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メルトダウンな恋と彼ら  作者: ニシロ ハチ
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第三章 2


 白い壁に灰色のカーペット、天井も白だが、少し暗いので灰色にも見える。買い替え品がどこでも手に入るというメリットしかない照明が天井にあり、壁には小さな窓が一つだけある。ドアは一枚で、ドラマのセットのような灰色の机が一つ。折り畳めば収納スペースを取らないという文句の為に、座り心地を捨てた椅子が三脚ある。

 私とベルさんは、隣に並んで座り、机の向かい側にタンブリンマンが座った。勿論、全員がエンプティだ。座り心地の悪さがわからないのが救いだろう。エンプティなら、逆立ちしたままでも、疲れることはない。

 タンブリンマンのエンプティは、ダンディなおじさんタイプだった。茶髪のボサボサクルクル頭で、ヨーロッパ系の堀が深い顔立ちだ。私たちは、ハイジさんの屋敷にダイヴした時と、同じ服装だった。ただ、鏡のないこの部屋でも、同じモデルでないことは、体を動かしたときの反応でわかった。ベルさんの顔も違う。

 現在地は、非公開になっているし、ネットにもアクセス出来ない。ここは、会議室にしては、貧相だ。取調室だろうか?だとしたら、チープなドラマの影響を受けすぎている気がする。

「こんなにも頻繁に、あなたに会うことになるとはね」タンブリンマンは、フッと息を吐いて、ベルさんを見てはにかんだ。声も渋いおじさん声だ。落ち着くような、ゆったりとした、発声だった。

「状況を詳しく教えて貰ってもいいですか?」ベルさんは言った。

「ああ」彼はそう言った後、真剣な表情に変わった。「まずは、昨日、あなたたちが離脱した後、あの屋敷には、住人の三人しかいなかった。つまり、警察関係者は現場のエンプティにダイヴしていなかった。これ以上は、新しい情報を得られないと思ったからだ。それよりも、あと数日でハイジさんの目が覚める。それに備える準備をしていた。だから、コイトさんが屋敷を出て行ったことにも気づかなかった。一応、外出は自由にしていたし、連絡さえ取れれば良かった。コイトさんがいないことに気づいたのは、午後七時に屋敷を訪れた時だ。屋敷にいなかったので、ダイキさんとマナさんにもきいたが、二人ともなにも知らなかった。捜索した結果、午後六時に屋敷を出て、七時には、空港で姿を確認している。中国に飛び、そこから別の飛行機に乗ったと思われるが、行き先はわかっていない。逃走経路を予め用意していたようだ」

「荷物はどのくらい持ち運んでいたのですか?」私はきいた。

「食料品を買いにコンビニに寄るような恰好だ。服の着替えも一日分あるかどうか、というサイズの鞄が一つだけだった」

「一人ですか?」

「そうだ」

「現在、どこにいるのか知っているのですか?」

「わからない。詳しく探す必要があるのかどうか、というところで揉めている」

「ハイジさんとは関係がないのですか?」

「それが不明だから揉めている」彼は肩をすくめた。

 私は頷いた。

「そのハイジさんだが、今日の午前九時に死亡が確認された。動画投稿サイトに匿名での動画がアップされた。映像には、眠ったままのハイジさんの姿があり、脳に多大な損傷を与えていた。あれでは蘇生が不可能だ」彼は眉間に皺を寄せた。

「それは、本当にハイジさん本人なのですか?」私はきいた。それが、一番の疑問だった。

「顔と体型はデータと一致している。それに、ダイキさんとマナさんにも、顔を確認して貰ってある。ハイジさんで間違いないそうだ」

「整形すれば、顔を似せることは出来るはずです。体型も似た人を選べば、映像を誤魔化せると思いますけど」

「確かにその可能性はある。ただ、誘拐されてからの整形では、傷跡が癒えることはない。それに、あれはマスクの類ではなく、人の顔だった。動いていなければマスクで誤魔化せるが、顔や頭を潰すとなると、誰だってわかるものだ。特殊メイクの類でも、映像の編集でもない。なにより、誰がハイジさんの顔を知っている?これだけ話題になっているにも関わらず、顔写真は一枚もない。事前に顔を知らなければ、あの映像は不可能だ」

「似ている人の可能性は?」

「完全には否定出来ないが、ハイジさんは弟のダイキさんともあまり似ていない」

「…。そうですか」私は同意した。が、あることが気になった。「顔と体型がデータと一致していると言いましたが、それはなんのデータですか?」

 タンブリンマンは、少しだけ口角が上がり、ゆっくりと頷いた。もしかして、わざと気づくように言ったのか?こっちの頭の回転速度を見極める為に?だとしたら、遅すぎたかもしれない。

「これは極秘だが…今までのも全てが極秘で口外してはいけない。ただ、これはその中でもトップシークレットという意味だ」彼は真面目な顔をした。「我々は、ハイジさんの蘇生の情報を、既に掴んでいた。それも十年も前に」

