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メルトダウンな恋と彼ら  作者: ニシロ ハチ
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第二章 8


 新しい情報はなかった。

 ハイジさんがいた屋敷に訪れたのは昨日だ。ジンノさんに会っても、変わらなかった。

 ハイジさんが起きると言われている日まで、あと一日。もう、起きている可能性もある。

 ミニクーパの上で紅茶を飲んだ。そして、溜息。

 昨日得た情報も含めて、今回の事件を整理すると。

 ハイジは、あの屋敷で十年前に自殺した。ゴッドドリームの過剰摂取を行い、エンプティ専用端末もセットしていた。ただ、ハコブネの最初の被害からは、一ヵ月遅れていたようだ。

 死んだ場所は、冷凍保存のカプセル内で、凍結から蘇生されるまで、誰一人として、カプセルを開けていない。死んだ当時から、屋敷にいたのは、弟のダイキさんと使用人のマナさんだ。ダイキさんは、当時十四歳なので、主に、マナさんが指示に従ったのだろう。

 ハイジさんが眠っている部屋へは、荷重センサが働いている為、誰かが通ればその履歴が残る。ハイジさんが蘇生されるまで、十年に渡ってセンサは反応しなかった。そして、六日前に蘇生された。蘇生に立ち会ったのは、マナさんと医師と看護師と専門家だ。その三人の経歴も確認した。

 医師のロビィ・ロンドだけは、年齢が若い。二十六歳だ。ただ、経歴はしっかりしている。専門は脳外科だ。他の二人は、年配のベテランだった。三人とも、不審な点はなかったと供述している。

 ハイジさんの蘇生以降は、午前と午後七時に、マナさんだけが、ハイジさんの様子を確認した。

 ハイジさんが蘇生されたことがニュースになったのは、六日前だ。つまり、蘇生された日に、ニュースになった。そして、蘇生されて三日目に、ハイジさんは誘拐された。これもニュースとなった。ただ、これは警察に通報したので、そこから漏れた可能性もある。警察が本格的に捜査をしたなら、噂くらいたつだろう。

 私がハイジさんの屋敷がわかったのは、警察が動いた後だ。それ以前、つまり、ハイジさんが誘拐されるまでは、屋敷の特定は出来なかった。恐らく、ネットのどこにもなかっただろう。それくらいには探した。

 それなのに、犯人は、誘拐を成功させた。この誘拐にも謎が残る。一つは、ハイジさんの様子を見ているマナさんが、最後に確認したのが、蘇生から二日目の午後七時だ。そして、三日目の午前七時にいなくなっていた。その間、屋敷と外の出入りが可能な場所は、玄関以外に履歴がない。その玄関も、午後十一時に十五秒だけしか開いていない。窓から出入りした可能性は、殆どゼロに近いそうだ。これは、窓の外に蔦や植物が生い茂っていて、荒れたり、踏み抜いた形跡がないからだという。

 もう一つは、地下の荷重センサが、マナさんの体重以外に反応していない。

 エンプティを使えば、センサに反応させずに移動出来るだろう。ただ、ハイジさんを背負って同じことをすれば、ハイジさんに肉体的負担を強いることになる。少なくとも、人道的ではない。丈夫な人なら、何十カ所もの骨折と打ち身程度で済むかもしれない。目覚めたばかりの体では、それ以上の怪我のリスクがある。意識の無い人を、二階や三階からアスファルトに何度も落とすような衝撃だろう。それでも、そうすれば、不可能ではない。

 ただ、時間の制限がある。完全に外部の人だけの犯行だとすると、十五秒間に玄関から、地下室のハイジさんが眠っている部屋まで移動して、そして、ハイジさんを背負ったまま玄関まで戻らなくてはならない。それも、荷重センサに反応しないように。エンプティの全力で移動すれば、壁や床に負荷が掛かる。それが痕や傷となって残るだろうが、それらしいものは、ないようだ。それに、その場合は、マナさんが気づくはずだが、彼女は知らないと言っている。マナさんが共犯の場合は、彼女自身が運んだとも考えられるが、センサに反応させずに、玄関まで運ぶ方法がわからない。

 昨日、ベルさんが言っていたのは、ハイジさんを隣の部屋に移し、警察が来てから捜査に紛れて外に連れ出すというものだ。これなら、玄関を開けた十五秒の間に、エンプティが侵入さえ出来れば可能だろう。ただ、独立しているカメラや警備システムを把握していたことになるので、犯人は、内部の情報に詳しい人物となる。また、隣の部屋に一時的に運ぶだけなら、マナさんでも出来そうだ。問題があるとすれば、改ざんを行うだけの知識を、犯人が持っていなければならない。

 でも、この方法だとしても、ハイジさんを外に運ぶ時には、センサの上を通らなくてはならないので、往復で質量が違う人物が見つかれば、その時に、運びだしたことになる。勿論、捜査の為の機材を、地下室の部屋に運ぶ人や、それを持ち帰る人など、往復で質量が違う人は多数いるだろうが、それらのトータルの履歴を見た時に、明らかな形跡が見つかるだろう。もし見つかれば、犯人の特定まで大きく近づくことになる。

