぜて病に侵されるような偽装をし、徐々に弱らせてやがて死に至らしめる……その恐ろしい薬物を、夫の実弟から手に入れるとは、もはやバケモノの所業だな」
「違うわっ……私が考えたことじゃないっ……そんな薬があるんだよって、義弟が教えてくれたのよっ!だって……夫は金銭管理にうるさくてっ……贅沢な暮らしができなかったからっ……!」
「それで義弟と結託して夫を殺したのか。死亡判定をした医師は義弟の息がかかる者らしいな。……まぁ今頃はその義弟や医師は騎士たちにより捕縛されていることだろうがな」
ルベルトは事前に民事を担当する国の部署に証拠品と共に告発をしていた。
その証拠品が裁判所により認められ、捕縛状が下りたのであった。
じきに事務所にも騎士たちがアラベラ捕縛のために押し寄せてくることだろう。
パワーランチを通して、アラベラが他に精神干渉を掛けていた人物も特定している。
その人物の解術は魔導の先生であるジルベール・アズマを通して王国魔術師団に依頼しているので、その解術作業の行程でまた新たな証拠として裁判所に提出できるだろう。
ルベルトはアラベラの後ろに絞首台が見えた気がした。
これだけの罪を犯したのだ。
もはやその命をもって償う。それしか方法はないだろう。
しかしルベルトの本当の気持ちとしてはそんなものでは生温い、と思うのだった。
許されるのであれば、ルベルト自身の手によりアラベラに制裁を与えたい。
アラベラの罪は今回だけではないのだ。
過去にも同等の罪を犯し、そしてそれにより……
ルベルトはぎちりと拳を握りしめた。
震えながら堅く握られた拳には青筋が立ち、爪があたる部分は血が滲んでいる。
この女が許せない。
自分が許せない。
悲しいことに当時の記憶はないが、
今、この瞬間のために生きてきたようなものだと、生かされてきたようなものだとルベルトは思った。
こうやって追い詰めることには成功したが、
この女に罰を与えることを、他者に委ねていいものなのか。
今ここで、自分の手で、この女に制裁を与えるべきではないのか。
そう思った瞬間に、ルベルトの瞳から光が消えた。
その目は昏く、目の前に這い蹲るアラベラしか映してはいなかった。
ルベルトの足が無意識のうちアラベラに向かって動いていた。
アラベラはこの状況に耐えられず茫然自失としている。
そのアラベラの首にルベルトの手が伸びようとしたその時、
ルベルトの脳裏にアイリルの笑顔が浮かんだ。
その次には怒って頬を膨らませる顔が、
喜ぶ顔が、呆れ顔が、すまし顔が、泣き顔が、
そしてあの雨の日の、戸惑いで瞳を揺らしながらも一心にその瞳に自分を映してくれた、アイリルがルベルトの脳裏に浮かぶ。
(アイリル……っ)
ルベルトがアラベラへと伸ばしていた手が下がった。
(そうだ。今ここで自らの手でこの女に制裁を与えるのは俺の自己満足に過ぎない。俺はアイリルと過去の件も踏まえて向き合わなくてはならないのに……この女に手をかけてはそれができなくなる)
今のルベルトにとって正しい道を示してくれるのはいつだってアイリルなのだ。
もちろんジネットとジルベール、二人の存在は不可欠であったが、
過去とは違う自分に導いてくれたのは他ならぬアイリルだ。
そんな彼女に相応しい、日の光の下を歩いてゆける自分でなくてはならない。
アラベラをさっさと騎士に引渡し、アイリルの元へ行かねば。
ルベルトがそう思ったとき、騎士たちが事務所へと到着した。
「いやよっ!離してっ!!どうしてっ!?私はただ幸せになりたかっただけよ!そのために行動して何が悪いのっ!?離してっ!助けてっ!!」
騎士たちに拘束されるアラベラが泣き喚く。
そして両手を後ろ手に縛られたアラベラがルベルトを睨みつけながら言い放つ。
「今に見てなさいっ!!きっとあんたが把握していない私の崇拝者が居るわ!私が捕縛されたと知り、そいつが黙っているとは限らない!いいえきっと私の代わりに報復してくれるはずよっ!精々怯えて暮らすことねっ!!」
その言葉を聞き、ルベルトはこれ以上ないほどの冷たい声で言う。
「お前の本性を知り、俺がなんの策も弄していないと思うか?……もうウンザリだ、連れて行ってくれ」
ルベルトの言葉を受け、騎士たちは尚も童貞だの不能だのと喚き散らすアラベラを引きずるようにして連行して行った。
アラベラが去ったドアを何の感情もなく見つめるルベルトがぽつりと言った、
「大きなお世話だ」
という声が静かに事務所に響いた。