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メルトダウンな恋と彼ら  作者: ニシロ ハチ
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第二章 4



 ダイキさんの見た目は、若くて細見だが、健康的な好青年という感じだった。実年齢が二十四歳なのだから、見た目通りだろう。顔には、まだ幼さが残っている。私よりは、年上だけど。

 ダイキさんの部屋は、一階の玄関から見て右側の部屋だった。応接間の隣になる。マナさんと話した部屋は、食事スペースだったのだろう。

 ダイキさんの部屋の中は、とても広い。一階の東側の部屋で、応接間を除けば、全てダイキさんの部屋のスペースになっている。この家の家主だったのだから、一番いい所を自分の部屋にするのは、当然だろう。ハイジさんが目覚めたら、どうするつもりなのだろう。

 部屋の中は片付いているが、生活感はある。カプセルも部屋の隅に置いてあった。地下にあったものと同じタイプだろう。ゲームから体のメンテナンスまでをこなす最上位モデルだ。床や壁や天井や家具は、暖色でまとめられていた。どれも、年季が入っていそうで、間違いなく高価なのだろう。窓は東側にのみあり、二枚とも蔦に覆われていた。部屋の端には、本格的なダーツがあった。一人で遊ぶのだろうか?

 深いクッションのソファに私とベルさんは並んで座った。ガラスのローテーブルの向こう側に、ダイキさんが座っている。はにかんだような笑顔で、好印象だ。タンブリンマンは、私たちの後ろの壁に張り付いている。そこからダイキさんの表情を見るのだろう。やはり、プロなのだな、と感心する。

「では、早速お伺いしてもいいですか?」私は言った。

「どうぞ」はにかんだまま、ダイキさんは言った。若いのに余裕があり、落ち着いている。

「まず、ハイジさんとは、仲は良かったですか?」最初に当たり障りのない所から質門した。

「ええ。歳は八も離れていましたから、喧嘩することもありませんでした」ハキハキとダイキさんは話した。「兄は、あまり話すタイプではなかったので、例えば、冗談を言って笑う、ということはありませんでしたが、それでも尊敬していましたね」

「お二人とも、この屋敷でずっと暮らしていたんですよね?」

「そうですね」

「ハイジさんが、冷凍保存を選んだ理由は知っていますか?」

「いいえ」彼は溜息を吐いた。「それは、全くわかりません。普段から、あまり話す人じゃありませんでしたし、そんな素振りは全くなかった。突然のことで戸惑ったのを覚えています。なんせ、両親も兄も死んでしまったのですから。私がこの家の当主になったのです。幸い、遺産を引き継ぎましたから生活には困りませんが、当時の私は、十四歳だったのですから、それ以外のショックが大きかったですね」

 それはそうだろう。苦労はあったはずだ。ダイキさんの両親が死んだのは、ハイジさんが自殺した、更に一年前だ。今時珍しい、病死だった。

 よく、生きてこられたな。

 目の前の青年を見てそう思った。

 家族がいなくなった家の広さを知っている。なにをしても、ただ、生活するだけで、家族の思い出が蘇ってしまう。その度に、涙が流れるのだ。

 ハイジさんが冷凍保存されていたのと、遺書の指示があったから、引っ越すわけにはいかなかったのだろう。何度も、何度も、傷口が抉られたはずだ。

「ハイジさんが蘇生された時に、マナさんと一緒に立ち会わなかったのはなぜですか?」私はきいた。

「正直に言うと、あまり実感が湧きませんでしたからね。蘇生されたと言っても、眠ったまま意識は回復していません。体温の変化くらいしかないでしょう。せめて、会話でも出来れば違ったのだと思いますが」

「そうですか」私は頷いた。「ハイジさんが誘拐されましたが、心当たりはありませんか?」

「ないですね。兄の交友関係は、一切知りません。歳が離れているのもあったでしょう。私の知っている兄は、なにか忙しそうに端末で作業をしていました。食事や休憩の時に、話したりもしましたが、共通の話題もありませんでしたから、あまり弾みませんでしたね。私の知る限り、家に友人を呼ぶというのも、一度もありませんでした」

「最後にハイジさんを見たのは、十年前ですか?」

「そうです」

「蘇生されてから、不審な物音や、誰かがこの屋敷に来るなどはありませんでしたか?」

「来客は一人もありません。不審な音も心当たりがありませんね」

「ハイジさんがなにかの秘密を知っていたとかはありませんか?」

「秘密ですか?知りませんね」彼は首を横に振った。

「ハイジさんが十年前に亡くなったのは、正確には何月何日なんですか?」

「蘇生された日から、丁度十年です。全く同じ日に兄は一度、死にました。遺書には、十年後の同じ日に蘇生するように指示がありましたから」

 ……。

 それは、つまり、ハコブネの最初の死から、一カ月後を意味する。

 ハイジは、あの夜に死んだのではない。

 世界中が騒いでいた渦中に死んだのだ。

 なら、ハコブネの真相を知らない可能性の方が高い。

 最初の十二万人じゃなかった。

 ハズレか………。

「十年前といえば、あの事件が有名ですけど、それについてなにか知ってますか?」私は言った。後ろから席払いが聞こえた。タンブリンマンのものだろう。立場上、放っておくわけにもいかないのか。

