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メルトダウンな恋と彼ら  作者: ニシロ ハチ
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エピローグ 2


「なんのつもり?」ラムネが、コーヒーを一口飲んだ後に言った。

 ベルの部屋で、いつもと同じ席に二人は座っている。

「なにが?」ベルは、ラムネがなんのことを言っているのか、大方予想が付いていた。

「どうして、ハイジの事件に関わったの?」ラムネは直ぐに答える。

「僕にも理由がわからないんだけど、勝手に僕の予定が白紙になっていたんだ。僕の意思とは関係なく、僕に許可も取らずに。それで、空いた時間を有効活用したわけ」ベルは、皮肉を込めて言った。

 ラムネがベルを睨んだ。

「睡眠時間を増やさないのは、なにか理由があるわけ?」ラムネは睨んだまま言った。

「さぁ、元々あったスケジュール通りに生活しているだけだけど。予定が無くなったら、その時間で別のことが出来るわけだし。それに、こういうことをしても、なんの意味もないってデータで示さないと、今後も勝手に予定が白紙になるかもしれないし」ベルは、わざと笑顔を作った。

 沈黙。

 視線がぶつかっているので、なにかしらのデータが交錯していることは間違いない。そうでなければ、こんな無駄な時間を消費しないだろう。

「君は、自分で体調管理が出来なかった前例がある。最悪の事態になる前に、先手を打ったわけだけど、それでも意味がない?」ラムネが抑揚なく言った。

「まぁ、そうかもね」

「それじゃ、君を、カプセルに閉じ込めることになる。こっちの準備は整っているから、今すぐにでも、それは可能だけど」ラムネは目を細めた。

 ベルは溜息をついた。

「うん。わかった」ベルは呟いた。

「なにが?」

「いや、悪かった。少し、怒っていた。でも、予定を取り消すにしても、一声かけるべきだと思う。それ位の自由は保障して欲しい」

「あの時点で既に忠告をした。それでも、予定を変えないようだから、白紙にした。間違っているとは思わない」

「いや、かなり強引すぎる。これまで、こんな例はなかったはずだけど」

「さっきも言ったように、先手を打った。壊れた後では遅いから。それが理由」

「……。うん。わかった。それじゃ、今後は、予定を取り消す前に、一声かけて欲しい。そうすれば、こっちで調整する。というか、今回もそうしただろう。後は、どこから警告になるのか、きっちりと時間を決めて貰えると、こっちで予定を組みやすいから、そうして貰えると助かるけど」ベルは、自分の不自由さに息が詰まりそうだった。

「君が働きすぎなければいい。簡単だ」

「だから、それが…」ベルは、言い返そうとしたが、ラムネの表情を見てやめた。

 ラムネがほんの僅かに笑っていたからだ。つまり、最後のセリフはジョークなのだろう。このわかりづらいジョークや表情の変化は、付き合って一年程度では、通じない。何度も誤解しそうになるので、止めて欲しいと思う。