「えっ?どういう意味ですか?」私は驚いた。

「十年前、とある事件が世界的に大流行した。類似点から、ハイジさんもその中に含まれる。ハイジさんの死は、事件から一ヵ月後なので、比較的時期が早い被害者となる。当時は、被害者を解剖して、事件の解明に協力するように呼び掛けていた。あの睡眠薬の過剰摂取による人体への影響も、必要な情報だったからだ。ただ、それを拒む人たちが殆どだった。ハイジさんもその一人だが、状況が全く違った。あの事件では、死の状況を詳しく調べる必要があった。それが出来るのは、日本を始めとする先進国や余裕のある国だけだが。その結果、ハイジさんの調査を行った者が、冷凍保存されていることに気が付いた。そして、当然、解剖を拒んでいる。蘇生する可能性があるとわかったので、その周辺を徹底的に調べ上げた。その結果、十年後に蘇生する遺書が見つかった。もしハイジさんが蘇生されれば、事件解明の手掛かりを掴めると、当時から考えていた。私もその一人だ」彼は私たちの目を交互に見ながら語った。

「その情報を知っているのはどれくらいいますか?」私はきいた。遺書が見つかったと表現したが、盗みだしたのだろう。公安の一部が、そういう捜査をしているのを知っている。

「ごく少数だ。右手で数えられる人しか知らない。それでも、どこかから漏れた可能性はある。だから、どれだけの人が知っていたのかは、わからない。我々が漏らしたわけじゃないと信じたいが」

「十年前に掴んだ情報は、なにがありますか?」

「ハイジさんの居場所と顔と体型。そして、十年後に蘇生される事実だ」

「顔や体型はどうやって掴んだのですか?」

「外を出歩けばカメラがある。その映像と、身分証として本人が所持していた写真の両方から得たものだ」

「この十年間で、ハイジさんの屋敷に誘拐犯などは現れなかったのですか?」

「それは一度もなかった。情報もそこまで正確に漏れていないと推測される」

「でも、蘇生された後に、誘拐犯が屋敷に侵入したんですから、居場所は漏れていたんじゃないですか?」

「そう考えることも出来る」

 ………。

 もしかして、警察は、屋敷にいる三人のうち誰かが、外部の人を招き入れたと考えているのだろうか。だとするなら、失踪したコイトさんが、無関係とは考えにくい。犯人がわかったようなものだ。

「屋敷にいた人たちが、エンプティだったという可能性はありませんか?」私は可能性を潰す為に質問した。

「ない。実際に、握手で確認もしたし、彼ら全員の個人番号との照合も済んでいる。出生記録のある、ちゃんとした人間だ」

「コイトさんは、三年前からあそこに住んでいたのですか?」

「それも確認が取れている。彼女は三年前にあの屋敷に来た。映像でも残っている。ダイキさんやマナさんが外を出歩く様子も映っている。この二人は、当然、ずっとあそこで生活している。あまり外を出歩く人たちではないが」

「ハイジさんは殺される前に、意識が戻っていたんですか?」私はきいた。

「映像ではそれは確認出来ない。予定よりは早いが、その可能性もあると考えている」

「映像を見せて貰うことは出来ませんか?」

 タンブリンマンの眼つきが鋭くなった。

「なぜ?」彼はゆっくりと発音した。

「映像が作り物の可能性もあります」

「あなたには、ハイジさんに生きていて欲しい願望があるようだ」彼は見透かしたように言った。

 事実、当たっている。

「不当に殺されるのが許せません。それは全ての人に共通します」私は表情を変えないように意識した。

「私もその一人だった」彼は言った。私のセリフはなかったことになったようだ。「ハイジさんには生きていて欲しかった。事件の真相を知る為に、十年も待ったのだから。その結果、ハイジさんは死んだ。職業上何度も繰り返し見たが、気分が悪くなるものだ。見ない方がいい」

「いいえ。死体なら何度も見たことがあります」

 彼の視線と交わった。

 数秒。

 沈黙。

「わかった」彼は緊張を解いていった。「ただ、気分が悪くなったら直ぐに目を瞑りなさい」最後のセリフは優しく発音された。恐らく、彼は年上だろうし、私の年齢も推測出来ているのだろう。

 テーブルの上に、映像が映った。この部屋の中に、映像を出力する装置はない。エンプティに備わっている機能だ。

 男が横たわっている。衣類を身に付けていない。

 肌の色は綺麗とはいえない。映像が全体的に暗く、寒色系だ。

 男は、目を瞑っているからか、顔はダイキさんとはあまり似ていない。でも、一般的な兄弟でも、それ位の違いはあるだろう。ダイキさんが明るく社交的な印象に対して、ハイジさんは暗そうだ。それは映像全体から伝わる印象かもしれない。

「これがハイジさんですよね?」私は確認した。

 タンブリンマンは無言で頷いた。

 男が眠っている場所は、ステンレスのような金属のベッドの上だった。なぜか、まな板に乗った魚を連想した。

 映像は、男を真上から撮っている。カメラを固定してあるのだろう。静かで、動きのない映像だが、男の肺だけは活動している。画面の端に黒い物体が現れた。それは、銃の先端だろう。銃口は男の頭に向けられている。

