姉の変化 こんなのお姉ちゃんじゃない‼
住宅が立ち並ぶその中の一部屋から、耳をつんざくような悲鳴が上がった。
「いやぁぁぁぁっ。お姉ちゃんがスクワットしてるぅぅぅっ」
妹が姉の部屋のドアを開け、中を見た瞬間にその声は聞こえた。
「ちょっと、もう何度目? そんなにお姉ちゃんが運動してるのが変なの?」
いい加減慣れてほしいと、うんざり気味の姉。
「だって、お姉ちゃんったら、部屋を開ける度に運動してるんだもん。そんなのお姉ちゃんじゃない。三日前まではいっつもベッドに寝転んでたじゃない。私のお姉ちゃんは自堕落なの。外に出る気が無いの。そこが良いのっ。ねえ、どうしちゃったの? お姉ちゃんは運動なんてしない人だったじゃない。よっぽどの事が無いと自分で外に出ないお姉ちゃんがどうしちゃったの!?」
随分な言われよう。ここまで言われれば姉も流石に怒りそうなものだが、怒らない。
何故なら、とても可愛い妹がこんなに必死になって自分の事を心配してくれているのだから。
「もう、ほとんど無意識なんだよね。習慣化しちゃった感じかな」
「う、運動が習慣……? ねえ、お母さん。お姉ちゃんの頭がおかしくなったよぉっ~」
泣きながら部屋を出て行く妹。その姿を見た姉は思う。
「うちの妹、すっごく可愛い」
目に入れても痛くないと、本気で思っていた。
さて、そんな妹馬鹿な姉。彼女の名はエレナ。高沼恵令奈という。
妹に自堕落だと言われるほどの彼女が何故、運動をするようになったのか。
三日前に彼女の身に何が起こったのか。
全ては三日前の晩まで遡ります。
何と彼女は、異世界に召喚され、トルナール大陸が長年抱えていた問題を解決するために奔走し、神様が居る場所まで向かい、聖女の伝説に終止符を打った女なのです。
それにしても、不思議でした。
神が強制的に私を元の世界に戻した後。目を覚ましたら朝でした。
しかも、私が召喚された日の翌日です。結果だけを言うのなら、私の旅は一夜の夢だったのです。
実体験として、確かに残っている記憶。あの召喚された日が少し前の事のように感じますが、三日前に起こった出来事なのです。
そりゃあ、いくら筋トレをしても筋肉が付かない訳です。
大分意味が違うような気がしますが、そういう事です。
じゃあ、全てが夢のお話だったのかと言えば、そうではありません。
あの異世界生活で習慣付いたものが、先ほど妹の恵理那が驚くくらいに根付いているのです。
そして、体力にも変化が生まれていました。
何よりも大きな変化はこれです。
「ケチル」
先程のスクワットで生まれた微量な疲労感が消えて行きます。そうです、私は魔法を使えるのです。
これが何よりの異世界帰りの証拠でした。
私がトリップした訳ではなく、本当に経験した事なのだと。
最初はあの酷い戻り方をどうかと思いもしました。
ですが、三日を過ぎるとやっぱり酷いけれど、あの後の何処で帰れただろうかという風にも思うようになりました。
エリンナに戦いの事を伝え、出来た作品を舞台で見たり、アワーフレッタさん達と鍛錬の日々。王族との徹底抗戦のやりとりなど。
無事に帰ってきた今となっては、ズルズルと帰る事を先延ばしにしてしまいそうな楽しさを思ってしまうのです。
「でも、なんか忘れているような気が……」
別れに引っかかっているのではありません。でも、あのバタバタの中で何かを見落としているような気がして、ずっと晴れない靄が残っていました。
「駄目。出て来ないから寝よっと」
己を鍛える必要も無いので、今まで通りに部屋で過ごす日々に戻ろうと、ベッドに倒れ込みました。
使い込んで馴染んだベッドですが、何だか物足りません。
寝れるのですが、私が求めている睡眠に届いていないというべきでしょうか……。
「う~ん……」
隙間を感じます。もう少しで何かが出そうな見えてきそうな、届きそうな……。
「あ、そうだ!!」
ようやく思い出しました。そうです。肝心な事を忘れていました。
私は、急いで数少ない外着に着替え、家族の入る居間へ向かいました。
「お母さん、お金ちょうだい。ジャージ欲しいから」
私のアクティブな発言に、ガシャン、パリンと不穏な音が。
その音は食器を洗っていたお母さんの手から聞こえていました。
「え、エレナが真人間に!?」
「やっぱりお姉ちゃんがおかしくなったぁぁぁぁ」
二人して随分な言いようでした。