 ベルは、コーヒーを飲んだ。黒い液体は、怒りも吸収する効果を持っているのだろう。

 否。

 ラムネの僅かな表情の変化で、自分の怒りが収まっているのを、ベルは自覚した。

 ラムネとは、長い付き合いだ。

 彼女の表情の変化に気づけるくらいには、一緒にいる。

 ラムネが、間違ったことを言う時は、殆どない。

 確かに、自分は、無茶をしていただろう。その自覚はある。

 だとすると、ラムネには悪いことをした。

 ラムネのとった方法が最悪だっただけで、行動の理由は理解出来る。

 自分も少しムキになっていただろう。

 彼女の方法が最悪だったのだから。

 ラムネが取った強行策は、仕事で疲れて死んでしまうより、なにもしなくても生きていた方がいいというものだ。

 きっと、優しさなのだろう。

 優しさは、人の角をとる。そして、丸く鈍くなってしまう。

 不自由だ。

 ベルは、ラムネに気づかれないように、溜息をついた。

「ハイジの件がどうなったのかを知ってる?」ベルは言った。

 ラムネは瞳を閉じて、首を左右に振った。その動作がゆっくりで、更にほんの僅かにしか動いていない。エネルギィの消費を極限まで抑えたのだろう。

 ニュースでは、ハイジが殺されたと報道されている。つまり、彼らの計画は成功していると言える。あの屋敷への、警察の出入りも、今は殆どないそうだ。

「ハイジは、一度死んで、蘇生している。現在の医学ではそれが可能なのに、それを真似する人が殆どいないのはどうしてだろう?」ベルは言った。

「それをする理由がない」ラムネは直ぐに答える。

「そうかな?何十年後かの世界を見てみたいって欲求は、少しはあると思うけど」

「死体の冷凍保存のリスクと、自分の細胞を培養した、新しい組織を取り入れる手術を受けることのリスクを考えた時に、前者の方が、リスクが大きい。特に、脳への障害が問題視されている。このリスクが残っている内は、好んで選ぶ人はいない。そうしなくても、古くなった臓器を入れ替えるだけで、長生き出来る。だから、一番の障害は、一度死ぬ所にある。蘇生が可能でも、死にたくはない。生物としては正しい」

「でも、その割には、死因の第一位が自殺になっているけど」

「それは、過去に多くの割合を占めていた、病死と事故死の数が極端に減ったことに起因する。その結果、自殺だけが突出するようになった」

「社会が豊かになっても、社会保障が行き届いても、自殺は減らなかったしね」

「件数自体は減った。ただ、ゼロになることは無いというだけ」

「でも、昔のお金持ちや権力を持った人は、不老不死を望んでいたってきくよね。それ位の力やお金を全員が持っていれば、死にたくなくなるのかな?」

「それは実現出来ない。現在でも、先進国では、全ての人に保障が行き届いている。これ以上手厚くするには、人口を減らすしかない。それに、もし、それだけの力を持っていても、また、その力を失うことがなくても、人は、死を望むはず。自分が老い、死ぬから、それを拒んだだけ。手に入らないから、欲する。力を持ち、衰えず、死なないなら、次は、自分の脳を天才の脳と取り替えることを望むんじゃない」

 ベルは、ラムネの言ったことを二秒間考えた。

「凄いね。確かにそうかもしれない」ベルは素直に関心した。「それじゃ、天才がずっと生きているなら、どうするのかな?」

「さぁ。私は天才じゃないからわからない」ラムネは少し間を置いた。「ただ、あいつらは、世界の方を変えようとしている」

「…うん。そうだね」ベルは頷いた。あいつらとは、ミクやムイやルビィたちのことだろう。

 でも、そのお陰で、この世界は、素晴らしく便利になった。平和になり、いい方向へ進んでいる。

「今のお金持ちの中には、自分の死体を燃やさずに、細胞が腐らないように保存している人がいるけど、それは、蘇生を望んでいるのかな?」僕は言った。

「そういう人もいる。でも、例えば百年後に蘇生した時に、自分の周りは進化している。でも、自分の頭だけは古いまま。そのギャップをどう処理するのかを、考えているのか?」

「自分は特別だと思ってるんじゃない?」

 ラムネは無反応だった。

「ミイラってあるけど、あれはどうなんだろ?あの当時にお金や力を持っていた人たちがミイラになったはずだけど、それは、死体を大切に保管しているだけなのか。それとも、蘇生することを望んでいたのか、どっちなんだろう?」

「知らない」ラムネはコーヒーを飲んだ。

「ハイジのように蘇生したら、もう一度死ぬ時が怖いだろうね。たぶん、一度目よりずっと怖いと思う。だから、蘇生をしないのかな?」ベルは話題を変えた。

「そうかも」ラムネは睨むように目を細めた。「普通はそうだろう。ただ、そうじゃないやつもいる。それがなにより厄介だ」

 誰のことを言っているのだろう?

