エルルートの激震 オットデキンダーの悩み 前編
今日も何時ものように朝が訪れた。
(王として、今日も責務を果たそうぞ)
目覚めと共に自身の役目を心に刻むため、私はこの言葉を唱える。
即位から二十年ほど過ぎた。それまで、大陸は、我が国は、平和を維持してきたと自負している。
しかし、その平和を脅かす問題が起こっている。
不定期に現れる邪悪なるものが、私の代で現れてしまったのだ。
騎士団と魔術師団を出陣させ、その範囲を抑えてはいるが、尽きぬ物量に追い込まれていく一方である。
押し切られるのも時間の問題と焦っていたが、先日吉報があった。
聖女召喚の書の閲覧が可能になったのだ。
邪悪なるものを消滅させる事が可能な唯一の人物にして、代々王族の一員となる大事なお方だ。
そのお方を召喚するため、私は急ぎ、儀式に必要な物や手順について調べさせた。
次に行うのは、誰がその儀式を執り行うのか。
儀式は、書に記されている通りに行えば失敗する事は無い。
それは、聖女様の儀式を行った代の王の記録に残されていた。
なので、儀式を軽んじる愚か者でなければ、誰であろうと適任と言える。
もちろん、我が国でこの儀式の重要性を知らぬ者は居ないので、人選という意味では違う事は無いだろう。
では、誰が儀式を執り行うのか。
聖女様は、その役目を終えた後、王族の家系に入っている。国の威信を守ると同時に、聖女様を絶対に守るためにもそれが良いとされてきた。
それに倣うのならば、我が息子であり、次期国王となるダイブロスより適任は無いだろう。
次期国王の最初の箔付けとしても、儀式を執り行ったというのは申し分ない。
なので、ダイブロスの成果の一つにと思い、その役目を任せた。
聖女様がどれほど王国にとって重要で大切な存在なのかは、幼い頃よりしっかりと伝えてきた。なので、大丈夫だろう。
昨夜の事だ。私が息子のダイブロスに命じた儀式が行われたのは。
しかし、私はその結果を素直に喜ぶべきか悩んでいた。
結論だけを評価するのならば、息子の行った儀式には何ら問題は無かった。
しっかりと、新たな聖女様を我が城に降臨させる事に成功したのだ。
それはとても喜ばしい事なのだが、降臨直後に聖女様が取り乱したという。突然、目の前の景色が変わったのならば、その様な反応をしても問題では無い。
歴代の聖女様も、始めは取り乱したという記録が残っている。
起こった事を説明し、我々への救いを求める。儀式の準備を進めるよりも、儀式を行う事よりも、そこが最も難しい。私は、聖女様に関して学んだ時、そう感じたのを思い出した。
何を言いたいのか。それは、今挙げたその問題が息子に立ちはだかったのだ。
息子の補佐として傍に付けていたマクシタテルンからの報告によると、聖女様はダイブロスに対し、全ての接触を絶とうとする傾向が見られたという。
国を良くするためにと、次期王として姿を日々模索していた息子が、聖女様の反感を買ったというのだ。
更に報告によると、儀式時にも「帰して」という聖女様の訴えがあったという。
その後、眠らせる事で心を落ち着かせるべきだと判断し、そう対処したという。
翌日、聖女様が目覚めたという知らせを受け、二人は聖女様の部屋を訪れ、我が国を取り巻く状況について説明をしたという。
その時に、マクシタテルンとの対話は果したものの、ダイブロスに対しては、私が頭を悩ませる結果になってしまった。
聖女様の心情は察するが、こちらも大陸を、国を守るためには致し方無かったのだ。
けれども、それはこちら側の事情。突然呼び出された聖女様に汲み取り、すぐに理解して強力を求めるのは酷だった。
また、マクシタテルンからの報告によると、ダイブロスの言動が裏目に出てしまったとある。
ならば、謝罪をして関係を一から交流すれば良い。やるべき事は明白であった。
