プロローグ
とある男が蘇生した。
たったそれだけのことに、世界中が注目した。
その男の名前は、ハイジ。
日本人で二十二歳だった。正確には、二十二歳の時に死亡した。そして、十年の月日が流れた後に、蘇生された。そのニュースがあったのが三日前のこと。
この十年で医学が劇的に進歩したわけではない。十年以上前から、死因によっては蘇生も可能だった。ただ、記憶をそのまま引き継いでいることは、殆どない。人格が違っている場合もある。心肺停止から数分程度の蘇生なら、脳に障害が残らない時もある。ただ、十年間も活動を止めていた脳が、今まで通り何事もなかったかのように、まるで昼寝から覚めたように、動きだすわけではない。
なので、その男の場合も、記憶に障害が残っている可能性は十分にあった。そもそも、どういう状態で死体が保存されていたのかも、公表されていない。
専門家の多くは、その男の口から、原因究明の手がかりを得られるとは、期待していなかった。期待していたのは、専門知識のないオカルト好きな大衆と、ごく一部の人間だけだ。
ネイビィ・ネオンは、そのごく一部の一人だった。
最も、ネオンにとってハイジという男は、全く知らない人物だ。職業や年齢や名前でさえも三日前に初めて知ったのだから。ネオンが男に興味を持った理由は、男の死因だった。
死因は自殺。
自殺ではあるが、その時期が、十年前だ。
十年前と自殺。
その二つのワードが意味することは、ネオンのみならず、世界中が知っている。だから、男は、注目の的だったのだ。
十年前に起きた、世界同時多発自殺事件。
通称『ハコブネ』
たった一夜で、十二万人が自殺した。
この自殺が偶然ではない証拠が二つある。
一つ目は、自殺の方法だ。十二万人は、通称ゴッドドリームという睡眠薬の過剰摂取により死んでいる。
二つ目は、十二万の死体が、エンプティドール専用端末を付けていたこと。
この二つの共通点を持つ自殺が、十年前に起こった。
ただ、事件はそれだけでは終わらず、その大量自殺から半年の間に、八万人もの類似した死体が発見された。完全な共通ではなく、類似となっているのは、二つ目の方法が違っている死体も多く発見されたからだ。
ゴッドドリームの過剰摂取は、全ての死体に共通していた。(それ以外の自殺は、ハコブネとしてカウントされずに、自殺と処理されている)ただ、二つ目の項目が、専用端末だけではなく、カプセル内だったり、VRゲーム中だったりと多数の違いがあった。この八万人は、連日続いたニュースや記事、又は、憶測や扇動などにより、後を追う形で死亡したとされている。
この二十万人の死を持って、ハコブネは、真相を明かされることなく、無理やり蓋をされた。更なる犠牲者を出さない為に、箝口令が敷かれたのだ。
なので、その後も、同様の死に方をしている人はいるが、それはハコブネには含まれていない。
蘇生された男、ハイジが注目されているのは、勿論、ハコブネが関係しているからだ。男は、十年前に遺書を残し、自殺した。
そして、十年後、遺書に書かれた文言通り、男は蘇生された。
つまり、十年前のハイジ自身の意思によって、蘇生されたのだ。それ以外の方法で、例えば、事件の解決の為であったとしても、本人が望まない限りは、蘇生させることは、全世界で禁止されている。
自殺をしながら、蘇生を望んだ男。
この奇妙な男の目覚めによって、世界中が再びハコブネに注目した。
元々、噂の絶えない事件だった。それを厳罰で蓋をしただけの、無理のある対処だった。ハイジの蘇生によって、決壊したダムのように、興味が溢れたのだ。ハコブネの真相は、現在もわかっていない。
口には出せないが、多くの人が真相を知りたがっている。殆どの人にとっては、それは、単なる好奇心だろう。
ただ、ネオンにとっては違った。
それは、使命であると、ネオンは、自らに誓っていた。
ネオンを含めた世界中の人間が、ハイジの言葉を待っていた。
男は、蘇生されても眠ったままだったらしい。会話が出来るようになるには、一週間はかかるだろう、と医師の見解だった。
あと、四日。
十年間も真相をお預けされた人たちは、この三日間だけでも痺れを切らしていた。
ただ、本日、新たなニュースが報道された。
自殺をし、蘇生された男、ハイジが何者かに攫われたのだ。