94 神の慈悲 聖女の報酬
亀裂を目指すのを止め、神が私に向かってきました。何故でしょう。人の姿をしているというのに、多足生物のような嫌悪感を覚えています。
「寄るな、変態っ!!」
触れる事すら躊躇う存在を、蹴りの風圧で押し返しました。
「いいねぇ。体を押し返される感覚と突き抜けていく感覚。人で言うならば、体内をぐにゃぐにゃにこねられるような気持ちの悪さか。この残る嫌な感覚が実に良い。今、確かに感じる関りがとても良いっ!!」
全く理解出来ない感情を言葉にされても、私には何も分かりません。ただひたすらに嫌悪感が強く、彼の一挙手一投足全てが抱く拒絶の感情を聞き過ぎる促進剤のように急成長させていきます。
「関り、関りと言いますけど、もっと良い関係の築き方があったとは思わないのですか?」
神だと言う割に、よろしくない事ばかりをしているようにしか思えません。
聖女を通じて王国民を助けたり、災害時に知恵を貸すくらいの事をするだけで良いと思うのです。
それが、どうして人の心を分かち、無用な争そいが起こるようにしたのでしょう。
そんな流れを作って、聖女なんて存在を生み出したのでしょう。
これでは邪神と呼ばれて忌み嫌われる方が自然です。
「全ては人の意思だ。聖女は王国の民達の意思によって生まれたのだ」
また私の心を読んだようで、真面目な感じで大層な事を語りだしましたよ。
「人が聖女を望んだから、あなたが生み出した。いえ、呼び出したというの?」
まるで私が、この変態の神の子であるような発言でした。
よくある話で、人は神の産物という設定があります。
そうだとしても、うんと長い年月の結果、私の両親やそれ以前の親族が連なった結果の私です。この神が手を出して私が生まれただなんて話は絶対に認めません。
「人を縛るのは人のみだ。誰もが聖女になりうる。誰もが王になりうる。その時代、求められた者の中から最も適応した者が選ばれる。歴代の聖女も皆、そのようにして選ばれたのだ」
「それであの大陸に骨を埋めろと強制したんですか。なんて酷い……」
右も左も分からず、戻れないとなれば、受け入れられた土地で生きていくしかありません。
そのような状況を神は生み出して、歴代の聖女を囲い込んで諦めさせたのでしょう。
「聖女もまた人。縛ったのは自身だ」
やはり、私達は分かり合えそうにありません。ですが、それでも確約させてみせましょう。
もう二度と馬鹿な事を神がしないように。
「もう結構です。私はこれからあなたを調教します」
「うひぃっ。いいねぇ」
どんな歓喜の声だと。ねっとり粘り気が多分に含まれる声で受け入れようとしないでもらいたいです。
「では始めましょうか。ケチルナ」
効果が切れそうなタイミングだったので、強化し直しました。
湧いてくるのは文句ばかり。ですが、その中でも神に対して絶対に私が言わなければならない事があります。
それを言って確約させなければ、何十年、何百年後にも同じように強制召喚される聖女が生まれるかもしれません。
望まず、趣味でもありませんが、神の体に直接言うことを聞かせるしかないでしょう。
「まず一つ。人の心を二分化させない」
捻りを込めた、渾身の右ストレートから放たれる風圧が神の腹部へ放たれました。
神が人の姿でいるので、ボクシングなどの格闘技系の試合で起こる現象が起こります。
内臓があるのか分かりませんが、風圧でお腹が凹み、くの字になり、弧を描いて吹っ飛びました。
「良い一発だ。しかし、残念だ。何故直接打ち込んでくれない?」
触りたくないくらい気持ち悪いと思っているからです。と言葉が浮かびました。
一応ノーサンキューな相手ですが、相手は神です。言葉を飲み込みましたが、あちらはなんだか嬉しそうです。
ええ、私の心を読んだのでしょう。心を読めるのですから、避けるなんて簡単です。アニメ、漫画等であるように、心を読めるだけで十分に強者なのです。
ですが、神は避けるのではななく、全てを受け止めようとします。
数ある能力系の作品の中でも、おそらくこのような変態はいなかった事でしょう。
対峙してみて分かります。こんな変態と戦いたくありません。
私がそう考えている間も、神は身震いして喜んでいます。表情というものが全く見えないというのに、相手がどのような感情で居るのかが分かるのは、神という存在の特性なのでしょうか。
「二つ。別世界から人を呼ばない」
姿勢を低くしつつ、神に言いました。
私の考えを読んでいる神は、次の展開を期待し、喜んで駆けてきました。
「今回のような例外があるからそれはできな~い」
浮かれ声でいう神。今回の聖女は、神にとっては大当たりだったのでしょう。
私としては大外れだったのですが……。
正反対の反応が腹立たしくて、グルングルン加速しつつ回転し、タイミングを見計らい、生まれた風を神の下へと送りました。
