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メルトダウンな恋と彼ら  作者: ニシロ ハチ
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第一章 3


 ホワイト・ベルは、いつものデスクで溜息をついた。

 このところ、働きすぎで、疲れている。一日に十時間も労働に勤しむ日がある。目的としては、ベイビィ・ブルーの名前を売る為だ。つまらない式典に出向いて笑顔で挨拶をする。簡単なパフォーマンスを披露して、観客を驚かせる。後は、会議と握手と笑顔。

 きっと何百年と変わらないシステムなのだろう。

 ただ、その成果もあり、話はいい方向に進んでいる。ベイビィ・ブルーは、ドイツ製のエンプティだが、そのドイツには優秀なパイロットがいない。二流か三流なら沢山いるが、一流がいないのだ。そしてなにより、エンプティの歴史は、ドイツが一番古い。エンプティドールの始祖、ルビィ・スカーレットがいるからだ。非公式には、日本人のミクが一番初めにエンプティを創ったのだが、それは誰も知らない。

 ドイツは、技術力も申し分ない。洗練されたエンプティは一級品だ。

 ムーンウォーク計画の代表にドイツが選ばれても不思議ではない。三十パーセントくらいかなと思う。ただ、もし選ばれた時に、ベイビィ・ブルーが専属パイロットとして任命されなければ、意味がない。その為の宣伝活動だ。

 端末のメールを見た。

 タンブリンマンから、メッセージが届いていた。その約束の時間まで、あと三分だ。

 ベルは、専用端末をセットして、椅子のリクライニングを倒した。そして、ダイヴした。

 目を開ける。

 ステーション内ではなかった。タンブリンマンからの呼び出しで、ステーションにいることは殆どない。鏡もないので、自分がどんな顔なのかは、わからない。髪は黒髪で、後ろで束ねているようだ。肌の色は、アジア系。恐らく日本のエンプティだろう。動いた性能で予測したのではなく、タンブリンマンから呼ばれた時は、殆どそうだからだ。彼の好みなのだろう。

 ベルは、周りを確認し終えた。建物の中で、特に特徴はない。広い部屋で、大きな柱が等間隔に並んでいる。四角柱の柱の一辺は、1・5メートルほどだ。柱の間隔は、八メートルだった。ドアが直ぐ後ろにあり、反対側の壁にも二枚のドアがあった。

 エンプティにダイヴすれば、部屋にいながら世界中のどこにでも行ける。任意の場所にエンプティがいるだけでいいのだ。あとは、自分の体を動かすようにすれば、専用端末が生身じゃなくて、エンプティを操作してくれる。だから、自分の体は、横になったままだ。

 後ろのドアが開いて、人が入ってきた。

「ああ。もう来てたのか?」茶髪の男性が言った。スーツの上に、茶色のコートを羽織っている。茶色の髪は、ボサボサで一般的に鳥の巣と形容されるヘアスタイルだ。やる気のないタレ目で欧米風の顔立ちだ。

 認証コードを確認し合った。そんなことをしなくても、あの顔のエンプティは、タンブリンマンだ。

 タンブリンマンは、元警察官だ。現在は、退職して細々と生きている。少なくとも経歴上と世間的には。

その真相は、警察内の対テロ関係の部署にいるらしい。公安が関係しているとか、どうとかだ。給料を貰っているのかは知らないが、警察内のデータベースにアクセスは出来るし、現場の警察官を動かすだけの権限も持っている。日本の警察の限りなく上の方にいるだろう。ただ、経歴上は、警察を退職したことになっているので、堂々とその権限を使えない。何人かを伝達して、現場に指揮を送るようだ。

 ベルの古い知人で、昔、お世話になった。その恩を返す為に、今回のように無給で手伝う時がある。毎回、エンプティの操作についての質問に答えている。つまり、不可解な現場が会った時に、エンプティなら可能なのか、という質問に答えるのだ。

