お姉ちゃんの自慢の足
と、降りる前に恵理那に声をかけておかないといけませんね。
「恵理那、今度は落ちるからね」
「え? 落ちる?」
私が亀裂を指差すと、恵理那の視線は亀裂の先に向かいました。
「え、いや、死ぬって。お姉ちゃん、死んじゃうって」
「大丈夫。私にはこれがあるから」
ペシッと自慢の足を叩いてみせました。
「人の足はそこまで万能じゃないんだけど? 鉄だって形が変わる高さなんだけど?」
「大丈夫、大丈夫。それじゃ、行くからね」
妹をお姫様抱っこし、私は亀裂の中へと飛び込みました。
「おかあさぁぁぁぁぁぁぁぁんっっっっっっ」
きっと、妹は最恐絶叫マシンの類に乗ったとしてももう怖がる事は無いでしょう。
何せ、今が人生で最も高い場所からの落下でしょうから。
これで耐性が出来て、今後も落下系で叫ぶ事は無いでしょう。それくらい全力で叫び続けていました。
それにしてもお姉ちゃん、恵理那の喉が心配です。
と、地上が近付いてきたら、物凄い勢いで一台の馬車が着地地点に近付いているのが見えました。
(着地の衝撃で引っ繰り返ったりはしないよね?)
そうなった場合、責任の有無は私だったりしませんよね? とお願いだから巻き込まれないでと願いました。
ですが、馬車に私の願いが届く事は無く、かなり近くまでやって来ました。
(威力調整しないと駄目かぁ……)
仕方が無いと、お姫様抱っこを止め、恵理那を米俵のように肩で抱えました。
悲鳴疲れでしょうか。恵理那は眠っています。
開いた左手で地上に向かってパンチを撃ちました。
三度起こした風圧で、落下速度は大分落ちました。これなら、そのまま着地しても問題無いでしょう。まあ、パンチを打つたびに馬車が風圧でちょっと揺れていたのが気がかりですが……。
着地に成功すると、辺りには土煙が。妹の抱き方をお姫様だっこに戻し、土煙が治まるのを待ちました。馬車の中に居た人も、それを待っていたようです。
「エレナッ!!」
聞き覚えのある声の女の子が飛び込んできました。
「ぎゃへ」
「エリンナ!?」
馬車から出てきたのがエリンナだっただなんて。
「エレナ、どうしてここに居るの? また誰かに召喚されたの?」
再会を喜びと驚きでエリンナは抱きしめてきました。
押して押されて、その度に途中に挟まれた酷い声の通り、その度に妹が潰されています。
「その前に妹を起こさないと」
「妹?」
エリンナの視線が下がり、私の胸の辺りまで行きました。それで胸の位置で抱いていた妹にようやく気付いたのです。
「え、あ、ごめん。潰しちゃってたね。もしかして気を失ってるのって……」
やってしまったと蒼ざめるエリンナ。
「ああ、いえ。空から降りる時に途中で気を失ったのです」
空を指差し、言いました。
「あの高さから……。それは可哀そうにね」
気絶も止む無しと、妹に哀れみを向けるエリンナ。
「ほら、恵理那。着いたよ。起きて」
声をかけながら揺すりました。
「んん……。お姉ちゃん……。足は、足は万能じゃないよ……」
魘されているようです。一体、どのような夢を見ての寝言なのでしょうね。
「可哀そうに……。妹さんの常識は、破壊されてしまったのね」
妹の言葉に、エリンナは同情もし始めました。
「恵理那。ちょっと起きて。お姉ちゃん、常識人だって彼女に言ってちょうだい」
二度目の揺すりで恵理那はやっと目を覚ましました。
「ああ、良かった。足だけで何でも出来るとか言い出した時にはどうしようかと……」
少々記憶が遡っているのか。それとも、空へ跳んだ所からを夢だと認識しているのか。
どちらとも取れる発言をする恵理那。
「しっかりして、恵理那。もう着いたから」
「着いた? 家?」
「ううん、異世界」
「も~、お姉ちゃんったら。後で病院行こうね。頭の」