竹とんぼのように真っすぐに、それでいて天井知らずに上昇していく神。
このまま何もしなければ、全身強打で目も当てられない状況でしょう。
「え、嘘っ。それを楽しんでる!?」
果てない上昇から戻って来る神の姿が見えたら、この状況でも尚喜んでいると分かりました。
(いくら神様でも、ノー受け身は駄目でしょ)
じゃあ、途中で受け止めるのか。それも冗談でしょ。
私の常識人としての感覚を神は勘定に入れているはずです。
ここで自身の良心に負け、神を助けてはいけない。そんな気がしました。
なので私が取る行動は攻めの一撃でしょう。
神が落ちてくる場所を見定め、限界まで腰を低くし、お腹を、上半身を、右腕を限界まで捻りました。
威力が落ちず、触れもしないタイミングを見極め、神に向かって全身を全霊を込めた一撃を放ちました。
今までで最大の風圧です。
神の口が引っ繰り返り、そこから全てが捲れ上がるのではと思うほどの勢いのある一発を放つことが出来ました。
「三つ。この世界の人も呼ばない。そもそも、聖女制度と邪悪なるものが生まれるような節理を廃止しなさい!!」
三度の攻撃は全てお腹へ。人なら絶対に汚い光物が降り注いでいる状況です。
(そういう意味では相手が神で良かった……)
大惨事の可能性にやった後に気付き、私はホッとしていました。
ドサッと重めな落下音。神が地面に大の字になっていました。
ピクピクしている所を見ると、身をもって怒りのほどを知ったようです。
「お話としては、混沌を生んだ神と戦って勝利した。そのような〆方になるのでしょうか」
物語的にも、エリンナに話すにも良い終わりのように思いました。
「お話とは、物語なのか?」
動きは鈍いですが、すぐに聞き取れる会話が出来る状況になっているのは、神の凄さでしょうか。
まだ動けるという事に驚愕しつつ、私は強者の態度で向き合いました。心を読める相手には強がりだとはまるわかりでしょうけれど。
「そうですよ。エリンナ。私と居たもう一人の子が、全てが終ったら私を題材に劇をするんです。今この瞬間はそうですね……。邪悪なるものの真実の後にある、一番盛り上がる部分でしょうかね。何せ、聖女と神が戦うんですから。ずっと先まで語り継がれる、演じ継がれる作品になるかもしれませんね」
「それは、本当に人間が滅ぶまで語られるようになるのか?」
真剣な雰囲気で確認されても、そうだと私には言えません。何せ、これから作る物語ですから。
表現上の問題等で内容が変わり、この場面がバッサリと無かった事になる可能性もあります。
なので、神が望んでいるような答えを力強く言う事はできません。
「エリンナは、そのような大作にしようと意欲的でしたよ」
全てをエリンナに任せる事にしました。
「エリンナとは、あの久方ぶりに心を満たしてくれた者だったか。そうか」
期待と喜びの雰囲気を出す神。
神に愛される女、と言えば随分と祝福されているようですが、相手はマゾ神様です。
これを彼女に伝えたら、エリンナはどのような反応をするでしょうか。さぞや複雑な顔をするでしょう。
「なるほど。どうやら、大陸の人間は、一人で歩けるほどに成長したようだな」
今までの流れでどうしてそう繋がるのか、さっぱり分かりません。
「えっと……。つまりはどういう意味ですか?」
「古き願いを破棄し、大陸の行く末を見守るとしよう」
それは、人の心が二分されず、邪悪なるものと呼ばれた存在が生まれない。その繋がりで呼ばれる聖女も召喚されないという事で良いのでしょうか? 良いんですよね?
私は、自分の考えを整理した後で神に確認しようとしていました。
「大丈夫だ。問題無い」
私の心を読んだ神が尋ねる前に答えてくれました。
つまりは、優先しなければならなかった事が解決されたという事です。
「良かった。これで、私も安心して帰れます」
後はエリンナやアワーフレッタさんに円満解決した事を話すだけですね。おっと、王様に伝える方が先でしたか。
次にやる事をあれこれ考えていると、足元の異変に気付きました。
「え!? 何で消えだしてるんですか!?」
「聖女には要らぬ苦労をかけた。既にその目的も果たしているだろう。なので早々に故郷へと送ろうとしているのだが?」
それは嬉しいですし、ありがたいのですが、色々と流れがあるでしょうに。
「ああ、すまない。帰還のための力は、一度発動させると止められないのだ」
心を読み、自分の判断が早すぎたと気付いた神は謝ってきました。
ですが、その後に付け加えられた情報がまあ、酷い。
「代わりにエリンナという娘には事情を伝えておこう。ああ、あの娘の反応が楽しみだ。直接作品への期待も伝えられる」
この神、私への申し訳無さをあっさりと切り捨てて、エリンナとの交流に重きを置きだした。
「あなた、ちょ――」
言い終わる前に私の眼前は白くなり、意識が途切れました。
第三部 聖女決戦編 完