85 エリンナの提案
「うわー、ほんとに寝ずにやってたんだ……」
ドン引きするエリンナの手にはバスケットがありました。
「あれ、もう朝食の時間ですか?」
私はエリンナに尋ねました。
「そうだけど、アワーフレッタさんは大丈夫なの?」
「まだ一徹ですから。それに、エレナ様の“回復魔法は”体の疲れは取るんですよ」
気のせいでしょうか? 途中が強調されているように聞こえたのは。
「えっと、前は何日やったんだっけ?」
「四日ですね。四日目の朝に終わりを迎えました」
「それまではずっと外?」
「野営演習を経験していますから、外に居る事は問題ではありませんよ」
「そう……。よく耐えたわね」
「大切なのは目の前の事に集中する事ですよ」
「そうだったわね。前だけ見ないと駄目な時ってあるものね」
無言で頷く二人。
何故でしょう。二人の間に何か強固なものが生まれたような気がしました。
「朝食という事で、一旦休憩にしましょう。二時間くらいね。どうせずっと立ちっぱなしみたいなものでしょう?」
二時間。ずいぶんと長い休憩だと思いました。
回復魔法があれば眠らず、疲れずにいられます。なので、休憩要らずで問題無いのです。
「で、エレナはそのまま魔法を使い続けると。新魔法はまだまだ使い込まないと駄目なんでしょ?」
確かにそれはそうです。ですが、体に負荷をかけてもらってケチルナを使った方が効率が良いのです。
そう思っていると、エリンナが言いました。
「再挑戦の時は負荷無しで行くんだから、その感覚を理解していないと駄目でしょ」
「なるほど。確かにそうですね」
違和感が仕事をすれば、全力が空回りする可能性が高いです。
「体に馴染ませておく時間、アワーフレッタさんが暇になってしまいますものね。アワーフレッタさん、少し休んでもらえますか?」
「え、は、はい」
何だかきょとんとした表情で答えるアワーフレッタさん。そんな顔をするような事を私は言ったのでしょうか?
「よーし。それじゃあ、解散解散」
エリンナはそう言ってアワーフレッタさんの背中を押していました。
彼女が離れた後、エリンナが訊ねてきました。
「で、一晩経った成果はどうなの?」
「負荷魔法の効果が上がっているので、以前よりも成長はしていますよ。ケチルナ無しでも赤ちゃんの歩き方が出来るくらいにはなっています」
「それ、凄いの?」
彼女は謁見の間での事を知らないので、進歩が分からないのでしょう。
「昨日は潰れて一歩も動けない状態でしたよ。ベチャーッと」
「聖女様が床で寝ていたの? あなた、何しでかしたのよ」
「エリンナ達ならその辺りの情報は既に把握済みと思っていましたが?」
何も知らないという反応が不思議で、尋ねました。
「昨日はお城に行ったらお祭り騒ぎだし、空は亀裂が入るし、最前線に向かっていたはずの聖女様の方が私達より早く毛嫌いしていたお城に戻っている上に天高く飛んでるしで、情報を集めきれていないのよ。団長も王様と王子の陽気さに困惑していたわよ。同一人物なのかってね」
それについては私が保証できますが、何故浮かれているのかについての説明が必要でしょう。
「では、ケチルナの熟練度上げのついでに説明しましょう」
と、オワンネに到着した辺りからエリンナに説明をしました。
「人の心が分裂したのが邪悪なるもので、その邪悪なるものが神と呼んだのが空に亀裂を作った、ねぇ……」
エリンナは渋い顔をしながら呟きました。
「今まで信じていた事を根底からひっくり返されてたので、すぐには飲み込めないでしょうが……」
敵と信じ込まされてきた相手がまさかの自分自身だったなど、急に言われても頭も感情も追いつかないでしょう。
「確かに、まだ自分の中で整理し切れていない部分はあるけどさ、なんか納得出来たかな」
「と言うと?」
「邪悪なるものが倒しても倒しても現れる理由なんてさ、そりゃあ、本体が生きているなら蘇るよね。魔法で作った幻を倒し続けても術者は痛くもかゆくも無いって話と同じでしょ?」
私はそうですねと頷いた。
「王様達の変化の理由も分かったわ。そりゃあ、半身を取り戻したら浮かれるわよね。倒されても復活するくらいなんだから、その渇望ったら無いわね。あの真面目な王様や王子様にあんな一面が在ったのには驚いたけれどさ」
「真面目故に溜め込んでいるというのはよく聞く話ですよ。善良な市民が、溜まりに溜まったものが爆発して恐ろしい事件を起こすとか」
「ほほう。事例を沢山知っているような口振りね。是非とも聞かせてもらおうか?」
大体の事情は分かったと、創作モードに入るエリンナ。
「そうですねぇ……。直近で仕入れたネタですと、陰キャな女子が突然右も左も分からない世界に召喚されて、魔法をきっかけに行動的になるというお話がありますよ?」
「大陸の真実を知り、お城に殴り込みをかけて負荷魔法に手も足も出なくて捕まるお話ね。さっき聞いたわ。本当に企画外な聖女様よね」
「私、聖女様とは思っていませんので」
キリッと凛々しい表情を作って言ってみました。
「昨日の宴に居た人達も、あの身体能力を見たら聖女? って疑問に思うでしょうね。でもその分、あなたで作ったお話を出したら、気になって見に来る人はたくさん居ると思うわ。良いきっかけを作ってくれたわね」
よくやったと彼女は言いますが、目的が達成されていませんので、素直には喜べません。
「エレナ様、エリンナさん。戻ってまいりました」
アワーフレッタさんの声に視線を移すと、何やら集団を引き連れていました。




