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メルトダウンな恋と彼ら  作者: ニシロ ハチ
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第一章 4



 ホワイト・ベルは、溜息をついた。

 デスクの上のオレンジジュースを飲んで、ゆっくりと呼吸した。

 タンブリンマンとの話を思い出した。ただの誘拐で彼が動くはずがない。彼の専門は、対テロ組織や、マークしている集団だったはずだ。イエローサブマリンの残党も追っている。今回も、イエローサブマリンが関係しているのだろうか?

 そして、誘拐された被害者が誰なのか?

 昨日、ネオンと話したので、ある人物を連想した。

 ハイジという蘇生された男だ。

 彼なら、あれだけの警備システムを敷く理由も、その財力もあったのではないだろうか?誘拐されたのが昨日のことだ。タンブリンマンが言葉を濁した理由とも辻褄が合う。ハイジの話をすると、どうしたって、ハコブネの話になる。警察がその話をするわけにもいかないだろう。

 ベルは、溜息をついた。

 やっぱり、あまり関わらない方がいい。質問をしなくて良かった。

 ネオンには、このことを黙っていよう。彼女がハコブネに熱中しているのは、知っている。その理由も聴いたことがある。それでも、関わるべきではないだろう。

 ハコブネの真実に近づいた者が自殺した。八万人が後を追った。そういう噂を真に受けているわけではない。ただ、ハコブネの真相に、納得するだけの答えがないように思える。捜査にお金を費やして、時間を消費して、得られるものが微小だ。

 たぶん、全ての人がなんとなくわかっているのではないか?

 誰だって、自殺を考えたことがある。

 どうして死のうと考えたのか、どうして死ななかったのか、その答えを上手く言葉に出来ない。でも、生きているのだから、死ぬことを考えるのは、当たり前だ。

 その時の気持ちが、綺麗に言語化されていたのではないだろうか?

 なんの為に生きるのか?

 生きていることに意味があるのか?

 そう問われたら、上手く答えられない。大して価値があるとも思えない。溜息で誤魔化すしかない。

 イオが、端末に今日の予定を表示させてくれていた。十五分後にエキシビションマッチがある。対戦相手は知らない名前だった。一応、腕の立つエンプティパイロットはチェックしてある。つまり、ハズレだ。

 相手の名前で検索すると、若手のホープと書かれていた。映像も少し見た。この程度が希望なら、絶望しかないのではないか?今のネオンの方が優れた動きをするだろう。

 ネオンとは、毎日十分間だけ、エンプティで相手をしている。始めた理由は、なんとなくだ。それが続いている理由は、少しだけ楽しいからだろう。成長が早い。飲み込みが早い。センスがいいのだろう。もっと熱中すれば、更に上達するだろう。ハコブネなんかに気を取られているから、時間が取れないのだ。

 でも、本人の自由だ。

 皆そうなのだろう。誰も、エンプティに真剣にならない。遊びの道具。コミュニケーションツールだと思っている。確かにその通りだ。

 人間を模したエンプティの体は、人間に受け入れられた。専用端末を装着すれば、自分の体を動かす要領で、エンプティだけが動く。人間なら誰でも知っている操作方法だ。体は横になっているだけだから、疲れることもない。だから、広く普及した。今では、生身の体で人と会うことが殆どなくなった。ヴァーチャルで会うか、エンプティで会うか。

 相手に触れられる。自由に笑い、表情も意のままに操るエンプティは、会話にうってつけだった。

 馬鹿馬鹿しい。相手の表情を伺う理由がどこにあるだろう?相手が不機嫌な顔をしていれば、話す内容を変えるのだろうか?

 人間関係の滑稽さがそこにある。それを友人と呼ぶのだろう。そう名前を付けて、他人と繋がりたいんだろう。絆を強調したいのだろう。

 一人でいるのに、一人だと思いたくない。部屋から一歩も出ないのに、大勢と繋がっていたい。そういう人間の欲求を利用したのだ。それにより、エンプティは、世界に受け入れられた。ただの人形だったら、ここまでの普及はあり得なかった。ミクがそうデザインしたのだ。やはり、彼女は天才だ。

 ミクは、どこにいるのだろうか?

 昨日の冷凍保存というワードから、ミクを連想していた。今は起きているのだろうか?起きていたら、暇をしているだろうか?

 否。

 暇をしているのは、自分だ。

 ムーンウォーク計画がある。そうやって、目的を持って生きていないと、漂って流されてしまう。毎日が同じだった。

 理由を無理やりにでも見つけないと、生きていけないのだ。

 ネオンの相手をしていると懐かしい気持ちになった。

 エンプティにダイヴしたての頃だ。楽しかった。毎日、何十時間もダイヴしていた。トイレと食事と僅かな睡眠の為に現実世界に戻っていた。後は、ずっとエンプティで遊んでいた。特訓や練習とは違った。遊んでいたのだ。思い通りに動く体が嬉しかった。自分のイメージと実際の動きの誤差を修正した。毎日がそれの繰り返しだった。

 そして、いつの間にか世界ランカになっていた。下らない称号だ。それでも、その称号のお陰で、お金には困らなかった。

 もう、どれくらい調整を行っていないだろう?エンプティで遊ばなくなった。特訓や練習も行っていない。こうやって、対戦相手を調べるのも稀だ。

 誰も参考にしていない。面白い相手がいない。

 退屈だ。

 溜息をついた。

 そうやって、生きていくしかない。

 どうして、誤魔化してまで生きているのか?

 その答えを考える前に、思考を止める。

 考えないから、生きていられるのだろう。


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