72 邪悪なるもの、その正体
「聖女、ドドンとかましてやったぜ。飛び込んでおいで、俺の胸にさ」
「うん、分かった。しっか~り飛び込ませてもらいますね」
ニッコリ笑顔で後退りからの全力ダッシュ。私は、とんでもない状況を生み出す発生源に無遠慮にぶつかっていきました。
「へぶしゃらいっ」
勢いのあるくしゃみのような声と共に、彼は遠くへ飛んでいきました。
「これでまた一つ、魂が空に登りましたね」
スッキリついでに聖女が言いそうな事を言ってみましたが、何だか肉体派なイメージが強くて、聖女な気分にはなれませんでした。
「大丈夫だ。問題無い」
それは、今し方吹っ飛ばした彼の声。
「もう、霧散するほど全力で来るとは思わなかったぜ。子猫ちゃん」
パパンの体から何事も無かったかのように現れ、戻ってきました。
「確かに仕留めたと思ったのに、どうして!?」
「仕留めたって……。ね? 今までの聖女とは違うでしょ? 滅茶苦茶愉快」
私の動揺を無視し、彼はパパンに同意を求めていました。
「こりゃあ、体がいくつあっても足りないな。まあ、その度に息子の顔を見れるのだから、悪くないがな」
息子が大好き過ぎる発言。影の身長だけで言うのなら、青年くらいな身長なのに、この溺愛っぷりは凄いです。きっと、邪悪なるものには思春期は無いのでしょうね。
彼らのやりとりですっかり疲れてしまいました。
「おや、お嫁さんを疲れさせてしまったな。いやあ、すまない。遂に嫁を連れてきたと思うと、嬉しくて嬉しくて」
「いえ、だからお嫁さんではありません」
「からの~?」
息子の方が両手の人差し指をこちらに向けてくるので、発言も不快だったので、その両手をはたき落としてあげました。
「パパン、見てよ。彼女のボディタッチは何時も命懸けさ」
「そんな息子をパパン、全力応援しちゃうぞ」
もう自分でパパンと言っているし……。
もうキャラ崩壊が崩壊を超え、カオスを生み出していますし。
(このままでは私の心が崩壊しそう。もしかして、これが邪悪なるもののやり口!? なら、こちらから強引に行かないと駄目かも……)
このまま吞まれてなるものかと、私はパパンの方を向きました。
「まあ、待て。言わずとも分かる」
パパンが片手を私に向けて言いました。
なら、話が早いです。
「魅力的なのは分かるが、流石に息子から奪う訳にはいかない。分かっておくれ」
足元がぬかるんでいなくて良かったです。危うく滑って転んで泥まみれになる所でしたから。
「ボケたんですか? ねぇ、ボケたんですよね?」
踏み止まった私は、パパンに確認しました。
「息子の嫁になる前に伝えておきたい事がある」
何を言っても聞こうとせず、また何か始まりました。
「私達は眠らない。だから就寝時間を大事にしなさい。飯は要らない。食事を必要としないから」
「え、邪悪なるものの取説!?」
邪悪なるものの行動が本当に分かりません。
(助けて、歴代の聖女様……)
「忘れてくれるな。お前達の影である事を。それを忘れず、添い遂げなさい」
「だから、添い遂げませんって!! ん?」
もう反射で断った後、何かさらっと衝撃的な事を言われた気がしました。
「すみません。先程の言葉をもう一度言ってもらえますか?」
「添い遂げなさい」
「いえ、それの二句切り前くらいから」
「はっはっは。恐れ戦け、愚かな人間どもよ。腑抜けたお前達の真の敵は足元に居るぞ!!」
「長くなってますし、そんな悪役みたいな事は言ってなかったですよね。でも、近い感じの事を言っていたような……」
足元という単語が引っかかり、自分の足元を見ました。そこで思い出しました。
「お前達の影ってどういう事です?」
「どういうと言われても、そのままの意味だが?」
「影人間だと思っていましたけど、本当に影だったという事ですか?」
「遂に明かされた衝撃の真実。私、何時も見上げてた。あなたが下を向いてくれなくても。二人の目と目が合わさった時、真の自分が目を覚ます。次回、人影別離。今、長い戦いの歴史が始まる!! ああ、神よ。何故このような事を!?」
いきなり次回予告を始めないで頂きたい。
これは酷い。もう酷過ぎて、考えるのを放棄したいくらいです。
本当に、頭が頭痛で痛くなってきました。私が想像していた相手とは違い過ぎて、すぐにでも横になりたい精神状態でした。
「えっと、あなたも、この人も、元は人の影だったという事ですか? 始まりは大昔の人の影で、記憶を引き継いでいると?」
歴代聖女様の事を知っているというのなら、そうだと結論付けました。
「死んだ人間に影は出来ない。皆、等しく土に返るからだ。我々が持つ記憶は、この大陸に眠った者達のもの。そして、今を生きる人の持つ記憶。この二つが合わさり、今を生きる人の人格を持って我々は現れる」
「そうなんですか。では、あなた達は今を生きる誰かの影という事ですか?」
「聖女的注目はそこか?」
気になるような言い回しをしたのはあなたですが? と返したくなりました。
先程までの流れ的に、息子が誰の影なのかを知りたいと思っていると勘違いされている気がしてなりません。
「勿体ぶらずとも、この世界の誰かの影である事は分かりました。言う気がなのでしたら、もう聞きませんね」
期待通りにさせるものかと、私は話を切りました。
「ああ~、待った待った。重要な話だからこそ、勿体ぶったというのに。今代の聖女はせっかちだな」
確かに勿体ぶる場面ではありますが、私も役目に忠実という訳では無いのです。
巻き込まれたという思いが前提にあるので、気にはなりますが、その思惑に乗るつもりはありません。
「では、早く話してもらえますか?」
これ以上の延長は認めないと、笑顔の圧力。
「分かった。言おう。私や息子を生み出した人間の正体を」
「ええ、お願いします」
その内容を聞いた私は、思わず声を出してしまいました。
それは、私をあの場所へ向かわせるには十分な事実でした。




