第三章 7
「なんというか、凄い話を聴きましたね」私はベルさんに言った。
ベルさんの部屋で、紅茶を飲んでいる。エンプティには備わっていない機能だ。
「まぁ、そうだね。考えついても、簡単に実行出来るものでもない。たぶん、それだけ当時の環境が……いや、なんでもない」ベルさんは紅茶を飲んだ。
「一応、全ての謎が解けたのでしょうか?」
「なにを謎と思うのかは、個人によるけどね」ベルさんは直ぐに答える。
「どういう意味ですか?」
「十年前に、弟のダイキさんが自殺をした理由も、両親が治療を受けなかった理由も、コイトさんが自殺をやめた理由もわかっていない。でも、一応の謎は解けたと思う」
「ああ。そうですね」それは、考えてもわからないだろう。コイトさんにきけば、最後の理由くらいはわかるかもしれない。ただ、本人もよくわからないのではないか?
「そういえば、イエローサブマリンは、どう関わっていたんでしょうか?」私は思い出したことを言った。
「どう考えても関わっていないよ。イエローサブマリンと言い出したのは、ネオンだけど、なにか根拠はあるの?」
「…いえ。そうじゃないかと、噂があったと言いますか…」私は言葉を濁した。ジンノさんがそう言っただけだ。ジンノさんの推理も失敗するというやつだろうか?
「ラムネが言っていたけど」ベルさんは、一瞬だけ瞳を上に向いた。「化石を発掘している人が土を見て大喜びしたらしい。それを見た人がどう思ったかって。つまり、そういうことなんだろう」
「どういうことですか?」
「タンブリンマンは、イエローサブマリン関係の事件を取り扱っている。彼が今回の事件に関わっていたから、イエローサブマリンも関係していると勘違いしたんだと思う。丁度、コイトさんが三年間もあの屋敷で暮らすことによって、ダイキさんが生きているように偽装していたのと、同じだね」
「ああ。そうなんですね」ジンノさんに言ったら、どんな反応をするだろうか?少し考えてみた。
「今回のことは、タンブリンマンには、話さないのですか?」私はきいた。
「そう約束したからね。付き合いは、タンブリンマンの方が長いけど、約束を破るほどではない。それに、彼は優秀だから、自力で辿り着くだろう」
「その場合は、ハイジさんは、なにかの罪に問われるのですか?」
「どうだろう?僕もよくわからない。死体遺棄とかに問われるかもね。ただ、お金を払えば済む問題だろう。やっぱり、黙っていた方が、彼らの生活の為になる。それに、意図していないにしても、結果だけ見れば、コイトさんの命を救ったことになる。それは、死体遺棄よりも素晴らしいことだろう」
「うーん。罪が無くなるわけではありませんけど、まぁ、そうですね。私も、言わないつもりです」
「うん。良かった」ベルさんは大きく息を吐いた。
「なにがですか?」
「いや、ネオンなら、警察に言ってしまうかもって思ったから」
私に対して、どういう評価をしているのだろう?
「普段なら言っていますが、多分、言ってしまうと、ハイジさんもマナさんもまともな生活が出来なくなると思うので、仕方がありません。現に、これだけ世界が注目していたんですから、こうなった方が良かったかもしれません」
「うん。そうだね」ベルさんは、何度も頷いた。安心したようだ。
それが少し可笑しい。
「ハイジさんって不思議な人格でしたよね」私は、彼の顔を思い出して言った。
「まぁ、普通ではない。優しいんだろう」
「優しい、ですか?」思いもよらない意見だった。どちらかというと、ドライな印象だっただろう。
「家族が死んだから、自分もその気持ちを知りたい、自殺者の気持ちが知りたい。そう思うことはあっても、実際に死んでみるまで、近づくことは出来ない。傷ついた人がいた時に、どのくらいの痛みなのか、自分も同じ傷を負うのと同じだろう。普通はそこまでなれない。そこまで寄り添うことは出来ないだろう。…まぁ、優しさもあるだろうけど、たぶん、それほどまでに、当時のハイジさんは、痛みのない傷を負っていたんだろう」
「死んでしまいたいほどですか?」
家族の三人が短期間に亡くなったのだ。
死にたくもなる。
ハイジさんは、否定していたが、やっぱり、自分も死んでしまいたかったのではないか?
そう思わなければ、自殺なんて出来ない。
優しさだけで自殺をしたなら、それは狂気だろう。
「そう。死んでしまいたいほどに」ベルさんの瞳は、焦点が合っていないようだ。「よく蘇生を考えてくれた。もう一度、生きてもいいって、考えてくれた。そのことが素晴らしい。そう思えるものがあるなんて、幸せな人生だろう」
「それはそう思います。…その通りだとおもいます。………たぶん」
生きていた方がいいのか?
私はあの時、死ななくて良かったのか?
わからない。
私にはわからない。
たぶん、自分じゃ、わからない。