5 教えて、マクシタテルン先生
確かに、このままよく分からない場所の部屋で引きこもり続けるのは無理があります。
ここは情報を得るため、彼の話を聞くのは悪い事では無い。そう思った私は、マクシタテルンさんの方を向いた。
まだ口を利く気にはなれないけれど、マクシタテルンさんには最低限の礼儀は果そうと思いました。なので、無言のままでお願いしますとお辞儀をしました。
「ありがとうございます。それでは説明させていただきますね」
マクシタテルンさんは、大陸が王政になる所から始まり、現在に至るまでの長い長いお話をしてくれました。
その長さは、目覚めたてだったというのに、もう一度眠れそうなほどでした。
話を聞きつつ、座って聞く校長先生の話はとても良い睡眠導入剤になるんだろうなと現実逃避してしまうほどでした。
お茶請けも無く続いた大陸の歴史はさて置いて、内容としては二つに要点を纏める事が出来ました。
一つ、聖女の力は大陸を救う。二つ、復活してくる邪族に決定打を与えられるのは聖女だけ。
結論、聖女は大陸最大の力であり、宝。
という事情から、大陸を統治している王族も聖女には腰が低い。
そんな事を言われても、いきなり知らない家に連れて来られるみたいに、異世界に召喚されても、困惑と怒りしかない。一体、どんな人が聖女の召喚なんてとんでもないものを開発したのでしょう。文句をこれでもかとぶつけたくてしかたありません。
話を聞くと余計に憤慨する自分が居ました。
それとは別に、この先は無言のままでは相手が察してはくれないだろう疑問が浮かびました。
「マクシタテルンさん。歴代の聖女とは、皆が別世界から連れて来られたんですか?」
渋々口を開くと、二人が目を大きく見開き、潤ませた。
「聖女様がお声をかけてくださった……」
感無量といった様子のマクシタテルンさん。一方で、一瞬感動した様子だったけれど、すぐに表情を曇らせるダイブロス王子。
ええ、分かっています。自分に話しかけられなかった事が不服なのでしょう。
これが恋愛ゲームとかなら、王子様に声をかけるのがセオリーでしょう。一般社会でもそうでしょう。
けれど、この世界について説明してくれたのはマクシタテルンさん。私の感情に寄り添って言葉を選んでくれたのもマクシタテルンさん。
王子の方は、自身の目的のためにただひたすらに突き進み、私の首に縄を付けようとしている印象しかありません。
目的や行きつく先が同じだとしても、私の中での異世界ランキングで言えば、マクシタテルンさんが信頼度ナンバーワンでした。
「はっ、失礼しました。先程のご質問ですが、聖女の儀式は聖女の力を持ったお方を魔法陣から呼び出すというものです。この大陸の者が選ばれた時代もあれば、他大陸から。そして、聖女様のように別世界なる場所か現れたという記録が残されています。そして、聖女の方々は皆、エルルート王家の妃として大陸の平和を願い続けてくださいました」
マクシタテルンさんの説明を聞いて納得しました。
なるほど。どうやら歴代の聖女様達は皆、頭の中がお花畑だったようです。
或いは、そうせざるを得なかったのか。
王族に加われば一生安泰で左うちわな生活が待っているという打算的な夢を見た人ばかりという線も捨てきれません。
で・す・が。私は違います。私が元暮らしていた世界。もっと言えば国と比較するならば、この世界は魔法があるだけで生活水準はかなり下でしょう。
劣ってるなどと蔑むような考えは持っていません。が、どうしても私の世界よりも水準がかなり低いとしか思えないのです。
これが、私が望んでこの世界に来たというのなら、どのような環境でも問題は無いでしょう。
け・れ・ど、私は陰キャで自宅引きこもり系女子として実家で生きてきました。それでも元居た世界の方が良かったんです。技術も食事も、絶対にあちらの方が上でしょうし。
故郷の現代文明という名の寝心地の良いベッドの上で暮らしていた私が、よくある中世レベルのような文明社会の中で生きていける訳が無いのです。
「そうでしたか。ありがとうございました」
適応できない理由を心の中で独白しつつ、説明のお礼をマクシタテルンさんに告げました。
「何も心配する事はありません。私があなたと国を守ります。何、聖女様が居るのです。何を心配しましょうか」
空気を読めずに、王子がそんな事を言うために割って入ってきた。
この人は、あの時の私の抵抗を動転していたからだと認識したままなのでしょう。呆れてため息だって出て来ません。
「そうだ、聖女様。目覚めたのなら、父上に会いませんか? 我が父オットデキンダー王に」
何をやらかしたのかという名前の王様。可能性としては浮気でしょうか? つい噴きだしそうになるのを、顔を背ける事で回避しました。
「王子。聖女様は目覚めてすぐにこちらの事情を把握したばかり。逸る気持ちは理解出来ますが、もう少し間を置きましょう」
情報や、改めての心の整理が必要でしょうからと、マクシタテルンさんはとにかく私に配慮してくれていました。それがとても嬉しい。これが乙女ゲームだったら、多分、十は歳が離れているのでしょうけど、私のメインはマクシタテルンさんだ。
きっと、王子の補佐をするぐらい優秀な人なのだから、かなり苦労を重ねてきたのでしょう。
そんな苦労を労ってあげたいという気持ちにさせる人でした。
ですが、まだまだこの世界の知識に乏しい私なので、支えるというよりも圧し掛かるようなポジションで、マクシタテルンさんの負担増という事になるでしょう。
なので、しない、出来ない事は考えず、丁度良いボールを投げてくれたので、そのままお返ししてお別れするとしましょう。
「そうですね。すみませんが、気持ちの整理が出来るまで待っていただけませんか?」
私は、マクシタテルンさんに向けて言いました。
「わ、分かりました、聖女様。父上にもそのように伝えましょう。ですが、大陸も余り余裕がありません。なるべく早くお願いします」
自分に言われたと思い、声が明るくなる王子。それにしても、何故一言発言する度にこちらの感情を逆撫でするような言葉を付け加えるのか。
いずれ、この王子にもお相手ができるはず。もう居るのかもしれませんが、お相手の事を思うと不憫で仕方ありません。
あ、私はノーカンです。繰り返しになりますが、骨を埋める気なんてさらさらありませんから。