 そして、乾いた炸裂音。

 男の頭は、半分が吹き飛んでいた。

 血が飛び散っている。

 私は驚いて、小さく息を吸い込んだ。

 更に続けて二発の弾丸が、男の頭部を襲った。

 男の頭部は、殆ど残っていなかった。

 無機質なベッドの上に、頭部のない男と、崩れたプリンのような柔らかな物質。

 白い骨と赤い血。

 映像はそこで終わった。

 ……。

 気分が悪くなった。

 確認しなければならないが、見たいものではない。

 隣のベルさんを見ると、しっかりと目を瞑っていた。

「もう終わった」タンブリンマンが言った。

 ベルさんは、ゆっくりと目を開けた。

「見てなかったんですか?」私はベルさんにきいた。

「最初の顔だけ見た」ベルさんはこっちを見ずに答えた。

「それが良かったかもしれません」正直な感想を言った。でも、ベルさんは、こういうのが平気というか、耐性がある方だと思っていた。ベルさんが敵のエンプティを切断するところを、何度も目撃したからだろうか。でも、エンプティと人は違う。当たり前だ。

「大人の忠告は聴くものだよ」ベルさんは、私をチラッと見た。

「…あれでは、蘇生は無理ですよね?」私は、タンブリンマンに確認した。

「不可能だ。残った細胞から、クローンならつくれるかもしれんが、記憶や人格は完全に失われた」タンブリンマンは言った。「話せるのは、これが全てだ。なにか思いついたことはあるか?」

「あの屋敷のパスワードやセキュリティシステムを管理しているのは誰ですか?」

「ダイキさんとマナさんだ。コイトさんは知らない。二人も彼女には話してはいない。あなたたちを案内した時にセキュリティとリンクしていなかったが、そういう操作は、ダイキさんとマナさんの二人にしか出来ない。最も、実際に変更するのは、マナさんのようだ」

「ハイジが蘇生された時」ベルさんが言った。「誰がその情報を漏らしたのかわかりますか?」

「誰かは特定出来ていない」彼はベルさんを見た。「ただ、六日前のハイジさんが蘇生された日。医師や屋敷の住人からきいた、ハイジさんが蘇生された時間帯から、三時間後には漏れている。蘇生されたのは、正午。午後三時には、情報が漏れていた」

「その間に屋敷から外に出た人はいますか?」ベルさんは続ける。

「一人もいない」

「蘇生に立ち会った三人は、確かな実績のある人たちですか?」

「そうだ。全員が検索をすれば名前が出るほど、その分野で実績がある。医師以外は、十年以上のベテランだ」

「十年前、ハイジが死んだことを、どうやって知ったのですか?」

「死亡届があった。死因を調べる内にわかったことだ」

「ハイジが蘇生される日は、遺書にはどう書かれていましたか?」

「死亡した日から丁度十年後とあった」

「……わかりました」ベルさんは頷いた。

 なにがわかったのだろう?

「ハイジさんが蘇生されてから、コイトさんが外に出たことはありますか?」私はきいた。

「ある。あの近辺の散歩している日あった」

「コイトさんが海外にいることを、ダイキさんたちは知っていますか?」

「伝えたら驚いていたよ。理由は見当もつかないそうだ」

「お金や貴金属を持ち出したんじゃないですか?」

「今の所それらしいものは、ないらしい。つまり、非常に高価なものは、盗まれてない。それなりの物は、盗まれている可能性はあるかもしれない」

「突然海外に行くなんてことは、以前にもあったのですか?」

「あの屋敷に来てからは一度もないそうだ。三人とも屋敷からはあまり外に出ない」

「ダイキさんと喧嘩をしたとかではないですか?」

「さぁ」彼はフッと息をはいた。「そうかもしれないが、彼はそうは言っていない」

「コイトさんは、ハイジさんのことを、いつから知っていたのですか?」

「あの屋敷に住んでからと証言している。つまり、三年前だろう」

「地下の荷重センサの反応で、警察の捜査も含めた往復の総重量は一致していますか?」

 タンブリンマンは、僅かに目を大きくした。

「残念ながら一致している」彼は直ぐに答えた。つまり、捜査に紛れて外に逃がす方法を、既に思いついていたのだろう。

「コイトさんが過去にどこかの組織に所属していたとか、そんな経歴はないですか?」私はきいた。

「それもない。屋敷の住人の個人番号から、指紋や周囲の聞き込みなど、全てを追っている。彼らに特筆すべき点はない。ただ、これは、関係ないことだが…」彼はそこで、視線を逸らして一呼吸、間をおいた。「コイトさんは、三年半前に国のカウンセラを利用していた。その履歴があった」

「カウンセラですか?精神的な病気があったのですか?」

「いや。病気ではない。国がやっている安楽死のサービスを受けに来ていた。その準備となるカウンセラだ。彼女がダイキさんの屋敷に住んでからは、一度も再診はない。それに、十代の若者では、特別珍しいものでもない」


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