 ラムネの交友関係は、全く知らない。

「蘇生したとしても、脳が新しくなるわけじゃない」ベルは言った。「それに、長生きしている人たちの多くは、脳が衰えている。この問題を解決する方法はないのかな?」

「現時点ではない。内臓や皮膚を新しくしても、脳だけが新しくならない。取り換えるわけにはいかない。だから、頭が馬鹿になっている。ただ、研究者たちは、長生きしても、脳が衰えていない。使っていないから、衰える。自業自得だ」

「もし、脳を取り換えられるとして、当然、人格も記憶も引き継げないだろうけど、つまり、全くの別人になるとしたら、脳を取り換えたいと思うのかな?」

「私は思わない。その時は、死ねばいい」

「まぁ、そうかな」ベルはコーヒーを飲んだ。

「そうそう、ハコブネについて、噂をちょっとだけ聞いたんだ」ベルは言った。ラムネは、僅かに興味を示した。表情に現れるということは、相当、気になっているのだろう。

「ハコブネには、希望があったらしい。たぶん、死ぬ以外のなにかがあると思わせたんだろう。本当にそんなものがあるのかどうかは知らないけど、そう思わせる知性が関わっていたんだと思う」

「そう」ラムネは頷いた。

「死んだら天国に行ける。という話を信じる人はいないだろうけど、どんな幻想なら死んでもいいと思えるんだろう?」

「天国を幻想する必要はない。死んだ状態が、今の状態よりもいいと思えるなら、人間は簡単に死を選ぶ。君にもわかるはずだけど」ラムネは、ベルをジッと見る。笑っていない。真面目な顔だった。

「うーん。いや。よくわからない。死ぬより、生きている方がいいと思う。生きていれば、多少は改善出来るだろうけど、死んだらなにも出来ないんだから。だから、もう少し後の方がいいと思うけど」

「それがいい」ラムネは皮肉っぽく笑った。

 ハイジは、十年前に死んだ。でも、約一ヵ月前に蘇生した。彼は、ゲームの為だと言っていたが、それは後付けの理由だろう。

 ハイジが死んだ日よりも一年前に、彼の両親が死んでいる。そして、後を追うように弟のダイキさんも自殺した。マナさんが、ハイジの自殺を強く止められなかったのは、それほどまでに、当時のハイジが衰弱していたのではないだろうか?

 食事の味もわからないほどに。

 そう、あの発言は、自殺への恐怖ではないだろう。たぶん、家族を失った悲しみのせいで、味もしなかったんじゃないだろうか?

 ハコブネが、自分の死ぬ日を決めた時に、彼は救われたのではないだろうか?

 まるで、神様が導いてくれたと、錯覚出来たのではないか?

 元々、死にたいと思っていた。

 だから、ハコブネで死ねたのだろう。

 今は生きたくない。

 すぐに死んでしまいたい。

 きっと、死を先延ばしにして生きていくことも可能だろう。

 でも今は、なにもかも、終わりにしたかったのではないか?

 ただ、彼は、蘇生を望んだ。

 今は死んでしまいたいけれど、十年も経てば、生きていけるかもしれない。

 今は、食事の味もなく、笑うことも出来ないけど、十年も経てば、笑えるのではないか?

 そんな発想がどこかにあったのかもしれない。

 現代では、それが可能だ。

 ただ、本当のところはわからない。

 たぶん、本人にもわからないだろう。

 ネオンの両親もハコブネで亡くなった。

 ネオンは、十歳の時に、一人残された。

 彼女がハコブネの真相を探るのは、目的が無ければ、生きていけなかったのではないか?

 ただ生きていくには辛すぎる。

 幸せを望むには、遠すぎる。

 だから、ハコブネの真相を知る。

 それが、自分の存在理由。

 そう思い込もうとすることで、生きていける。

 不純だろうか?

