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メルトダウンな恋と彼ら  作者: ニシロ ハチ
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第一章 6


「灰猫さんは、リアルの顔が公表されていませんし、抜け出してきたから、大ごとに出来ないわけですけど、例えば、ブラウン・シュガーさんとかなら、大問題ですよね」私は言った。

 ブラウン・シュガーは、世界ランク十一位だ。顔を公開しているので、その名前を使って活動すれば、名誉棄損で訴えられる。灰猫さんのケースでも、こっちが公言出来ないだけで、訴えれば、勝てるのではないだろうか?

「まぁ、そうだろうね」ベルさんが簡単に答えた。なんの反響もない返事は、いつも通りのベルさんだ。

「私、まだいていいの?そろそろ時間だけど」灰猫さんが言った。私と会う時間の十分前だ。ベルさんが私を見た。

「私は、構いません」私は答えた。

「そうらしい」ベルさんが言った。

「灰猫さんは、リアルだと、私たちと同じ建物にいるんですか?」私はきいた。

「私は知らない」灰猫さんは答えた。ベルさんを見る。

「同じく」ベルさんは答えた。自分たちがどこに住んでいるのかもわからないのが、私たちの組織だ。

「灰猫さんは、いつからこの組織を知ってたんですか?」

「ベルの情報が一切漏れていないから、どこかに所属しているとは、予想されてたんだ。ただ、詳しくは今も知らないよ」灰猫さんが答える。常に、少し微笑んでいるので、とても好感が持てる。エンプティの姿を客観的に見えているのだろう。どこかの世界ランカに教えてあげたい。

「どうやって入ったんですか?組織に窓口なんてないはずですけど」

「ベルに縋りついてみた」灰猫さんはそこで声に出して笑った。「エッグマンで落ち合う約束をして、その場所で助けて貰ったことになるね」

「色々と手を回したのは、ラムネだよ」ベルさんが補足した。

「ああ。やっぱり、ラムネさんが絡んでいたんですね」私は頷いた。

 ベルさんが何度も言っているように、ラムネさんが組織と通じているのだろう。組織を知る為には、ラムネさんから、情報を入手する必要がある。それは、不可能に近いのではないだろうか。お酒でも飲んでくれたらいいのに。でも、組織についてあまり興味はない。私が組織に所属しているのも、手段の一つだからだ。その目的が、ハコブネだ。

「二人は、こんな人気のない所で、なにをする予定だったの?」灰猫さんが、私たちを見比べた。言われてみれば、当然の疑問だろう。私も、灰猫さんとベルさんの関係が気になったのだから。

「毎日、ベルさんに十分間だけ、エンプティの操作を習っているんです」私は答えた。

「それで、あんなに活躍したんだ」

 エッグマンのことだろう。皮肉だろうか?

「あの頃より、ずっと上達してるよ」ベルさんが淡々と言った。私は思わずベルさんの顔を見た。珍しい発言だったからだ。灰猫さんは、ベルさんを見た後、私を見た。

「立ち話もなんだし、鬼ごっこでもしてみれば?」ベルさんは、私たち二人を見た。

 エンプティにダイヴしている時は、疲れることがない。なので、椅子に座る必要がない。食べる必要も、なにかを飲む必要もない。だから、歩きながら話すか、立ち話も多くなる。それでも、一番多いのは、椅子に座って話すことだろう。それは、生身の時の癖だ。そういう習性が治らないのだろう。それに、立ち話では、なんとなく落ち着かないのだと思う。

「なに?鬼ごっこって?」灰猫さんはベルさんを見た。

「ネオンが逃げる。灰猫は、ネオンを掴めばいい。腕でも足でも首でもどこでも」ベルさんは答える。

「別にいいけど、簡単だよ」灰猫さんは、私をチラッと見た。

「私は、灰猫さんにききたいことがあります」私は話題を変えた。スモーキィ・ラットがいるなら、話したいことがある。今日の昼に、先生からきいた新情報があるからだ。その話を夕食後にベルさんにもききたかった。二人にきけるなら、好都合だ。

「なに?」灰猫さんが首を傾げる。

 二人の顔が見える。表情の変化を見逃さないように、注意深く見た。

「イエローサブマリンについて、なにか知ってますか?」私は言った。

 二人の表情は、なにも変わらない。

「なにも知らない、ということはないよ。有名だからね」灰猫さんは、笑窪を作った。「でも、一般教養以上のことを知っているわけじゃない。それに、知っていたとしても、それは元いた所で聞いた話だから、職業倫理的にも、話すわけにはいかないかな」

 やなり、なにかを知っているのだろう。私は、ベルさんを見た。

「僕が知っているのは、前に話したはずだけど」ベルさんは答えた。そう。ベルさんからは、イエローサブマリンについて、少し話して貰ったことがある。

 とある土地がある。その場所を自分たちの領土だと主張する人たちがいた。その人たちは、武力によってその場所を制圧した。そして、力を持ったまま、しばらくその場に留まった。ほぼ全ての国の成り立ちと同じだろう。大昔ならそれが許されていた。奴隷だって許されていた時代があったのだ。それでも、今の時代に受け入れられる内容ではなかった。その為、周りの国が団結し、武力によってその人たちを排除しようとしたのだ。

