第二章 5
コイトさんの部屋は、綺麗で落ち着いていた。彼女の年齢は二十歳だとタンブリンマンが説明した。私と同い歳になる。この屋敷に来たのが、十七歳の時。ボーイフレンドと同居するには、少し早いかもしれない。将来を約束したのだろうか。
ダイキさんのお金で好き勝手に散財しているのかと思ったが、そうではないようだ。元々、この屋敷にあったであろう、年代物の家具をそのまま利用している。だから、部屋の中は、品があり赴きがある。窓際のキャビネットには、本物の花が生けられていた。本物だとわかったのは、少し歪で不完全だからだ。造花はもっと綺麗だ。
この部屋は二階の西側にある。窓の外は、ここも蔦が覆っている。
コイトさんは、綺麗な人だ。白い肌に長い髪。気の強そうな目が印象的だ。服装はラフな恰好で黒を基調にしている。体格はマナさんより一回り小さめだ。彼女を見た時、どこか、壊れてしまいそうな印象を持った。気のせいだろう。
向かい合って椅子に座った。同じように、タンブリンマンは、私たちの後ろにいる。
お互いに挨拶を済ませた。コイトさんは、あまり笑わない。というより、表情が変わらない。影がある印象だ。
「ここでの生活はどうですか?」私はきいた。
「ええ。大変良くして貰っています」コイトさんは答える。目が合っているようで、焦点が合っていない。何度も同じ質問で疲れているのだろうか?私たちがダイヴしたエンプティの顔は全く同じなのだから、彼女からすれば、同じ人に同じ話をしていることになる。気が狂っておかしくない状態だろう。
「なにかトラブルはありませんでしたか?」
「特にこれと言ってありません。私は、ダイキと一緒に住めるだけで幸せですから」どこかセリフのような言い方にも聞こえる。警察に繰り返し話しているから、そうなったのだろう。
「ダイキさんとは、どうやって知り合ったのですか?」
「ヴァーチャルで知り合いました。そっちでは、何度も会話をしていて、直ぐに、意気投合しました。それで、実際に会ってみることになり、その後、友人としてここに住まわせて貰うことになりました」
「十七歳の時ですが、ご両親は納得されましたか?」
「学業期間も終えていましたので、その時には自立していました。両親の了承は関係ありません」
「そうですね。ここに来るまではなにをしていましたか?」
「特にこれといった仕事はしていませんでした。欲しい物がある時だけ、短期で働きます。あとは、国からの支給で暮らしていました」
「ハイジさんのことは知っていましたか?」
「この屋敷に来た時に、ダイキから聴きました」
「どう思いました?」
「別にどうも。特殊な環境だとは思いますが、特に私に不都合はないと思います」
「では、ハイジさんがこの屋敷で生活することは、どう思いますか?」
「私は居候の身なので、特に意見はありません。どちらかというと、私が追い出されないか、心配しているほどです」
「もし、そうなれば、どうしますか?」
「従うしかありません。ただ、ダイキが、兄はそういうことを言う人ではないと、言っていました。それに、もし言ったとしても、追い出すだけの権限がないから安心していいと」
「権限がない?」
「正確には、二人の意見は同じ力を持つので、どこかで妥協案を探る、ということだと、私は思っています」
「なるほど」私は頷いた。「当然、ここを出て行きたくはないですよね?」
「そうは勿論です」
「この屋敷の警備システムについて、どこまで知っていますか?」
「なにも知りません。玄関の出入りは自由ですし、地下にさえ近づかなければ自由だと言われていました」
「ハイジさんが誘拐されたと思われる時間に、なにか不審な音などは聞きませんでしたか?」
「いいえ。なにも」コイトさんは首を左右に振った。
「三日前の午後十一時頃には?」
「それもありません」
「犯人に心当たりはありませんか?」
「全くありません」
「そうですか」私は頷いた。
コイトさんの言葉が、全て嘘臭く感じる。どうしてだろう?
ただ、この屋敷について、不満があったとしても、それを警察にわざわざ話す必要はないだろう。警察はそんなことを解決してくれるわけではないのだから。
「ハイジさんが蘇生されてから、散歩に出かけたらしいのですが、どこか目的の場所はあるのですか?」
「いいえ。この周囲をグルっと周るだけです」
タンブリンマンの話では、二十分から三十分の散歩を、定期的に行っているらしい。玄関の過去の履歴や、周辺のカメラ映像でも、その様子が確認されている。
「そのお花は、コイトさんが摘んだのですか?」私は花瓶に入った花を指さした。彼女はゆっくりと振り返る。
「いいえ。マナさんが用意したものです」彼女はこっちを見て言った。
「今後の予定は、なにかありますか?」私はなんとなく思いついたことを言った。
「今後…ですか?」コイトさんの表情に僅かな変化があった。それまで、無表情で無機質な顔だったので、その変化が顕著だった。質問の内容に驚いたようだ。
「いえ。特に、なにも考えていません。……本当に」