 屋敷に住んでいるのは、三人。そのうち、ダイキさんとマナさんが警備システムなどを詳しく知っている。コイトさんは、よく知らないと言っていた。この三人の誰かが、誘拐に関わっている可能性は高い。三人に一切気付かれずに、誘拐を成功させるのは、難しいだろう。

 昨日、明らかになった情報で一番気になるのは、ハイジさんの自殺が、ハコブネよりも一ヵ月後だということだ。これでは、ハイジさんが、ハコブネの真相を知らない可能性がある。あのサイトを知らないなら、私がハイジさんを追う理由がなくなる。ただ、知ってはいるが、信じきれない為に、彼が様子を伺った可能性もある。その場合は、誘拐された事実とも辻褄が合う。

 誘拐犯は、ハコブネの関係者だと思っていたが、もしかしたら、私のように、真相を知りたい人物の可能性もある。それに、気になるのが、ジンノさんの言った、イエローサブマリンという情報だ。どうやら、関わっているらしい。関りがあるとすれば、誘拐の実行犯だろうか?ただ、イエローサブマリンを名乗っている組織は存在しないので、指名することは出来ない。なので、向こうからのアプローチになるのだろうか?

 更に、誘拐されたハイジさんの行方もわかっていない。これはどういうことだろう?全ての車などを調べれば、それらしいものが絞れるはずだが、警察は、それほど、力を注いでいないのだろうか?そんなはずもないと思うけど。

 謎をまとめると、ハイジさんの行方と誘拐方法と犯人とその目的だ。やはり、一番怪しいのは、マナさんだろうか。

 私は紅茶を飲んだ。今、わかっている情報だけで、真相が明らかになるとは思えない。誰かが嘘を付いている可能性もある。もし、犯人や協力者があの三人の中にいれば、確実に嘘の証言を言うだろう。それでも、データとして残っている証拠もある。その客観的なデータでは、誘拐が可能な状況が思いつけない。マナさんは、ハイジさんの様子を伺う時に、五分程度、地下室に留まっていたそうだ。その間に、なにかしらの準備をしている可能性もある。ただ、蘇生されてから、毎日の地下の往復での質量に大きな変化がないので、なにかを持ち出している可能性はないそうだ。

 あの屋敷には、エンプティが存在しないが、ただ、本来、エンプティは、ステーションに常駐しており、そこにダイヴする形となっている。ステーションのエンプティにダイヴして、屋敷まで来れば、エンプティを使い、センサに反応されずに移動出来る。生身の人を運ぶことは出来ないが。

 それでも、警察の捜査では、六日前からのエンプティの動向を隈なく調べているが、それらしい動きはないそうだ。屋敷の付近のステーションのログを調べても、六日以内に屋敷まで移動したエンプティはいないらしい。エンプティを所有している人物は、金銭的な理由から限られてくる。その人たちにお願いすれば、不可能でもないが、いつ、どうやって、なにを頼んだのかはわからない。

 やはり、現時点では、情報が不足しているように思える。

 それよりも、もっと根本的な疑問。

 どうして、ハイジさんは、自殺を行い、そして、蘇生を望んだのか?

 ハコブネのせいで薄れていたが、これも相当不思議な行為だ。

 自殺をしたい気持ちは理解出来る。でも、蘇生を望む理由がわからない。人は、そんな生半可な覚悟で死ぬことが出来るだろうか?

 スカイダイビングやジェットコースタとは、わけが違う。スリルを楽しむのではなく、本当に死ぬのだから。そして、現代においても、脳が正常のまま蘇生されるとは限らない。

 そのリスクが怖くないのだろうか?

 死ななければならない理由があった。でも、死にたくはなかった。そんなところだろうか?

 もし、本人の意思ではなく、外的要因により、十年前の自殺が行われたなら、今回の誘拐もそれが原因ではないだろうか?

 どんなケースがあるだろか?

 目を瞑ってしばらく考えてみたが、なにも思い浮かばなかった。

 死んだと偽装するなら、蘇生した情報が漏れたのは、重大なミスだろう。自分の命も掛けた計画で、そんな致命的なミスを犯すだろうか?

 だとするなら、ハコブネで死に、なんらかの理由があり、蘇生された。その情報が漏れただけなのだろうか?自殺をするにしても、エンプティ専用端末をセットしたまま死ぬ理由が、ハコブネ以外にない。

 そもそも、ハコブネがエンプティ専用端末をつけたまま死んだ理由としては、死なない可能性があったからだ。つまり、肉体的に死んでも、思考はどこかに集められ、そこで生き続ける。専用端末が、電気信号を感じて、それを出力する機械だから、そんな噂がたったのだ。

 肉体が邪魔だから、身軽になった。それなのに、また、蘇生したのでは、楽園の名に傷がつくだろう。

 楽園に向かう船こそが、ハコブネではないのか?

 なんの為に死んだのか?

 全てを捨てて楽園に向かったのではないのか?

 仕事も捨てて。

 子どもも捨てて。

 肉体も捨てて。

 ハコブネには、それだけの価値があるのではないのか?


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