3 ハイテンションは一人の時に
目覚めると、ファンタジー世界のお貴族様のお部屋のような場所に居ました。
窓から注し込む月明りとは違う強めの光を見るに、今は朝かお昼のようです。
「ん~、ん?」
体を伸ばすと、調子の良さに気付きました。
「体の節々が絹ごし豆腐のようにプルンプルンだわ~」
声に出して言いたくなる変化でした。
決して私が、学校以外ではまず外に出ない陰キャなので、消費カロリーが少ないので太っているという訳ではありません。
ただ、現代日本の私のベッドよりも眠り心地の良いベッドで眠っていたからというだけです。それ以外に理由は思い当たらず、現代科学か技術を越えていた事には、本当に驚かされました。
「あれ、何時の間にか着ているものが変わってる!?」
寝間着だった服は、何者かの手によって手触りの良い生地のネグリジェに変わっていました。
(これはシルク? シルクなの?)
手触りが良いというだけで、私の中の選択肢はシルク一択でしたが、この世界にはそれ以上の生地があるのかもしれません。
とりあえず安心したのは、お肌スケスケのシースルーネグリジェでは無かった事でしょう。
聖女が性女に、なんて薄い本では手垢だらけのお約束になるのはごめんでした。
「いけないわ。非現実的な状況の渦中に居るせいでまだ心が荒ぶってる。ここは深呼吸ね」
スーハースーハーと繰り返すも、全然体と心が落ち着かない。
「テンションが高いままで、どれだけ深呼吸してもしたり無い。このままじゃこの世界の酸素は、全て私の肺が消費してしまうわ」
実際に出来もしないことを口にするあたり、私はまだまだ平常運転が出来ていないようだ。
「そうだわ、自分の事を考えましょう。我が身を知り、気持ちを落ち着けるのよ。次回予告風に!!」
と、冷静に冷静じゃない考えが浮かぶ。
「私の名前は高沼恵令奈。お父さんは平社員。お母さんも平社員の共働きの家庭に生まれた四人家族の眼鏡っ子長女。属性正反対の妹との姉妹仲は良好。家に居る時は大体傍に居るし、たまに一緒に寝るし。だけど外では私達の事は秘密なの。だって、私と妹が姉妹だって知られたら、妹が同情と哀れみの目を向けられちゃうから。頑張れ、私。妹のためにも、自分の心の安寧のためにも、今日もお部屋で楽しい一人遊びに勤しむのよ。さて次回『私、召喚』を皆で見よう!! いきなり聖女なんてありえな~い」
家族構成と自分の立ち位置を早口で言い終わると、何だか心地良い達成感が得られた。
けれど、すぐに冷静に自分の行動の酷さを実感し、恥ずかしさがこみ上げてきた。
「って、こんな事やってるのがありえな~いのよ。世界を救えとか馬鹿じゃない。何で私にそんなお鉢が回ってくるのよ!! かち割って土にお返しするわ!!」
誰も居ない部屋で文句を言っていると、ドアが動く音がした。
瞬間、私は口を閉ざし、表情は死に、スンとした。
そう、陰キャ特有の知らない人に対しては徹底して置物になる技。
これを習得してから、私は日々の生活がとても楽になった。
だって、人に囲まれたらどうしていいか分からないんだもの。
「目覚めましたか、聖女様」
(やった。聞かれてなかったみたい)
心の中でガッツポーズ。