真人間運動ライフ ~妹トレーナーに内緒でやっちゃいます~
「ね? ちゃんとジャージに使ったでしょ?」
ほら見なさいと、袋の中にある買ったばかりのジャージをタグ付きで恵理那に見せつけました。
「う、うん。本当に買ったね……」
私の行動が信じられないと、お店まで付いてくるほどに私を疑っていた妹でしたが、ようやく分かってくれたようです。
「ねえ、お姉ちゃん。急に運動なんてどうしたの? 恋? 恋がお姉ちゃんを変えたの?」
今、飲み物を口に含んでいたら盛大に噴き出していたことでしょう。
「あのね、恵理那。別に恋だけが変わる手段じゃないんだよ」
そうです。異世界に強制召喚されたり、魔法が使えると知って喜んだりと色々あるのです。
「まあ、そうなんだけどね。……で、お姉ちゃんはそのジャージを何時から使うの?」
「何時からって、洗濯をして乾くのを待ってからだから、明日か明後日かな」
「じゃあ、それまで運動しないの? 明後日までやる気の期限は大丈夫?」
どうやら妹は、私が一過性のやる気で買い物をして、このジャージを肥やしにするのではと危惧しているのでしょう。
アクティブな事柄には関わらないようにしてきた私です。妹は、私が続けられるのか、始められるのかという疑問を拭えていなかったようです。
恵理那の心配が分かりました。妹のために私はこう答えましょう。
「大丈夫、心配無い」
かっこよく彼女に言いました。
「ええ~、ほんとかな~?」
上半身を傾け、私の顔を窺う恵理那。
まったく。私の妹は、どうして仕草がこう可愛いのか。
「本当だよ。だって、今から走って帰るから」
と急に私は走りました。
「ちょ、お姉ちゃんが準備運動無しなんて無茶だよ~」
「うふふ、追いついてごら~ん」
昔のギャグマンガのような、或いは砂浜を走る恋人達というような古い設定のような台詞を言いつつ、捕まらないように走りました。
家に戻ると、私は汗だくで息切れを起こしていました。
「もう、初日に無理しちゃ続かないよ」
「だ、大丈夫よ。お姉ちゃん、強いんだから」
ヒーフー言って呼吸を整えます。
妹は、普段から出歩いているからでしょう。息が荒いですが、私ほどではありません。
「今、水持って来てあげるから、ちょっと座ってなよ」
玄関で休んでなと恵理那。
妹が台所へ向かったのを確かめると、私は頭を抱えてしまいました。
(どうしよ、全然疲れてない……)
負荷が足りないのです。というのは、アワーフレッタさんの魔法が無いので当たり前なのですが、問題はそれ以外。
妹と走って帰る途中、私はある事に気付いたのです。
普通に走ったら、電車か新幹線かとばかりの速さで家に着いてしまうという事に。
では、どうしたかというと、妹には残像を見せて走り続けていたのです。
やり方はとても簡単。まず、全力で走ります。そして、妹との距離を維持します。
後は前進してはバックステップで残像が消えないように、ズレないようにと走り続けるだけです。とっても簡単ですよね。
汗は道の途中に噴水があったので、そこで演出しました。
(魔法だったり、無意識の運動で気付くべきだったわ……)
異世界での全てが経験値として今の私に引き継がれているのであれば、神の所に行った時と同じ状態という事です。ゲーム的な表現で言えばステータスカンストでしょうか。
ただ、三日はグググッと運動量が少なくなっているので、その分のステータス減少はあるでしょう。そこがゲームとの違いですね。
私が本格的に運動をしようと思ったのは、この三日分のステータス減少を無かった事にしようと考えたからです。なのですが、これは思った以上にハードルが高い気がしました。
「お姉ちゃん、おまたせ~。はい、お水」
氷まで入れてくれたコップを渡してくれる妹。大変良くできています。彼女、私の妹なんですよ。
「お姉ちゃん、明日は何時運動するの?」
「い、いつって?」
嫌な予感がしました。
「何、その反応? 時間バラバラよりも、決めてやった方が習慣付くでしょ。私も付き合ってあげるからさ。朝早く? 夕方だと、少し待たせるかもしれないんだけど」
以前ならとても嬉しいと思ったでしょう。いえ、今もちょっと涙腺が緩んでいますけどね。
「いやね。お姉ちゃん、一人で頑張るよ?」
やんわりお断り。
「頑張るよって、倒れたら誰がお姉ちゃんを拾うの? 私しか居ないでしょ」
「いやいや。流石に倒れないようにするよ?」
「今にも倒れそうな感じで帰ってきた人が言うセリフじゃないでしょ」
墓穴を掘ってしまったようです。ちょっと演出が過剰だったようです。
これは、数日は恵理那が安心するために動くしかなさそうです。
「う……。じゃあ、朝で。起きれる? 五時くらいかな」
「私は大丈夫だけど、お姉ちゃんの方が心配だよ。いっつも何時に寝てる?」
それを言われると、とても痛いです。だって、何時もは日が変わるか、変わってから数時間過ぎた頃に寝ていましたから。
ですが、それは召喚される前のお話です。
「今の私は大丈夫。寧ろ、寝ないで起きてるわ」
特訓の時以外はやる事も無かったので、早寝早起きの生活でした。それに、回復魔法で疲労も飛ばせます。なので、寝不足なんて言葉は今の私には存在しないのです。
「いや、寝ようよ!? 寝るのは全ての始まりだよ」
「出産が目覚めなら、確かにそれまでは寝ている事になるものね。中々中二な事を……」
恵理那もお年頃って事ですかと、私は姉として成長を喜ばしく思っていました。
「言ってない。言ってないよ、お姉ちゃん!?」
全力否定で私を揺する妹がとっても愛らしいです。フフフ……。
――なんて一時の感情に浸っていたら、一週間経っても妹が私から離れてくれません。
それどころか、私のモチベーションを上げるような事ばかり言ってきます。助けて。
「毎日起きれてるし、今日で一週間。凄いね、快挙だね、お姉ちゃん」
こんな感じで、姉妹揃って健康になろうとばかりに褒めてきたり、知識まで仕入れてくるのです。
生温いを通り越して冷水に浸っているような状況。
で・す・が。私は、今の自身の身体能力をフルで使って体を動かす事に成功しました。
そう、ジャージを買った日に行ったあれを取り入れたのです。
妹と走り、残像を維持しつつ、その背後で腕立て腹筋スクワットなどの運動を行っていました。
同じ位置にいなければ残像なんて出来ないので、私は妹の周りを見えない速度で運動しながら残像を維持するという、ある意味で変態な運動をしていました。
動きにバリエーションが欲しい時にはネットで調べられますし、知りたい事をすぐ知れるというのはとても助かりますね。
そして、気付けば真人間運動ライフを始めてから二週目の終わりの日になっていました。
「お姉ちゃん、頑張ったね。まさか、二週間も頑張るとは思わなかったよ」
「私だって、頑張る時には頑張るんだよ。存分に見直しなさい」
胸を張り、姉の立派な姿を見せました。
「見直してるよ。だからさ、そろそろ本当の事を教えてほしいな。お姉ちゃんの身に何が起こったのかをさ」
全て知っている。そんな雰囲気でした。運動し始めた頃から偽者疑惑とかで恵理那は警戒していたものね。それに、ここまで付き合ってくれているのだし、話しても良いかと思うようになっていました。
「分かった。話すね、恵理那」
まだ人通りが増えるには早い時間。盗み聞きするような人やそれをするために隠れるような場所も無いので、すぐさま見られるような事も無いでしょうと、私は妹に打ち明けました。