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メルトダウンな恋と彼ら  作者: ニシロ ハチ
30/32

エピローグ 1


 飛行機に何時間も乗った。そして、船にも乗った。

 船に乗るのは初めてだ。

 大きな船だから、いつもの地面と変わらない。

 それなのに、揺れている。

 進んでいるから、揺れているのではなく、止まっている時から揺れていた。不思議な体験だった。雨が降り、川を流れて海に堕ちたのに、留まっていない。

 きっと、水は、まだまだ、堕ちていきたいんだろう。それが出来ないから、あんなに揺れているんだ。これ以上堕ちていけないことに、苦しんでいるんだ。

 船に乗ったのは夜だったから、海が見えなかった。ただ、匂いで海だとわかった。腐った匂いだ。いつまでも、席を譲らないやつがいるのだろう。そいつが腐ってしまっている。だから、あんなに臭いんだ。蒸発して綺麗になったらいいのに。ずっと下の方で、豆腐みたいになっちゃったんだ。やっぱり、海に堕ちても、まだ堕ちたいんだろう。腐るまで。

 海外に行くのは、初めてだった。既に何ヵ国も移動したことになるが、その実感はない。ここがどこなのかもわからない。

 現在は、ホテルの一室にいる。アジアのどこかの国だ。今後何十年もお金の心配はない。ずっとここにいてもいいし、別の国に行ってもいい。日本に帰るのは、少なくとも、数年先になるが、別に日本に住みたいわけでもない。日本の保障は受けられないが、それ以上のお金を貰ったので、文句はない。それどころか、感謝している。

 自分の人生を振り返っても、あの三年間は、不思議な時間だった。自分が必要とされているようで、そうでもない。ただ、なにかを演じているのは、悪くない感じだった。

 初めは、話しかけてくるマナさんが、鬱陶しかった。気を使わせているのが、わかったから、申し訳ない気持ちもあった。放っておいて欲しかったが、お金を貰っていることもあり、強く反対出来なった。悪い人ではないと、直ぐに理解出来たのが、拒絶出来なかった一番の要因だろう。

 下らない話を何度もした。私から話したいことはないから、簡単に返事をしていたけど、それでも、何度も何度も、話しかけてきた。

 不思議な人だった。

 これまでにいない人だ。

 でも「なんで死にたいのか?」とか「不満があるのか?」とか、そんなゴミみたいな質問はなかった。もっと、無関係で他愛のない話が多かった。

 死ぬ人間に、話しかけるなんて、それだけで珍しいだろう。

 それにしても、わたしは、死ぬと決めていたのに、どうして、死にたく無くなったんだろ?

 きっと、三年も待たされたせいだ。

 あれは騙された。

 直ぐに死ねると思ったのに、三年後だと言ったのだ。

 当然、怒ったし、直ぐに出て行くつもりだった。

 ただ、偶然、雨が降っていたので、止むまで泊まっていくように勧められた。その雨は、一週間も続いた。その一週間は、悪い生活ではなかった。だから、死ぬ準備が整うまで、ここに住んでもいいと打算的に考えていた。

 特に理由もなく、なんとなく、先延ばしにしていた。放っておいても、三年後には、死ねるのだから、無理して施設を探すよりも、のんびりと暮らしている方が楽だと思えたからだ。その内、嫌になって、出て行くだろうとも思った。

 それが、本当に三年もいることになるとは思わなかった。

 こんなに生きていけるなんて、思いもしなかった。

 自分は、なにも生み出していない。

 なんの役にも立っていない。

 無駄だ。

 生きている理由がわからない。

 それどころか、エネルギィを無駄に消費している。

 他の生物を殺して食べている。

 それだけの価値が自分にはない。

 自分がいなくても、他の人が上手くやってくれるだろう。

 自分だけが取り残されているような感覚があった。

 進んでいない。

 止まっている。

 あの船と同じだ。

 地面だけが揺れている。

 意味もなく。

 だから、終わらせたかった。

 でも、苦しみたくはないから、安楽死を選んだのに、カウンセリングがあった。

 馬鹿馬鹿しい質問を繰り返しきかれた。

 それが煩わしかったから、簡単に死ねる誘いに乗ったのだ。

 それなのに、死にたくなくなるなんて。

 否。

 死にたくないわけではない。

 生きたいわけでもない。

 でも、今じゃなくてもいい。

 もう少し、先延ばしにしてもいい。

 なにかをしたいわけではない。

 なにかが出来ると思っているわけでもない。

 昔の私なら、その甘さを、汚さを、許せなかっただろう。

 鈍くなったのだろうか?

 たぶん、そうだろう。

「もう少し、先延ばしにしたい」

 そう言った時の、二人の顔を思い出す。

 怒られると思っていた。

 呆れられると思っていた。

 それなのに、笑っていた。

 安心したように、微笑んでいた。

 不思議だ。

 よくわからない。

 どうしてだろう?

 計画を台無しにしたのに。

 酷いことをしたのに。

 それでも、あの時の顔が忘れられない。

 移動中も何度も思い出した。

 お金も沢山貰った。

 返す必要はないと言っていた。

 仕事に対する報酬だからと。

 二人に、もう一度会いたいだろうか?

 そんなことはない。

 たぶん、二度と会わないのではないだろうか?

 そして、二人もそれを望んでいるだろう。

 私たちは、他人のままだ。

 それなのに、他人なのに、あんな顔が出来るのだ。

 鏡に自分の顔が映っている。

 演技の為に、セリフも笑顔も練習した。

 何度やっても、上手く笑えなかった。

 それなのに、鏡に映った私の顔は、自然に微笑んでいた。

 それが変で、笑うのを止めた。

 どうして、微笑んでいたのだろう?

 わからない。

 きっと、この先、生きていることを後悔する日が来るだろう。

 それ位の計算は出来る。

 そうなれば、直ぐに死ねばいい。

 持ち物は、鞄一つに入っている。

 私は、身軽だ。

 いつだって死ねる。

 ただ、それは、もう少し後でもいい。

 それ位には、鈍く重くなっている。

 でも、たぶん、そんな自分も悪くない。

 そんな風にも思える。

 私って不思議だ。


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