89 悪魔の笑みと迫る時
「一体、どのような悲劇が……」
久々に絶叫、悲鳴系以外の声を聞いた気がします。
「シジルム、どうしたんですか?」
現れたその声の主は、アワーフレッタさんは顔見知りのようです。魔術師団のお仲間でしょうか?
「魔力増強訓練の目途が付いたので、やって来ました」
(魔力増強訓練?)
聞き覚えの無い単語に、私の視線は二人に固定していました。
「そうですか。やっとですか。あ、紹介をしていませんでしたね。あちらで一人だけ立っている方はエレナ様です。私に特訓法を伝えてくださった今代の聖女様です」
「あのお方が全ての……」
警戒した様子で私を見る、妹系に分類されそうな小柄な女の子。
「エレナ様。この子は、私が見つけた原石です。名をシジルムと言うんですよ」
アワーフレッタさんが原石と呼ぶほどの逸材。どれほどの可能性を秘めているのでしょう?
私は、負荷がかかったまま、アワーフレッタさん達に近付きました。
「ああ、いけませんエレナ様。まだ範囲がふぅ」
「え? あでぶぅ」
アワーフレッタさんの高負荷グラビィの範囲に入ってしまったため、二人が潰れた蛙のようになってしまいました。
「ごめんなさい。ケチルナッ」
二人に強化魔法をかけました。
「我ながら、中々に成長したものです」
すくっと立ち上がるアワーフレッタさん。
「え、急に動けるようになった!?」
驚き過ぎなシジルムさんとすかさず状況説明をするアワーフレッタさん。
「今、私達はエレナ様の強化魔法のおかげで動けているんです。効果が残ったままで範囲の外へ出るととんでもない事になるので加減をしなくてはいけませんよ」
「と、とんでもない事ですか?」
「はい。手を振った勢いで大地が裂け、強く踏んだら足が大地にめり込んだり、跳んだ瞬間に衝撃でその場所に穴が開いたりと、大地が主に酷い事になります」
全て一緒に訓練していた部隊の皆さんが行った失敗です。
「大地、可哀そう……」
シジルムさんが呟きたくなる気持ちは分かります。
徐々に身体能力を上げていった私とは違い、部隊の皆さんはレベル一から百になったくらいの強化がされているような状態です。それはもう加減も分からず、結果周囲が大惨事になる訳です。
「あの、先ほど話されていた魔力増強訓練というものは一体?」
シジルムさんの言葉に、大地に罪と感謝の意識を持ちつつ、話を戻しました。
「私が魔力切れを起こした時にエレナ様がやってくださっていたあれです」
あの見えない何か。魔力を吐き出す行為の事でしたか。何だか仰々しい名前を付けられている事に驚きです。
「目途が付いたと聞こえましたが、どのようになったのですか?」
アワーフレッタさんに尋ねます。
「ふふふ。聞いてくれますか、エレナ様。ここに居るシジルムの魔力量が私の部隊の全聖属性魔法使いの魔力量を超えたという事ですよ。所属している皆からのシェマクでも魔力を吐かなくなったんです」
集団に囲まれ、吐くまで魔力を送り込まれる。絵面を想像すると拷問ですよね?
とは思いましたが、努力の成果は称えるべきでしょう。
「それは凄いですね。よく頑張ったんですね、シジルムさん」
アワーフレッタさんの時以上に大変だった事でしょう。
労うと、彼女ははにかんでいました。可愛くて、つい撫でたくなる衝動に駆られるほどです。
「では、次の段階に移り……。いえ、待ってください」
考えていた案よりも優れたものを閃いたとばかりに、アワーフレッタさんが考えこんでしまいました。
シジルムさんの方を見ると、何を言い出すのかととても不安そうです。
一度落ち着けると思っていたからでしょう。落胆の色が酷いです。
「うん。とても良い事を思いつきました。私に良い案があります」
自信が眩しくて、私は直視出来ません。
ですが、ちらっと見えたアワーフレッタさんの表情はとても良かったです。
シジルムさんにとっては最悪な表情だった事でしょう。
これを素直に聞くのは簡単ですが、私の中にとある確信めいたものがありました。
(待って、アワーフレッタさん。そう切り出した話で、良い話である事なんてほとんど無いんですよ)
表には出せないので、心の声で彼女にツッコミました。
声に出さなかったのは、まだ彼女の案を聞いていないので万が一の可能性に賭けてグッと堪えたからです。
「回復、供給班の魔力量を一気に増やしましょう。エレナ様のお力で」
「せ、聖女様一人に班の人間の魔力回復をお願いするんですか? それは恐れ多いかと」
一般の、特に役職にすら就いていない者達のために聖女様の手を煩わせる事は出来ないと拒むシジルムさん。何だか、出会ったばかりの縮こまっていたアワーフレッタさんを思い出させます。
「全員で一人一人の魔力量を増やしていくよりも効率が格段に上がります。それに、何ならケチルナの強化も出来ます。エレナ様、強力していただけますか?」
アワーフレッタさんのやりたい事が見えました。
どうやら、彼女が受け持っている部隊の皆さんをグラビィの範囲の中に入れ、私の熟練度上げの効率を更に上げようと考えてくれたようです。そして、負荷魔法下で私が部隊の人達にケチルナを使う。強化された部隊の人達が訓練をする。疲弊した部隊の人達を回復要因が回復させる。回復役の魔力が切れたら、供給班の人達が魔力を送る。魔力切れを起こした人は、私がシェマクで吐き出させて魔力量を増やしていくというサイクルで回したいのでしょう。
確かに、私の無限の魔力があるからこそ出来る手段です。
恐ろしいほどに私を有効利用する方法を考えるだなんて、流石、アワーフレッタさんです。
私と共に昼夜を問わず訓練をした相棒です。
こちらにも十分過ぎるほどにメリットがある案なので、断る理由なんてありません。
「もちろん、協力しますよ。仕上がりが楽しみですね」
「はい、エレナ様。ではシジルム。回復、供給班の全員を招集しなさい。今すぐに」
「ええ!? い、今からですか? 指示通り解散させてしまいましたよ」
「それでも呼ばれたら集まる。団員とはそういうものでしょう?」
「……わかり……ました」
言葉を飲み込み、シジルムさんが走り出しました。
(大丈夫ですよ、シジルムさん。今は不平不満が胸中で渦巻いているかもしれませんが、これは確実に皆さんにコミットされる方法ですから)
今後活躍の機会があるのか分かりませんが、その活躍が王国の歴史に名を残すのは間違い無いでしょう。
「ふふ、ちょっと楽しくなってきましたよ」
私はその後、やって来た皆さんと共に訓練をしました。
部隊に皆さんとエリンナとの数日間は、とても濃くて、ノンストップな時間でした。
その果てに私は、新たな到達点に辿り着けたと思います。
背後にあるのは協力してくれた皆の山。
空を見上げ、あの日のリベンジを果たす日が近付いていると感じていました。