 ただ、問題があったのは、その土地には、歴史的にも文化的にも価値がある建造物が多く存在した。爆弾を落として終わり、というわけにはいかなかった。それに、争いによって、こちら側から死傷者を出すわけにもいかなかった。爆弾も死傷者も世論が許さなかったのだ。それなのに、土地を占領している人たちがいなくなるのを望んでいた。危険な思想を持っていると、判断されたからだ。

 よって、それら全てを解決する為に、エンプティによる掃討作戦が行われた。歴史的にも、初めてのことだ。多数のパイロットが招集され、エンプティでの制圧が行われた。その結果、こちら側の死傷者はゼロだった。そして、土地に残った相手の死体や武器の回収が行われた。

 この時に、想定外のことがあった。敵が所持していた武器や、死体の数があまりにも少なかったのだ。敵が強大な力を蓄えている。だからこそ、その敵を制圧する。そういう名目で行われた戦争なのに、敵が持っている力が余りにも微小だった。結果だけを見れば、力を持っていない敵を、圧倒的戦力を持って制圧したことになる。

 現時点で、最後の戦争となっているこの争いは、行うべきじゃなかったとの意見が多い。愚かな戦争とも呼ばれている。

 ただ、敵の兵の数や武器が少ないことから、別の考えも浮かんだ。つまり、今もどこかに、敵が潜んでいるのではないか、というものだ。

 それはどこに?

 黄色い潜水艦があり、その中で今も暮らしている。そんな噂がどこからともなく湧いて出た。

 兵隊と武器を一緒に乗せたイエローサブマリンが、今も海底を泳いでいる。そんな噂だ。

 私は信じていない。潜水艦がどこから出てきたのかがわからないからだ。ただ、あの戦争で、全ての人が死んだわけではないだろう。例えば、逃げた人もいただろうし、遠く離れた所に、住んでいた人もいただろう。そういう人たちの一部が、傭兵として働いている、という噂をきいたことがある。それ位なら、ありそうな話だ。

 ただ、今回のハイジの失踪に、どうやら、イエローサブマリンの残党が関わっているらしい。残党が、今も聖地と呼んでいる土地に拘っているのかは、不明だ。ハコブネと関係があるとも思えない。その辺りを、この二人なら知っているのではないだろうか?

「例えば、イエローサブマリンの生き残りがどうしているのかは、知りませんか?」私はきいた。

「んー。どうなんだろ。言っていいのか」灰猫さんが眉を寄せた。

「鬼ごっこの景品にすればいい」ベルさんが言った。「ネオンが逃げきれば、それをききだせる」

「私が捕まえたら?」灰猫さんが言った。

「なにもない」

「私がする必要があるかな?」灰猫さんは、首を傾けて、ベルさんを睨んだ。

「面白いものが見える」ベルさんは、ほんの僅かに笑った。

「ふーん。まぁ、いいけど。時間制限は?」

「どれだけあれば、捕まえられる?」

「十秒もいらない」

「一分にしよう」

 灰猫さんは、ベルさんを睨んだ。

 沈黙。

 そして、灰猫さんは、私を見た。目は鋭いままだった。

 私と灰猫さんの意見も無視して、勝手に話が決まってしまった。どういうつもりだろう。相手は、世界ランク第四位のスモーキィ・ラットなんだから、一分も逃げ切れるはずがない。十秒だって、難しいだろう。さっきのベルさんと灰猫さんの戦いを見ていた。明らかに格上だ。灰猫さんは、全く衰えていない。否。衰えているのかもしれないが、それは私には、わからないレベルの話だ。

「あと、十秒後に始める」ベルさんが言った。

 私は、後ろに下がって距離をとった。灰猫さんが、こっちを見ている。お互いの距離は、十メートルほど。周りを見渡す。このレプリカタウンは、全域を把握している。建物を見ただけで、現在地がわかった。

 道路がある。ミニクーパがギリギリすれ違う程度の幅だ。その両側に住宅が敷き詰められている。パッとしない外見で、色と形が僅かに違うだけだ。そして、電柱と電線が住宅地を占領している。どこを見ても、電柱か電線が見える。そういう景観を許容出来た時代なのだろう。もちろん、このレプリカタウンの電線に電気は通っていない。

