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友達

「はい,みなさんおはようございます.ちょっと早いですが席について.」

ホームルーム前のチャイムも鳴らぬうちにガラリとドアを開けた担任の末永は,教室に散らばって喋っている児童たちに声をかけた.

夏休み前日に浮きたった雰囲気の教室だったが,普段の朝の点呼前とは違う担任の様子を感じ取ったのか,皆いそいそと会話を切り上げ,すぐに静まった.

「真鍋くん,自己紹介しましょうか」

末永の後ろから,少し緊張した様子の少年が入ってきた.

「みなさん初めまして,東京の帝南暮小から転校してきました,真鍋洋一です.父の仕事の都合でこの度カルイシに引っ越してきました.この辺のことは全くわからないので,色々教えてくれるとありがたいです.よろしくお願いします.」

真鍋はそう言ってお辞儀した.上げた顔は,品のいい顔立ちをしていた.白いシャツの襟元には皺ひとつなく,涼しげな緑のベストがよく似合っている.洋一はパチパチと30人の拍手と好奇心の透ける視線を浴びながら,

「窓際の一番後ろ,八戸くんの隣の席が空いているわね.あなたの席はあそこよ」

と,案内された席に向かって歩いた.背筋が伸びて姿勢が良い.田舎娘たちは都会の風を感じたのか,早くも洋一に熱い視線を送っている.

洋一が座るとすぐに,横の少年が声をかけた.

「俺,八戸凛.綱引きやってる.よろしくな,洋一」

凛は少し枯れた声で言った.綱引きのイメージとは似つかない,鮮やかな色のドクロのTシャツと一瞬目が合う.

「綱引き?珍しいね.よろしく,八戸くん」

「凛でいいよ.リンリンでもいいぞ」

「ふふ,パンダじゃないんだから」

そこでチャイムが鳴った.

「はい,静かに.じゃあホームルームを始めます.出席確認ね,相田さん」

担任の末永が点呼を始めた.1人ずつはい,と返事をしていく.

「なあ」

凛は顔を前に向けたまま,声をひそめて洋一に話しかけた.

「洋一の家ってあの丘の上の新しい白いお屋敷だよな」

「お屋敷ってほどじゃないけど.そこから見えてるのを指してるなら,そうだよ」

窓の向こうには,山々の連なる中にこじんまりと住宅街があり,その向こうの小高い丘にひときわ輝く白い家が見える.

「あそこから山に向かってヤッホー!って叫んだらさ,聞こえるんじゃねーかな,ヤッホー!って」

「ふふ,やまびこか.僕は叫んだことないから分からないな.やってみる?」

「そこ,今はお喋りする時間ではありませんよ!」

2人はヒソヒソと話していたものの,担任に見つかってしまった.

「すみません」

「ちぇ,すんません」

担任が点呼を再開してしばらくすると,凛から洋一に丸まったノートの切れ端が飛んできた.

(おれんち,そこの丘の下の神社なんだ.カルイシ神社.放か後いっしょにかえろうぜ)

洋一は机の下に手を下げると,凛に向かってOKのハンドサインを出した.

「っしゃ!ナイスぅ!」

凛は小声で言ったつもりだったが,担任はギロリと凛を睨むと,

「八戸くん,あと真鍋くんも.後で職員室に来なさい.ホームルームは以上です.」

とお怒り顔で教室を出て行ってしまった.

「初日から飛ばすねえ」凛が悪戯っぽく笑った.

「八割方,君のせいだけどね」洋一は横目で笑いながらちょっと肩をすくめた.




その日,洋一は昼休みも授業の合間の短い休憩時間も,新しいクラスメイトに質問攻めにあっていた.

また,ホームルームで洋一に話しかけまくった凛は,一日黒板消し担当の罰を受け,洋一は放課後になるまでほとんど凛と話すことができなかった.授業が終わり,下校の準備を済ませた凛は,夏休み前日までに計画的に荷物を持って帰らなかったために,両肩に大きな手提げをぶらさげていた.パンパンのランドセルからは鍵盤ハーモニカが飛び出していた.

「あっちでは制服だったから,みんな私服なのは不思議な感じがするな.でもこっちの方がいいよ.堅苦しくなくて.みんな同じ格好してるなんて,よく考えたらおかしいよ」

「小学校でも制服あるんだな.オシャレチェーン着けられないなんてしんどくねえの?」

「東京ではベルトにチェーンをつける風習はまだなかったよ.凛,君のセンスは多分日本の最先端だ」

洋一は真剣にそう言った.「僕はまだ,一昨日引っ越してきたばかりだ.でも,もう東京よりカルイシの方が好きだよ.」

「へへっ.嬉しいこと言ってくれるじゃん.そして,そんなカルイシの流行ど真ん中,カルイシ神社の客寄せパンダと言われるリンリンだぜ.」

「それは褒められてるの?」

「微妙なラインではある」神妙な顔で凛は言った.



「これ,やるよ」

凛の家,神社の鳥居の前にたどり着くと,凛は大切そうにベルトから銀色のゴチャゴチャしたチェーンを外した.

「友情の証だ.これから,そのー,よろしくな」凛は少し照れながら洋一にチェーンを手渡した.

「え,いいの」

「男に二言はねえよ」

「わあ,ありがとう…!僕,これ毎日つけるよ」

「流行に乗り遅れたらカルイシではシカツモンダイだからな」

凛が言うと,洋一は早速無地のスラックスにビカビカするチェーンを取り付け,嬉しそうに眺めた.

「すまねえ,本当は家まで送ってやりたかったんだけど.今日の朝,ばあちゃんに帰ってきたら急ぎの話があるって言われちまって」

「いいよ.凛,意外と紳士だね.すぐそこだから帰れるよ」

「へへっ,せいぜい気をつけて帰れよ!熊に」

「熊⁉︎熊は予想外だよ,困るよ」

「ばーか,目潰しすればいいだろ!じゃあな!」

「ぬるい都会暮らしのお坊ちゃんには無理難題だよ!」

洋一が言い終わる前に,凛は神社の中に駆けて行ってしまう.

あ,だめだ,明日から夏休みだというのに…

「凛!明日!明日は会える⁉︎」洋一は叫んだ.

「夏休み初日だぞ.そんな暇なわけ………

あるんだなー,これが!洋一!明日朝迎えにいくぜーーっ!!!」

長い境内の参道を走り抜けながら,凛は振り返ってこちらに手を振った.

「りんー!また明日!」

洋一は今まで出したことのない大きな声で別れを告げた.腰には夕焼けの赤い日差しを受けて銀のチェーンが輝いていた.凛が来る前に,やまびこが綺麗に聞こえる場所を探しておこうか,洋一は思った.



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