鏡越しの再会
鏡から離れよう。
俺は目を逸らそうとした。
「待って、目を逸らさないで!鏡から離れないでくれ!」
首に噛み跡がある男が血の気が引いた顔で鋭い声で言ってきた。
「お兄ちゃんだよ。思い出してよ。ヒラタ・ムスブだよ。トシヒトのお兄ちゃんだよ。君はトシヒト。思い出せ!」
彼は鏡から出てくるような勢いで話してきた。
それと同時に頭が痛くなった。
「絶対目を閉じるな!忘れる!」
目を閉じたくなったけど、してはいけない。
目を逸らせば、また忘れる。
記憶を変えられる。
「ウィルスの排除を開始する」
必死に叫ぶ兄の横で、義兄が手を空中で何かを掻き回すような動きをした。
それに伴い頭痛どころか全身が痛くなってきた。
目を閉じてしまいそうになる。
倒れそうになる。
体を洗面台のシンクに寄りかけ、両手でそこに手をつき、上半身を支えて、鏡から目を離さないようにした。
体のなかから何かが滲み出てくるような感じがする。
頑張って目を開けると黒い粘液状のものが体から出てきていた。
「がんばれ、トシヒト。もうすぐ100%クリーニング終わるから。」
兄からの応援の声がする。
気を失いたいくらい痛い。
でも思い出さないと。
兄さんたち、母さん、父さん、学校の友達のこと。
そして、一番大切なアイツ。
「修一どこだよ。キスまだしてない。」
俺は、シンクに寄りかかり、嗚咽混じりに叫んだ。
「クリーニング完了!よく頑張った!」
義兄は、声を弾ませて、人機感染型電子ウィルスの排除を告げてきた。
それと同時に全身が毛で覆われた。
「保護パッチ、100%起動。俊仁すまない。保護パッチはライオンの獣人姿になるんだ。」
鏡を見なくてもわかった。
「俊仁、頼む。獣の要素を持つ人間を集めて、魔王を倒してエンドロールに導いてくれ」
義兄が力強い声で俺にお願いしてきたのを最後に、鏡は元の鏡になった。
鏡には俺が映っていた。
俺はライオンの獣人の姿になっていた。
人の骨格にライオンの顔と尻尾が生えたような姿だ。
全身に地肌の見えないほど密に短い毛が生えていた。
「絶対に見つける。修一。」
鏡越しのメスライオンが俺を睨んできた。