 タンブリンマンが、片手を差し出したので握手に答えた。それが彼の特徴だ。

「この部屋をどう思う?」タンブリンマンは、片手で部屋を示した。

「広いですね。あと、窓がありません」それ以外に特徴はない。

「ああ。そうだ」彼は肩を上げて、微笑んだ。ジェスチャの意味は不明。「この床は、センサになっていて、ミミズが這うだけで警報が鳴る。えっと、確か、ここからだ」彼は、地面に指をさした。彼が入ってきた後方のドアから三メートルほどの所だ。

「この位置から、向こうのドアのすぐ手前までは、全てそうなっている」

 ベルは頷いた。

「普通に考えたら、センサに感知されずに、向こうのドアに辿り着くのは不可能だ。少なくとも、生身の人間には。エンプティドールならどうだ?」彼は、ベルを見て言った。

「エンプティでなくとも、ボードを使えば、生身の人間でも、床に触れずに辿り着きますよ」ベルは答えた。

「ボードやドローンを使えば、風を感知して、直ぐに反応するようになっている。それは駄目だ」彼は首を振った。

「それでも、簡単です」ベルは答えた。天井を見る。高さ三メートルほどだ。少し薄暗いが、照明が灯っている。

「どうやって?」タンブリンマンは言った。

「今は、センサは止まっていますか?」ベルはきいた。

「センサは働いているが、警報は鳴らない。入っても構わない」彼の言葉を聴いて、ベルは歩いた。一番近くにある柱に触れた。鉄筋コンクリートだろう。コンクリートが剥き出しだ。四角柱の柱の角に、ベルは右手で触れた。

「こうやって、体を浮かせたんです」ベルは、垂直の柱の角を、右手で掴んで体を持ち上げた。柱の角は九十度だが、エンプティの握力なら簡単だ。そして、後ろを振り返って彼を見た。

「後は、左手で、こっち側の角を持って、移動する。隣の柱まで距離が八メートルですから、こうやって両足を壁に付けて、蛙みたいに踏ん張れば届きます。そうですね。天井近くまで登って、隣の柱に跳べば、より簡単になるでしょう」ベルは両手で、柱の別の角を掴み、蜘蛛のように柱をよじ登り、天井近くで両足を柱にくっつけた。タンブリンマンは、直ぐ近くで見ている。

彼は、同じ柱の違う角を両手で持って体を持ち上げた。それが出来るのか確かめたのだろう。

「かなり不安定だな」彼は言った。

「いえ。角の角度が九十度なので十分です」ベルは答える。

「向こうの柱まで跳べるか?」彼はきいた。

「このエンプティの性能によります」

「いつもの子だ」

「それなら簡単です」

「見せてくれ」

 ベルは頷いた。

 そして、隣の柱の角を見た。角度を調整して、跳んだ。飛距離は十分。狙い通りだ。

 ベルは、柱から少しだけズレた角度に跳んだ。跳ぶ前は、両手で二つの角を掴んでいるので、天井を見ている。この時、目標のドアがある壁と平行になる柱の面を蹴る。そして、空中で体を回転させて、跳んだ柱と、最も近い柱の角の外に体が来るように調整した。そして、目的の角を両手で引っかけて、横方向に跳んだ力を利用して、一時的にバランスを取った。この時、一時的に体は柱の外に投げ出されて、両手で同じ角を掴んでいる状態になる。直ぐに握力を込めて、体を支えた。柱の外に投げ出された体も、腕の力だけで、衝撃を吸収した。

「こんな感じです」少し離れた位置にいるタンブリンマンに言った。声の大きさは、さっきまでと同じだ。エンプティのマイクなら、その位の音は簡単に拾うからだ。

 ベルは地面に着地した。

「エクセレント」彼は言った。「どうやったんだ?」

「跳ぶのは誰だって出来ます。着地だけが少しだけ難しいでしょうか。握るタイミングを失敗すれば、落下するからです。今見せた以外にも、方法はありますが、これが一番簡単です。体を外に出すことによって、着地の瞬間に掴んで落下を支えなくても、横方向に力が流れているので、角に触れるだけで、しばらくは落下しません。横方向への力が無くなる前に、握れば簡単に体が支えられます。ボルダリングなどでも利用される初歩的な技術です」ベルは動作を交えて説明した。

