1 囲まれて、邪教
――エルルート城 儀式の間にて
突然の事でした。私は身構え、瞼を閉じていました。
「聖女様が降臨なされたぞぉぉぉぉぉ」
突然の光の影響で、瞼を開いても視界は暗い。起こった出来事の途中で意識が一度途切れていましたが、そのとても大きな声に、私は意識を取り戻し、状況が分からず体を強張らせていました。
「うぉぉぉぉぉ!!」
「やったぞぉぉぉ!!」
その大声が聞こえた直後、雄叫びのような声が私の周りで聞こえました。大地が震え、地震が起きたのかと、逃げ場の無い声に恐怖し、背筋がピンと伸びました。
でもそれは私の勘違い。震えていたのは空気だったと分かりました。
何故勘違いしたのか。それは、私が連続で聞こえた大声に驚き、全身が心臓のように脈打っていたから。頭と体の整理が追い付かなかったようです。
隅から隅まで、何から何まで、理解が追い付かない状況。
視界が戻り、把握したその場所は、自分の記憶にある場所とはほど遠い場所でした。
どうして私は、硬い石の床の上で飛び起きる羽目になっているのでしょう。どうして大勢の人が私の前で感情を高ぶらせ、盛り上がっているのでしょう。
思考真っ白な私は、何度も瞬きをする意外の行動が取れずにいました。
そんな私の所に、人の中から片手を上げ、近付いてくる人が居ました。
それに気付いた周囲の人達は騒ぐのを止め、場は時間が止まったように静かになりました。
「聖女様。お会いできる日を心待ちにしておりました」
顔が隠れた人が跪き、そう言いました。声で男の人だと分かりました。
ですが、何故私の所にやって来て、このような振る舞いをしているのでしょう。何故そのような事を言うのでしょう。私には何一つ分かりません。ですが、その人の登場によって、謎の人達の服装を認識する事が出来ました。
視界には捕えていても、情報として認識出来るほどの余裕が無かったのです。
如何にもな顔が隠れる全身マントか布を纏った白い集団。
背後からも向けられていた視線に気付いて振り返ると、男の人と同じ様式の衣装を纏った人達が、私に声をかけてきた人と同じように跪いていました。
(た、助けて神様……)
視界を戻すと、ちょっと前は立っていたというのに、男の人以外も跪いていました。
つまり、何故かこの場に居る人全員が私に跪いているのです。
邪教徒の生贄に選ばれたのでしょうか? だとするとこの後は全裸に向かれ、お腹を割かれ、そこにお酒でも注がれるのでしょうか?
多分、自覚はありませんが怪しいお香でも焚かれていて、痛みなどの感覚が分からなくなっている気がします。それか痛みが快感に変換されている状態なのかも。私としては全く異変を感じてはいませんが、鏡を覗いてみたら焦点の合っていない目で笑みを浮かべている可能性だってあります。
または、まだまだ序の口で、ここからどんどんこの感覚もぼやけていくのかも……。
考えれば考えるほどに不安が押し寄せてきます。
だってどれも行きつく先は……。
体がぞわっと震えました。
そもそも、一体どうして、このような場所に居るのでしょう。分からないままで終わりというのは納得できません。
部屋のベッドで一人、布団の中で丸まって寛いでいたはずです。それなのに、スマホ以外から光源を見つけたと思ったら、光がブワーッと広がって……。訳も分からず身構えて、意識が途切れたと思ったら突然の大声。寝ていたのは見知らぬ石の床の上だったなんて。
「聖女様、大丈夫ですか?」
現状に至るまでを思い出して整理していたら、邪教の人が私にスッと手を伸ばしました。
怯えた私は、その手から逃げようと後退ります。例え非力でも、戦う力が無くても、私は最後まで抵抗するんだ。
私の反応に、邪教の人は戸惑ったように手を戻しました。
「聖女様、私の声が届いていませんか?」
届いているし、聞こえています。けれど、誰かも分からない人とは話せません。
だって私は、初対面の人とは、おはよう、こんにちは、こんばんはのテンプレな挨拶をするのがやっとで、そこから会話を発展する事の出来ない陰キャだから。