56 真なる敵
「し、しかしだな。たったの一回転で全方位の敵を吹き飛ばす風を起こす怪物だぞ。大木を蹴飛ばす力だけでへし折って倒す人外だぞ」
「音を出さずに牢屋の扉の金具を壊す人外でもありますし、団長も震えあがる圧を発する人外でもあります」
おやおや、里長に続いたら大丈夫とばかりに、エリンナも何故か私が人を越えている宣言に加担してきましたよ。
「そ、そうだ。覇者の衣を纏っていた。わしはそれに当てられ……。当てられて……」
頭を押さえだす里長。どうやら思い出したようです。
「そうだ。聖女とは邪悪なるものを滅ぼす存在で在り、わしらが恐怖する存在では無い」
確かにマクシタテルンさんがそう言っていました。それにしても、勘違いで今も恐怖しているのは里長です。
「では、私に拒否反応が出るという事は、里長さんも邪悪なるものになるのでは?」
自分でもとんでもない爆弾発言だったと思います。ですが、里長の言葉を借りるのなら、そこまで恐怖している事がおかしいのです。
私はこれまで、数々の人じゃない認定をされていましたが、今回はただ馬車に乗って訪れただけです。
なのに襲われました。里長を含め、襲ってきた人達は人攫いなどの犯罪組織では無いというのに。
これは、大陸の人の中に邪悪なるものが既に紛れ込んでいる可能性も視野に入れるべきではないでしょうか。
「エレナ、流石に失礼過ぎるよ」
エリンナが私を窘める理由はあります。当然でしょう。
「そもそも、邪悪なるものという呼称は何度も耳にしましたが、その姿を実際に目にした事がありません。エリンナと里長さんはありますか?」
「わ、私は無いわ」
「見た者は皆、心を呑まれると聞く。邪悪なるものと剣を交えた者で戻って来た者は居ないと聞く。聖女様を除いてだ」
つまりは、最終的には私が一人で邪悪なるものの中に突撃していかなければいけないという事ですね。
(戦いの後に勝手に平和の象徴にするどころか、その前に使い潰すつもりだったという訳ね。ゆ、許せない)
王子も許せないと思っていました、それ以上に許せない相手が出来ました。
「戦いで身も心も疲弊した聖女様はきっと、物言わぬ人形のような存在になっていたのでしょうね。私もそんな風に……」
内側だけでは処理出来ない怒りが声になって出ていました。
「流石にそれは無いんじゃないかな」
「そうだな。覇者の衣を纏う者がそのようになる事は無い」
一人、シリアスになっているというのに、二人が酷い事を言って怒りの炎に水をかけてきました。
「……とにかくです。誰も邪悪なるものを見た事が無いというのに、里長さんが違うとは言えない訳です。覚えていないだけで、邪悪なるものかもしれません。現に先ほど、気を失う前の事を覚えていませんでしたし」
「そ、それを言われると確かに……」
里長が自分の判断に自信が無くなり、唸り始めました。これは勝利でしょう。
その隣で、エリンナが何とも言えない微妙な表情をしていました。
「分かった。ここはエリンナの言葉を信じ、あなたを聖女様として扱おう」
まだ受け入れられないと、葛藤の色が見え隠れしていますが、私としてはいきなり襲われなければそれで良いです。迫る相手を大地に横たわらせるだけですから。それに、聖女様として振舞うつもりなんて毛頭無いので。
私への扱いが穏便なものになっている一方で、エリンナは自分に一番の責任が乗っかってきた事で胃を押さえていました。
一悶着ありましたが、こうして私は、少しの間だけ隠れ里で過ごす事になりました。




