第二章 9
高い天井。
日光を偽装した光が、窓を模倣した壁から差している。
広い部屋。
静かな部屋。
ガラスの壁は、ブラインドが降りて中が見えない。
モダンな階段は魚の骨を思わせる。
幸せな空間。
偽物だったのだろうか?
お友達がいた。
人形のお友達が。
いつも寝坊ばかりするから、私が起こしてあげた。
朝ごはんを作って、一緒に食べた。
お話をした。
一緒に笑った。
本当は一人だったから。
両親は、階段を上った先にある、ガラスの部屋に閉じ込められている。
そこから出てこない。
だから、広い部屋に一人だった。
お友達の人形には、名前があった。
それだけで、十分だった。
ガラスの部屋は二つある。
その二つの部屋に、両親がそれぞれいる。
二人がそこで仕事をしていることは知っていた。
何度も何度もきいたから。
寂しかった?
……。
誇らしかった。
研究者の両親が誇らしかった。
寝る間も惜しんで仕事をしていた。
ブラインドの隙間から、二階の部屋の照明が漏れている。
私が起きている間は、ずっと研究をしていた。
私には、お友達がいた。
それだけで、十分だった。
研究とはなにかと、きいたことがある。
誰も考えたことのない、新しいことを、見つけることだ、そう答えた。
それがなんなのかは、わからない。
こっそり、部屋の中を覗いたことがあった。
魚の骨のような階段を上って、ガラスの部屋のドアを開けた。
寂しかったのだろうか?
甘えていたのだろうか?
お父様は、こっちを振り返らなかった。
気づいてもいなかった。
机に向かったままだった。
その背中を覚えている。
今も。
誇らしかった。
お友達がいる場所を見降ろしながら、反対側に回った。
そこはお母様の部屋だ。
ドアを開けた。
お母様も机に向かっていた。
ただ、私がずっと見ていたから、お母様は気が付いた。
「いつからそこにいたの?」お母様は言った。
わからない。
ずっと、いたから。
「どうしたの?」お母様は言った。
わからない。
私にはわからない。
お母様は、優しく微笑んで、ゆっくりと歩いてきた。
そして、私を抱きしめてくれた。
あの温もりを覚えている。
今も。
柔らかかった。
あの匂いを覚えている。
優しかった。
そして、あの日。
あの日、食事の時間になっても、両親は下りてこなかった。
不思議だった。
お腹が空いた。
でも、研究をしているのだろう。
ブラインドは降りたまま。
広い部屋。
静かな部屋。
お寝坊のお友達も、もう起きていた。
お友達の分の朝食を作ったのに、私の分はまだだった。
魚の骨を上った。
あの日、扉から覗いた日から、部屋の中を見るのは止めようと決めていた。
でも、お腹が空いたから。
お父様もお母様も、きっと同じだろう、と思った。
お父様の部屋の前まできた。
扉を開ける。
静かな部屋だった。
物に溢れて、整理されていない。
あの時の、背中を覚えている。
それと同じ背中があると思っていた。
異変には直ぐに気が付いた。
お母様の部屋に走った。
扉を開ける。
同じだった。
お父様もお母様も同じだった。
怖かった。
それが、最初にあった。
頭に変な機械を付けている。
眠っているわけではないと、直ぐにわかった。
不思議だ。
どうして、死んでいるってわかったんだろう?
あんなにも綺麗なままなのに。
魚の骨の階段を下りた。
どうやって歩いたのか、記憶がない。
もう、あの背中を見ることは出来ないのだろう。
もう、抱きしめて貰うことは出来ないのだろう。
広い部屋。
静かな部屋。
私にはお友達がいる。
お寝坊のお友達が。
それだけは、足りなかった。