 彼は、頷きながら近づいてくる。

「今のを繰り返せば、向こう側に辿り着ける」彼は言った。

「これくらいは、警察も知っているのでは?」ベルはきいた。

「いや。道具が必要だろうと言っていたよ」

「それは、バカげてる。エンプティは、体が道具そのものです。十メートルのジャンプも、片手で体を持ち上げる握力もあります」

「ああ。そうだ。だが、その方法を思いつかない」

「本当に言ってますか?」

「ああ」

 ベルは呆れた。が、思いついた。

「これが全てじゃないんですね」ベルは言った。

「これとは?」彼は首を傾げた。

「地面に触れずに向こう側に辿り着くことです。その条件なら、今の方法を絶対に、思いつきます。勢いに任せて跳ぶ方法もありますけど。でも、なにか、別の理由があって、それらの方法は排除された。例えば、柱を詳しく調べたら、細かい汚れや埃が満遍なく付着していて、誰も触れた形跡がなかったとか」

「ああ。なるほど」彼は頷いた。「やはり、あなたは頭が切れる」そして微笑んだ。

 そして、目を瞑った。なにかを考えているようだ。しばらく待つと、決心したように頷いた。ベルの目を見て、ゆっくりと言った。

「これは、秘密なのだが、特別だ。フェアじゃない。実は、あの扉の向こうに」彼はそこで目的のドアを指さした。角度的に、左のドアだと思う。

「生身の人が眠っていたんだ。その人物を守る為の警備システムだった。センサが反応すると、地下室の全てのドアが厳重にロックされて、閉じ込めることになる。その間に、他の者が駆けつける。だが、何者かが、あのドアの中に侵入し、眠っていた人物を連れ出した。あなたが今やったことは、生身の人間を背負ったままでも出来るかな?」

 彼の話を聞き終えると、ベルは、ドアの方を見た。人が眠っていたらしい部屋のドアを。

「無傷では不可能です。骨折や脱臼を覚悟して、縛り付ければ出来なくもありません。でも、たぶん、起きると思います?」

「そうだろう」彼は笑った。ジョークは通じたようだ。「…これ以上は、なにも言えない。すまない」

「いえ。あまり関わりたくないので」ベルは本心で言った。「ただ、これだけの警備システムがあるのなら、カメラを設置しているのではないですか?それに犯行現場が映っているはずですけど」ベルは周りを見渡した。それらしいものは見当たらない。

「それが、カメラは設置していないんだ。実に不思議だろ?」彼は皮肉めいた笑みを浮かべた。

「ええ」ベルは頷いた。

「本人の意向らしい。自分の顔を見られたくないのか、残したくないのか、侵入者だけを排除するシステムのようだ」

「でも、その人が連れ去られたんですよね?」

「結果だけを見ればそうなる。行きは可能であるとわかった。帰りはどうしたのだろう?」

「なにかしらの道具を使ったのではないですか?それらしい形跡が残っていませんでしたか?」

「それが、未だにそれらしいものは見つかっていない」

「そうですか」

「そうそう。これをきいとかなくては。あなたがやってみせた、柱から柱に跳ぶ技術は、世界で何人くらいが出来るかな?」

「いえ。そんな難しいことではありません。全てのプロのパイロットが出来る、とは言いませんが、それでも、プロの大多数が出来るでしょう」

「ぶっつけ本番で、何度も跳ばなきゃならん。一度も失敗出来ない状況でも出来るかな?」

「さぁ。僕なら可能です。他の人は、どうでしょうか?出来るとは思いますけど」それくらい出来なくて、どうしてプロなのだろう?

「ああ。あなたなら出来る。現にたった一度目で成功させた」彼は笑った。

「因みに、攫われた人の足取りは把握出来ているのですか?そっちから辿るのが、あなたたちのやり方だったはずですけど」

「非常に恥ずかしいが、そういうことだ」彼は眉を寄せて唇をへの字にした。

 つまり、見失ったのだろう。


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