「……ええ」彼はゆっくりと目を瞑った。「知ってはいます」

「ハイジさんの自殺の仕方がそれに類似していましたが、ハイジさんも例の事件と関わりがあったのですか?」後ろを振り返らないように意識した。それでも、背中に視線が突き刺さるのを感じた。

「そうですね。私も、兄の姿を見た時に、それを連想しました。ただ、兄が深く関わっていたかどうかは、知りません」

「ハイジさんとあの事件について、なにか話したことはありませんか?」

「ありません。ただ、あの時期は、兄も部屋に閉じこもっていました。そのせいもあり、コミュニケーションを殆ど取れていなかったですね」

「今回の誘拐とあの事件に関連はあると思いますか?」

「それを調べるのが、あなたたちの仕事ではないのですか?」彼は、少し引きつった笑みを浮かべた。その通りだろう。

 ただ、ハイジさんがエンプティ専用端末をセットしたまま自殺したなら、それは、ハコブネと関係がある。少なくとも、ハコブネの犠牲者にカウントされている。

 もしかしたら、示し合わせた時間に死ぬのが惜しいと、思ったのかもしれない。

 例えば、ハコブネのというサイトがあり、それに死ぬだけの理由があった。大勢もそれに賛同した。でも、本当に大勢が一斉に死ぬのかどうかわからない。もし、その情報が嘘で、自分だけ死んでしまったら、取り返しがつかない。

 だから、あの日に死なずに、様子を見た。そして、大勢が死んでいるのを確認したのちに、自殺した。そう考えることも出来る。それなら、ハイジさんはハコブネに関する重要な情報を握っていることになる。

 では、どうして、蘇生を望んだのだろうか?

 ハコブネの死は、生よりも魅力的だったのではないのか?

 だから、十二万人も死んだのではないか?

 だから、私の……。

 だめだ。

 今は、切り替えないと。

 幸い、エンプティに涙を流す機能はない。

「では、ダイキさんについてきかせてください。現在、仕事はしていますか?」

「いえ。遺産があるので、それで生活しています。両親の仕事は、兄も私も引き継いでいません。会社はトップが変わって経営されています。ただ、ちょっとした権利というか、そういうものを所持したままので、現在も一定の収入はあります」

「そうなんですか。マナさんのような方を、他に雇ったりはしないのですか?」

「彼女が大変だと言えば、増やすことも考えていますが、ただ、私はこの家の隅々まで綺麗にして欲しいとは思っていません。もし、人員を増やすように言われても、仕事量を減らすことで調整するでしょう」

「マナさんは、ずっとここで暮らしていますよね。トラブルなどはありませんでしたか?」

「一度もありませんね。私は十四で一人になりましたが、彼女がいてくれたおかげで成長出来たと思っています。感謝はしても、トラブルなんてもっての他です」

 ダイキさんにとっては、親代わりだったのだろうか。

「コイトさんもここに住んでいるようですが、今後の関係は、どう考えているんですか?」

「それを、あなたに話す必要がありますか?」彼は余裕のある笑顔で答えた。

「失礼。…そうですね。ハイジさんが目を覚ますと、この家の生活も変わると思います。それは別に構わないのですか?」

「当然です。元々、この家は、兄と私のものです。部屋も余っていますし、分け合うだけで済みます。それが本来の形です。十年掛けて、その形に戻るだけでは?」

「その通りだと思います。ハイジさんが蘇生された後、マナさんは様子を見に行きましたが、ダイキさんも気にはならなかったのですか?」私は話を変えた。

「先ほども話した通り、目が覚めて会話が出来れば、話したいことが沢山あります。ただ、眠っているなら、この十年間と変わりはありませんから」

 やはり、ドライな性格だな。そこまで割り切れるものだろか?顔が見たいと思うのが、人情じゃないだろうか?

「マナさんが様子を見に行く時に、彼女に変わった様子はありませんでしたか?」私はきいた。

「さぁ。知りません。わざわざ確認することでもないと思いますが?」

「この屋敷は来客がないようですが、友人と会う時は、どうされていますか?」

「ヴァーチャルか、エンプティドールを利用しています。仕事の話がない分、他の人よりも少ないと思いますが」

「では、最後に、ダイキさんは、例の事件について、どこまで知っていますか?」

「それを警察の方に言う訳にはいかないのではありませんか?」彼は笑顔を作った。「最も、殆どなにも知りません。世間一般の噂を知っている程度です」


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