 汚いだろうか?

 ゲームの為に蘇生するのは、低俗だろうか?

 それなら、なんの為に生きるなら、高尚なのだろう?

 他人の為か?

 自分の為か?

 どうして、自分は死んでいないのだろう?

 なにかを失う幻想がある。

 それは、幻想だ。

 なんの意味も価値もない。

 ただの幻想だ。

 ハコブネは希望を魅せた。

 生より綺麗な死を。

 その真相を知ったなら、人間は生きていたいと思うのだろうか?

 ハコブネの真実が漏れないのは、真相を知った人間が、皆、死んだからだ。

 それほどまでに、美しい未来があったのだろう。

 生きているよりも綺麗な死が。

 生きる為の理由は、不潔で鈍く醜い。

 綺麗な死を示してくれるなら。

 自分の死ぬ日を決められたなら。

 きっと、老犬のように穏やかに、安らかに、死ねるのだろう。

 ハイジの両親が、治療を受けなかったのも、同じじゃないか?

 緩やかな死を望むのは、今じゃ永遠に生きられるからだろう。

 どこかでは、死ななければならない。

 馬鹿になった頭のままで、生き続けるのは忍びない。

 だから、神様に決めて欲しいんじゃないのか?

「これは仮の話なんだけど。ハコブネの噂の一つに、ヴァーチャルで生き続けられるというのがあったよね。現実ではありえないけど。でも、もし、仮にそんな世界があったとして、ハコブネがその世界への切符を渡していたとして、ハイジもその切符を持っていたら、今回の事件はどうなるんだろ?」ベルはきいた。

「なにが?」ラムネは僅かに首を傾げる。

「十年前にハイジは死んだけど、その時点で、ヴァーチャルに移動する。そして、十年後、蘇生された時には、ハイジの中の意識は、十年前のままなんじゃないかなって?つまり、ヴァーチャルで生活し続けた意識と、凍ったままの意識が二つ存在する。蘇生された時には、凍ったままだった意識が解凍されるわけだから、二人になるんじゃないかな?ヴァーチャルに移動した意識が、元の体に戻るとも思えないから」

「そんなことはあり得ないけど、その仮説ならそうなる」ラムネは同意した。

「もしそうなら、ハイジはなんで生き返ったんだろ?十年後の蘇生は、ヴァーチャルに移動出来なかった時の保険だったはずだ。ヴァーチャルに移動出来たなら、戻る必要がないから、蘇生を止めたはずなんだけど。それを伝える手段だって、あったはずだ」

「仮定の話なのに、そんなに気になる?」ラムネは少し呆れている。

「まぁ、ちょっとね」ベルは、口の端を僅かに上げた。「だから、たぶん、ハコブネのその仮説はあり得ない。そんな世界があったなら、ハイジは蘇生しなかったはずだ」

「自分の為じゃないのかも」ラムネは答えた。

「…どういうこと?」

「彼の身近には親しい人がいた。その人の為に生き返った」

「なんで?」

「生きている姿を見たい。触れたい。それは当たり前の欲求に思えるけど」

「でも、生き返ったハイジは、現在のハイジとは別人というか、十年前までの知識しかないハイジになる。折角なら、今の思考を持ったハイジと情報を共有したいと思うんじゃないかな?それに、ヴァーチャルにいるハイジ自身も、そんな自分は嫌だと思うけど」

「それでも、会いたかったんじゃない?」

「凍った人間を解凍してでも?」

「そう」

「なんで?」

「愛」ラムネは静かに言った。

 お互いの顔を見つめ合う。

 そして、同時に吹き出した。

「溶かすくらいの?」ベルはきいた。

「溶かすくらいの」ラムネは答えた。

「熱々だ。もしそうなら、たぶん、それは狂気に近い。よくそんな発想を持てるね」ベルは感心した。

「私も同じだから」ラムネは魔女のように微笑んだ。


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