認識の外 前編
「うん、思い出してもおかしいわ」
何がおかしいのか。それは、エレナのこれまでの全ての行動だ。
今、私の目の前には、彼女から聞いた話の覚書がある。
時系列で纏め、それぞれの出来事毎に分けてある。
何時か、エレナと共に訓練したというアワーフレッタという人に接触してみよう。
彼女の話も聞けたなら、よりお城での日々を詳細に描けるはず。
「でも、彼女とエレナの出会いより、私の方が衝撃的な出会いだよね」
勝負する必要は無いけれど、あれを超える出会いなんてきっと無い。
だって、攫われている最中の出会いだったんだから。
エレナとの出会いは、人攫い組織が被害者を運んでいた馬車の中。
潜入捜査中だった私が先に居て、奴らの根城に着くのを待っていた時。
まだ道中だっていうのに馬車が止まったと思ったら、まもなく一人の少女が中へ押し込まれた。
身なりの良さそうな少女だと思っていた。
そう、少女の顔を見るまでは。
お城から消えたとは聞いていたけれど、まさかこんな所で見つけるとは思わなかった。
この時の私は、事の重大さで任務と聖女様とを秤にかけていた。
地域の平和か、大陸の平和か。まあ、普通に考えたら、後者の方を取るに決まっている。
大元が無くなれば、全てが無意味になるのんだから。
けれど、私は後者を選ばなかった。
まだ少し、ギリギリ状況を保っていられる大陸よりも、目の前で暗闇を見つめる人々に明かりを灯す方が先だと思ったから。
思案していたらと、おかしな一言と共に飛び起きた。
聖女様に似つかわしくない発言。流石は、お城を抜け出した聖女様だ。私達の持つ聖女様像と似ても似つかない。
この後、彼女は得意げな顔をし始めた。手足が拘束されている状況で、何故そのような振る舞いが出来るのか全く分からなかった。
うん、この時はまだ、私はただの我が儘で無鉄砲な聖女様だという程度にしか思っていなかった。
もしや、余りにも酷い状況に気でも振れたのかと心配になった。
だって、このままなら聖女様が大陸を救ってくれないかもしれない。
そうなっては、私が隊長になる夢や、劇団で名を上げて有名になる夢も叶わなくなってしまう。それは困る。
秘密部隊の人間は、不必要な人との交流は避けなければいけない。だって、印象を残して、今後の任務中に正体が発覚するような事態になっては困るから。
けれど、先ほどと同じ大元理論で私は考えた。
今度は正しく用いて、聖女様に声をかけた。
防御魔法で直撃は避けたというけれど、気絶していた事には変わりない。
次に出たのは、全く引き締まっている様子の無い細腕を見せての大丈夫宣言。
旅の知識も支度も不十分だったというのにこの自信。
私から見て、彼女が状況に全く動じていない理由が分からなかった。
既に色々と言った後だったから、手遅れかもしれないけど、もう突っつくのは止めておこう。
根掘り葉掘り聞いても不審がられるだけだし。それに、勘付かれてこの場で暴れられても困る。身柄の確保が面倒だし、この潜入も失敗になってしまうから。
この後、回り道を終えて、やっと自己紹介をした所で、聖女様とは一旦会話を終わらせなければならなくなった。
(何で偽名だけはちゃんと考えてるのか。そこだけが不思議だった)
組織の根城に潜り込む事に成功した。でも、状況は最悪だった。
性別や年齢で分けられてしまった。
結果、私は聖女様と一緒の牢屋に放り込まれた。私達以外は、老人と中年、幼い子どもだったから、仕方が無いとも言える。
でも、この後に牢屋を出て組織を一網打尽にしようと思っていたのに、聖女様が居ては足枷になる。
お城を逃げるような性格だけれど、この状況を許せないとか言って、組織壊滅に強力するとか言い出されたら困る。
流石聖女様!! とか言って協力してもらって、聖女様に傷の一つでも出来てしまったら、私の頭は鳥のように空の広さを感じる事になるでしょう。
夢に届かず、その様な結末を迎えるのは絶対に嫌だ。
今後の対策を考えていると、聖女様の方から困ったという声が聞こえてきた。
ようやく状況を理解して困っているのだろうか。
考えている事は分からないけれど、私も同じように困っていたので、つい同調してしまった。
(このまま牢屋で時間が過ぎるのを待ってもしょうがないよね……)
私は動き出そうと決めた。
その一歩は、足枷となる聖女様を行動不能にする事。
「ねえ、セントレディ。あなた、今すぐ眠くならない?」
普通に考えたら、こんな状況で寝ようとは思わない。寝られない。
けど、お城を抜け出すような聖女様だからと、一縷の望みで尋ねてみた。
「この状況で寝るとしたら、気絶させられたくらいじゃないと」
うん、分かる。私も別の手段で真っ先に考えた方法だもの。
それに、聖女様から提案してくれたなら、私の心も痛まない。
「いいね。それじゃあ」
考えが一致したなら、後で理解してくれるよねと、私は恐ろしく速い手刀で聖女様の首を狙った。
これで事が起こせる。そう思っていたのに、まさかの事態が起こった。
不意打ちだったというのに、聖女様が手刀を躱した。まるで分かっているかのような反応で。
「いきなり何をするんですか」
彼女は驚きを口にしつつ、次に備えていた。
大人しく眠ってくれれば良いものを……。こうなっては仕方が無い。
「え、眠ってもらおうかと」
襲撃が失敗したのなら、こそこそしていても意味が無い。