だが、一度頑なになってしまった聖女様は、それ以降、世話係以外に会う事を拒絶するようになったという。
では、聖女様の心が世話係には開くようにすれば良い。
マクシタテルンも同じ事を思い、既に実行していた。
しかし、世話係がどれほど距離を詰めようとしても、聖女様から良い反応を引き出す事が出来なかったという。
逆に聖女様からお話が出来る状況を作ればと考えたが、マクシタテルンの報告では、自身の事についても話す事をしないという。
今代の聖女様は、言葉の少ないお方のようだ。
歴代の聖女様は、事情を伝えると、大陸のためにすぐさま協力を申し出てくださったという記録が残されている。なので、私も聖女様とはそのような慈愛の心を持った人物だと思っていた。
聖女様が降臨されれば、孫の名前について悩む事になると思っていたが、そのような場合では無かった。
戦況的に、焦りが日に日に大きくなる。
このまま膠着状態をダイブロスが解決出来ないのであれば、息子では無く、私が動く必要があるだろう。
私としては、次期王であるダイブロスと聖女である少女との関係がより良く、親密になる事を願っているため、息子が聖女様を連れて謁見にやって来る時まで待っていたかったのだが……。
「何故だ? 何故こうなった?」
私は、毎朝の日課よりも先に悩みを口にしていた。
これほどまでに読めない存在に出会った事が無かったのだ。
邪悪なるものよりも頭を悩ませているのは、聖女様の動向。
数日が経ち、聖女様が魔法に強い関心を持っている事が分かった。
息子のダイブロスは、魔法の技術に関しては中々に高い評価を教師陣から受けている。
なので、聖女様が魔法に悩むようならば、すぐにでも助ける事が出来るだろう。
魔術師団長のニットレッカーの報告通りならば、聖女様の感心が手伝い、息子との関係も改善されるに違いない。
そうなれば、かつての聖女様達のような関係になり、王国の問題も、お世継ぎの問題も解決するであろうと期待していた。
そう、期待していたのだが、違う方向へと聖女様は突き進んでしまった。
聖女様は、魔法の使い方を教わったその日から、部屋を出る事を止めてしまった。
魔法の適性が無かったからという訳では無い。
ニットレッカー曰く、歴代の聖女様に多く見られた聖属性の適性があったという。そして、魔法の発動も難なく行われたという。
ここで初めて聖女様の世界の情報を知る事が出来た。
魔法とは空想の産物であったため、言葉として知られているが使う事が出来ないものであったそうだ。
そのため、この世界に魔法があり、自身が使えると分かり、とても喜んだという。
ならば、勝手が分からず壁にぶつかるはず。
その時、調べるために我が城の図書室へ向かうだろう。
そこにダイブロスが待ち伏せておけば、きっかけが生まれる。
これで良い方向へ進むと思っていたのだが、逆に聖女様は、部屋に閉じ籠ってしまわれた。
関心が高いのであれば、もっと他に情報を得ようと動く事はおかしくない。
だというのに、何故聖女様は部屋の中から出て来ないのか。
記録されているどの聖女様とも印象も行動も違い過ぎて、頭を抱えていた。
私が頭を悩ませていたこの日の昼頃、知らせが届く。
それは聖女様からの初めての要望であった。
そう、初めて聖女様が帰りたいという思い以外の意思を示してくださったのだ。
知らせを持ってきた者を急かし、言葉を待った。
なんと、聖女様は全身が映る大きさの姿見を所望していた。
聖女様が私達の世界に関心を抱いた数少ない機会。
そう考えた私は、急いで聖女様のためのドレスも合わせて用意した。
貴族の娘が喜ぶドレスを数着でも目にしたなら、そこから新たな芽が出るだろう。
社交界とまでは進まぬとしても、部屋を出て城内を出歩くくらいはするはず。
しかし、急ぎ準備させたのだが、ドレスだけが戻って来た。