このやり取りを見たエリンナが一言。
「けっこう直球な妹さんなのね。でも、仲良くなれそう」
今度は仲間意識を持ち始めました。
何故でしょう? ちょっとエリンナと二人で話し合う必要がありそうです。
「ん? あれぇぇぇっ!?」
ご近所では見かけない装いの人が会話の輪に居て、ご近所には無い風景の中に居る事にようやく気付き、妹が声を上げました。
「そんな大声を出さないの。こちらは私の友達のエリンナ。エリンナ。改めて、こちらが私の妹の恵理那です」
互いに会釈をすると、エリンナが言いました。
「あなたのお姉様は大陸を救ったという、とても素晴らしい功績を築かれました。我が国は、聖女様。あなたのお姉様に深く感謝をしているんですよ」
大陸での私の行いと、人々がどのように感じているのかを簡潔に妹に教えてくれるエリンナ。
「ね? 私、凄い事したんだよ」
これまでにした記憶が無い、お姉ちゃんの凄さをアピールするチャンスなので、全力で妹に強調しました。
「お姉ちゃんが聖女……。なんかもう、夢でも見ているみたい。風邪の時に見るような、そんな普段以上に荒唐無稽で無茶苦茶な感じの……」
実際に来ているというのに、妹はまだ信じ切れていない様子。
「妹君。確かにあなたの姉は古くから続いた因縁に終止符を打った、この大陸の救い人である事は確かですよ」
「そうです。そして、私の運命の人っ!!」
功績が確かだと強調しつつ、王様と王子が会話に入ってきました。
「意外な二人がこんな所に。それと王子。運命の人では無いから。妹に変な誤解を与えないでください」
「王子様にそんな失礼な……。でも待って。王子様って、次に王様になる人の事だよね!? その人がお姉ちゃんを運命の人!?」
恋人を通り越して、婚約者が居ただなんてと、早速あらぬ誤解をしだす恵理那。
「そして私が王様です。お義父さんと呼んでくれてかまわないよ。義妹君」
フリーゲームの王様が言いそうな自己紹介をして悪乗りする王様。
「ど、どど、どうしよう、お姉ちゃん。私、王族入りするの? 国の中枢に名前、刻んじゃうの?」
恵理那が混乱し過ぎて、おかしくなっている思考が更に加速していきました。
どうすれば良いでしょうか? 斜め四十五度でチョップをすると元に戻りますかね?
でも、可愛い妹に手なんて上げられません。
妹の直し方で考えていたら、一つ思いつきました。
「こうなったら、自由落下しか……」
私のつぶやきに、妹の体がビクリと反応しました。
「お姉ちゃん、何を言い出すの?」
「ちょっと錯乱気味な妹を戻すため、抱えて跳ぼうかと。落ちる時のショックで戻らないか試そうかと思って……」
「なんでそういう発想をするの!? お姉ちゃん、私の事が嫌いになったの!?」
「やだな~、恵理那。外でそんな事を言わせないでよ」
恥ずかしくて照れていると、何故か四人がドン引いている表情で私を見ていました。
瞬間、これは大事だと思い、私は慌てて言いました。
「ちょ、待ってください。勘違いしてる。絶対に皆、勘違いしてる。大好き。恵理那の事、すっごく好きだから」
すると、妹の以外の三人はホッとした表情に。誤解は解けたようです。
でも妹は……。
「なら、なんで自由落下とか言うの。もう、絶叫マシン乗れないじゃん」
ああ、やっぱり少し心に傷が出来てしまっていたようです。それと、気付いていないようなので、教えてあげなくては。
「あのね、恵理那。ここに来たって事は、同じ事をもう一回するんだよ。それと、どんな絶叫マシンと比べても、お姉ちゃんの安全性には敵わないからね」
全幅の信頼を寄せてちょうだいと、その源に手を伸ばそうとしました。
「だからお姉ちゃん、足は万能じゃないって!!」
今なら新幹線にも負けないと思うのだけれど、お姉ちゃん悲しい……。