互いに立ち上がり、一進一退の攻防戦が始まった。
「だから、どうして眠らせようとするんですか」
「この先の戦いにあなたは付いて行けないだろうから」
見事に不意打ちを躱されてしまったけれど、実力によるとは限らない。不確定な相手を頼るのは命取りだから、やっぱり眠ってもらう他無い。
「とりあえず、説明です。説明してください。それを聞かなければ寝られません」
「それって、話を聞いたら、納得しなくても寝てくれるって事?」
素直に話して大人しくしてくれているのなら、それはそれで助かる。
僅かだけど物分かりの良さを期待したけれど、聖女様は答えない。
「沈黙という事は、どうあっても寝る気が無いじゃない。嘘吐きっ」
中途半端に悪知恵を使うからすぐにボロが出る。
変わり者過ぎて、本当に今代の聖女様なのかって疑ってしまう。
「とにかく話を聞かせてください。ほら、お互いに座って。ね?」
今更話し合いなんてする気も無いだろうに、穏便にと座る聖女様。
相手が隙を見せるといのなら、それを利用させてもらおう。
「分かったわ。じゃあ、事情を説明」
会話の途中で聖女様の死角へ移動。秘密部隊はどのような機会も見逃さない。迅速に静かに事を済ませる事を優先させるから。
「する前に背中をドーン」
今度の私の動きには、聖女様も反応出来なかったみたい。やっぱりさっきのは偶然だったみたいだ。
(決まった!! 秘孔人痛拳がっ)
秘密部隊の人間が使う秘密の技。
それが秘孔人痛拳。それは、背中にある秘孔を突き、上っ面の言葉程度でも持ち合わせている些細な罪悪感等を肥大化させ、良心の呵責で苦しんで動けなくさせる必殺の拳。
間違い無く秘孔を突く事に成功した。これで聖女様はしばらくの間、動く事が出来ない。
「悪いわね。でも、仕方が無いのよ。あなたのような世間知らずなお嬢様は、足を引っ張るって相場が決まっているから」
聖女様には悪いけれど、事実を織り交ぜ、ここまで言い放てば後を追って来ないだろうというくらいの強く言わせてもらった。
硬直状態では姿勢を維持し辛かったようで、そのまま前のめりで倒れさせてしまったのは申し訳無かった。
(受け身無しは怖いし痛いんだよね。でも、回復魔法が使えるって話だから、傷が出来ても大丈夫ね)
聖女様に怪我をさせる結果となったけれど、やむを得ない事態だもの。
ここで動揺しては居られないと、次の行動に移った。
状況を利用して、見張り役を呼び出して鍵を奪う。
呼び出していると、うるさいと言いつつ、見張りの男がやって来た。
たった一人で来てくれるだなんて、不用心だけど助かる。
やっぱり、一番の想定外を対処出来たからかな、ゆとりが生まれていた。
格子越しだからやり難いけれど、こういう相手が寄って来なさそうなのには色仕掛けが一番だ。
子どもと分けたから、そういった事をしたいのかと思っていたら、まさかの枯れ始めが好みという見張り。
まだ枯れていない事を喜ぶべきか、相手にされない事を嘆くべきか……。
とにかく相手から貰うものを貰い、無力化させる必要がある。
私は、両腕を伸ばし、相手の片腕に絡みつくように抱きついた。
趣味じゃないだとか色々言われたけれど、私だってあんたなんか趣味じゃない。
無駄に体格が良いから、格子に押し付けなきゃ背中に手が届かない。
(よし、届いた!!)
これ以上見張りと距離を縮めるのは無理だったから、すぐさま秘孔人痛拳を使った。
私の狙い通りに事が運び、汚い豚のような悲鳴と共に男は気を失った。
微かに声が出ている辺り、虫の息では無く、豚の息の方が合う。
「鍵は……。これね」
鍵を使った後、聖女様の姿が目に入った。
このまま冷たく硬い床に寝かせたままというのもよろしくない。
(あくまで人道的な意味で閃いちゃった)
そう、これは悪意では無く、優しさ。聖女様を思ってのおもし……ろいとかじゃない優しさだ。
私は、彼女が体を傷めないように、見張りの腕枕で眠ってもらおうと思った。
男を動かすと、何だか少し鼻をつまみたくなる臭いがした。
(これは中々……)
やっぱり止めようかと思った。でも、この程度の問題で今後の行動を改めてくれたなら、それはそれで一つの教訓になるはず。うん、このまま作戦は続行ね。
中々に良い感じの配置になった時だった。
「悪趣味な事をするのは止めなさい!!」
聖女様は起き上がり、私の腕を掴んだ。
(な、何で秘孔が利いて無いの!? 聖女様には人の心が無いって事!?)
確実に秘孔を突いたというのに、確かに倒れていたというのに、驚きで頭の整理が追い付かない。
「人に妙な事して、更に妙な事して、何を考えているんですか」
全て見ていたとばかりの口振り。
「いや、だって。気絶してたでしょ? 何で全部分かってるみたいな事言うの?」
たとえ目を瞑っていても、相手の秘孔は分かる。分厚い脂肪が間にあっても私は的確に秘孔を突ける。だって、里では相手がどんな体だったとしても秘孔が突けるように訓練していたんだから。
「私がずっと寝たふりをしてたからですよ」
絶対の自信が慢心に繋がり、とても単純な演技に引っかかったというの?
基本的に負ける所が無いと思っていたのに、出し抜かれた私は、動揺が止まらない。
これまでとは形勢が逆転し、私は彼女に言われ、私は素性を明かさなければならなくなった。
その後、私は聖女様と協力し、組織を壊滅させるために動き出した。