 姿勢を低くして、臨戦態勢に入った。

 灰猫さんと向き合うように。背を向けた状態で一分間も逃げ切れない。私と同等なら、それも可能だろうが、相手は第四位だ。ランクだけなら、ベルさんよりも上だ。

 あと二秒。

 灰猫さんは、私を見たまま、姿勢を変えない。本気じゃないのだろう。

 私は、ゆっくりと息を吐く。

 大きく瞬き。

 沈む。

 どこまでも。

 相手を見た時には、違う自分になっていた。

 ゼロ。

 灰猫さんが、距離を詰めてくる。相手を見たまま、バックステップで時間を稼ぐ。

 相手の方が速い。

 相手の右手が顔に迫る。

 重心移動で躱す。

 更に距離を詰めてくる。

 左のジャブを相手の胸に。

 後ろに下がって躱された。

 こっちから、攻撃してはいけないというルールはない。

 相手は、距離を詰めてきて、掴んでくる。

 迫る腕を弾く。

 相手は、私を掴まなくてはいけない。だから、蹴りではなく、両手を意識するだけでいい。触れるでも、攻撃するでもなく、掴む、なのだ。

 相手が間合いを詰めてくるので、同じ速度で後方に下がりながら躱す。相手のリズムをつかんだ。

 脚の動き、重心を把握した。単調な攻撃だ。全く本気じゃない。

 それはそうだ。灰猫さんからしたら、一ヵ月前に、完膚なきまで叩きのめした相手なのだ。私は、文字通り手も足も出なかった。

 重心が動いた。それに合わせて、間合いを詰める。

 肘で相手の目を狙った。

 躱される。

 間髪入れずに、蹴りを繰り出す。

 相手の右手が足を掴む形で待っていた。

 蹴りを止めて、片足で後方に跳んだ。

 相手は笑った。

「面白いね」相手は言った。

 そして、間合いを詰めてきた。

 今までみたいに、一直線ではなく、弧を描くように、そして、壁も利用してきた。少し、真面目になったみたい。

 速い。

 こちらから手が出せない。簡単に躱されるだろうし、攻撃して、伸びた個所を掴まれるだろう。

 右手が迫ってきた。左に飛び込んで躱す。

 体勢が崩れる。相手を見失った。上に跳ぶ。

 空中で下を見る。思った通り、相手が背後から迫ってきていた。電柱の頂上に着地する。ここを狙って跳んだからだ。どこになにがあるのか、全て覚えている。

 相手は、私を見上げている。走り出し、電柱を駆け上ってきた。

 隣の電柱に跳んで移動する。体勢は十分。相手を補足している。お互いが電柱の頂上に立っている。電線を走って接近してきた。振り返らずに、後ろの電柱に、跳び移る。それを繰り返すが、相手の方が速い。私は、電線に触れるほど、地面と平行方向に跳んで移動する。相手の右足が電柱に乗った時、速度が増した。電線よりも踏ん張りがきくからだ。

 追いつかれる。

 右足を電線に絡めてブレーキ。そのまま、右足で踏ん張り、電線の途中で止まった。

 あと、一メートル。相手は空中。相手は速度を上げた為、電線に足が触れていない。

 右手の正拳を繰り出す。相手は、右脚が大きく開き、空の方向へ。その右脚を正拳に合わせて振り下ろしてきた。

 拳と脚の衝突。

 体勢が崩れた。左手で電線に掴まり落下は免れた。ぶら下がっている状態で相手を見た。相手は、私に触れたことにより、上方向へ、軌道が変わっていた。そして、空中で一回転して、こっちを見たまま電線に着地した。

 綺麗な着地だ。こっちに、迫ってくる。私は、左手一本でジャンプして、体を持ち上げた。両足で電線に着地する。こんなことが出来るのがエンプティだ。

 相手は、素早い。

 足の裏で電線の様子を確かめる。大丈夫。

 相手は、更に加速して右手が私の首に迫る。私は、右足の甲を利用して、下方向に加速した。落下速度よりも速く。そのまま相手を躱す。

 そして、電線に絡めた右足を軸に、一回転して、元の姿勢に。相手の背後が、がら空きだ。左脚の蹴りをすれ違った相手の背中にくらわせた。

 相手は、自分の加速も相まって、屋根の上に飛んで行った。が、綺麗に着地された。十メートル以上は、飛んだはずだが、ダメージはないだろう。

 あと、二十秒。

 相手がゆっくりと立ち上がった。顔は下を向いている。服についた汚れを払っている。とてもゆっくりとした動きだ。それが、少し怖い。

 そして、ゆっくりと顔をこっちに向けた。

 表情が一辺していた。

 冷たく、鋭く、睨んでいる。

 自分の体が強張るのを感じた。

 次の瞬間、相手はこれまで見たことのないスピードで屋根を移動した。私を中心として、円を描くように。それを、目で追う。

 電線の上では、体勢が十分とは言えない。

 相手は速い。でも、なんとか目で追える。ただ、あの速度で一直線に攻めてこられたら、反応出来ないだろう。

 相手は、突然、姿を消した。家の死角に姿を隠したのだ。

 音も消えた。

 最後に姿が見えた場所を見る。

 私は音を消して、電柱の頂上に移動した。向こうもこっちを見えていないだろう。それに、ここの方が、動きやすい。

 視界の端で、動くものを捉えた。直ぐにそっちを見る。

が、その瞬間、目の前に掌が見えた。

 自分の足が電柱から離れた。

 落下している。

 その間に、体の関節が勝手に動いている。

 受け身も取れずに、お腹から地面に衝突した時には、両腕を背中で抑えられていた。

 首を回して相手を見る。

 相手の瞳は、鋭さを失っていた。

 三人で話していたあの時の表情だ。

 ただ、笑ってはいない。

 完敗だ。

 やっぱり、まだまだ遠い。

 全然駄目だ。

 溜息が出た。

 あと、十秒も残っていた。




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