第二章 10
両親が死んだ時、世界中で同じことが起きていると知ったのは、後になってからだ。
当時の私は十歳だった。親戚は誰もいなかった。
施設での生活は、朝食の食パンみたいに、記憶にない。賑やかなところだった。沢山の人がいた。
叫び声。
泣き声。
はしゃぐ声。
笑う声。
聴きたくもない音が、鼓膜に響いた。
誰とも話したくなかった。
誰とも仲良くなりたくなかった。
だから、一人で本を読んでいた。
本には、他人と一緒に笑ったり、努力したり、協力したり、泣いたり、そんなことが書かれていた。他人は、兄弟だったり、友達だったり、恋人だったり、親だったり、そんな人たちだ。
それが、幸せなんだと書いていた。
それが、楽しさなんだと書いていた。
私は、一生幸せでなくていい。
一生楽しくなくていい。
ノイズを聞きながら、そう思った。
だったら、なんで、生きているのだろう?
どうして、私も一緒に死ななかったのだろう?
叩き潰して動かなくなった虫を見たことがある。
あの醜い姿が死だ。
でも、お父様もお母様も綺麗なままだった。
あれは、死んでいないのではないか?
ニュースを見るようになった。
いつからだろう?
難しい漢字は、辞書で意味を調べた。そして、記事を一つ一つと読んでいた。
ハコブネに関する記事を。
毎日のように、人が死んでいる。
その数が止まらない。
お父様とお母様は、これと同じようだ。
なにか意味があるのだろう。
お父様に質問出来たら、その答えが返ってくるのに。
いつも、そうだった。
わからないことは、夕食の時に、お父様にきいた。
お父様は優しく答えてくれた。
時には、こうすれば答えが見つかると、方法を教えてくれた。
それが嬉しかった。
それが、凄いと思った。
なんでも知っているからだ。
だから、毎日、質問を考えるようにしていた。
そして、食事の時に、お父様に質問した。
もう、答えてはくれない。
それが死んでいるということなのだろう。
それから、色々と調べた。
調べ方はお父様に教えて貰っていたから。
足りないものは沢山あった。
お金があれば解決出来るが、それを稼ぐ方法がわからなかった。
だから、無料で貸し出しが行われている場所を探した。
そして、安く入手出来る場所を探した。
準備は整った。
私は誰よりも早くに起きた。
窓の外はまだ暗いままだった。
布団の中に、服も荷物も用意していた。
音を立てないように着替えて、窓の鍵を開けて外に出た。
涼しい夜だった。
数えるくらいの星が見えた。
綺麗な星空だ。
道は覚えていた。
ただ、実際に歩くと、喉が渇くことと、足が痛くなることが、新しくわかった。
最初の目的の場所に来た。
お金は鞄の中に入っている。
建物の中に入った。
箱に入った商品が幾つもあった。
ガラスのショーケースの中にもいくつもあった。
その奥に、人がいた。
私を睨むように見てくる。
私は箱を一つ一つ見て回ったが、どれが目的の商品かわからなかった。
間違えると危険だということは知っていたので、人に尋ねることにした。
その人は私を睨んだままだった。
私は目的の商品の名前を言った。それが欲しいと。
「こんな時間になにをしている?」その人は言った。
「欲しい商品がここに売っていると、お父様に言われました」私は答えた。
「どこから来た?」
「直ぐ近くです」
「親はどうした?」
「お父様は、薬がないと眠れないのです。お母様は、今は、お婆様の所にいます。この近くではありません。お父様は、歩くのも大変なので、私が代わりに買いに来ました」私は嘘をついた。
「悪いけど子どもには売れないんだ。それに、夜出歩くと危ない。警察に連絡しようか?」
「いいえ。その必要はありません。家は直ぐ近くです。それに、お金ならあります。お父様が、眠れずに苦しそうなのです」
「駄目だ。売れない。早く帰れ」
「お父様が眠れなくて困るのは、お父様と私です。あなたには関係ありません。お金ならあります」私は鞄の中から携帯端末を出した。
その人は溜息をついた。
「わかった。一日分だけ渡す」
「それでは明日も来なければなりません」
「今は、色々と五月蠅いんだ。これしか渡せない。大人の人に頼みなさい」
仕方がなく、お金を払って商品を受け取った。
私は店から出た。
外は少しだけ明るくなっていた。
これだけでは全然足りない。
早くも計画が狂った。
でも、あまり揉めたくなかったので、仕方がない。他のお店をチェックしてある。足は痛いが、我慢出来る。
まだまだ、必要だから。
歩きだそうとした時、直ぐ近くに人がいるのに気が付いた。
そっちを見る。
「なにをしているの?」その人が言った。
この店から出てくるのを見ていただろうか?
「なんでもありません」私は直ぐに歩き出した。
「―――――だね?」私の名前を呼ばれた。
振り返る。
この人は誰だろう?
綺麗な顔の人だ。
「両親が死んだ理由を知りたくはないかな?」その人が言った。
「誰ですか?」
「僕はジンノ。職業は……探偵かな」