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一匹狼の花嫁~結婚当日に「貴女を愛せない」と言っていた旦那さまの様子がおかしいのですが~  作者: Mikura
番外

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5話 買い物と遭遇




 王都の商店街をアルノシュトと共に行く。すれ違う人々が少し驚いたようにこちらをちらりと見るので、少し緊張してしまう。魔法使いだとバレて嫌がられるのではないかとヒヤヒヤしていたが、どうやらそれとは違う。どこか不思議そうに、つい視線を送ってしまった、という表情ばかりだ。



「何故かとても見られている気がしますね……」


「貴女は目立つからな。……魔力の香りも、この辺りの者は嗅ぎなれなれないだろうから」



 獣人たちの嗅覚は魔法使いの魔力を嗅ぎ取ることができるという。自分ではそれがどんなにおいなのかは分からないが、ミランナなどの反応を見るに「いい香り」であるようだ。

 魔力を封じる枷によってたまっていた魔力が放出された直後は部屋どころか辺り一帯に漂うほど強い香りだったようなのだが、それも今は落ち着いていて近づくと分かる程度になっている。バルトシーク領では魔法を使った宴を何度も催し、付近の獣人は皆この香りを知っているが、王都の獣人たちからすれば知らないにおいなのだろう。


(獣人はみな嗅覚がいいから、香水やお香は使わないものね……人から香る、というのが不思議なのかも)


 彼らからすれば私は香水をつけているような状態なのかもしれない。……いや、実際には体臭と呼ぶべきなのかもしれないが。そう思うと恥ずかしくなってきたので、これ以上考えるのはやめた。ミランナがまたたびを与えられた猫のように喜ぶのだ、いい香りなら気にすることはない。



「リシィ、ここが刺繍職人御用達の店だ。刺繍糸が豊富にある」


「まあ……とても立派なお店ですね」



 周辺にある店よりも倍広い店舗だ。ヴァダッドでは平屋の建物が多いので広い建物になりやすいが、この店は二階建てである。建物自体もそれなりの年数を経ていそうだが、傷んでいる様子はない。老舗店といった雰囲気で、客もそれなりに出入りして繁盛しているようだ。

 店に入ってみるとそれはもうあらゆる色が出迎えてくれた。広い店内に様々な糸が種類ごとの棚に分けられ、美しいグラデーションで豊富な色を並べてある。


(見ているだけで楽しい……わくわくしてしまう)


 他にも糸を選んでいる客は多く、その誰もがどうやら猿の獣人のようだ。刺繍職人はほとんどが爪が短く手先の器用な猿族だと聞いていたので驚きはしない。そんな彼らはどう見ても狼であるアルノシュトが入ってきたことに驚いている様子だったが。



「好きなように見てくれ。俺は離れないようについていく」


「はい、分かりました」



 私が糸を見ている間、アルノシュトはぴったりと背後について回っていた。それが何だか可笑しくて笑いそうになったけれど、糸は真剣に選ぶ。刺繍の文化だけあって、種類も色も豊富で美しい。象である王に贈るべきものを思案し、実際に色を見ることで図案を決めていく。


(獣人は祖とする動物をとても好むから、象の刺繍を中心に……やっぱり、周囲に花を刺したい。そうね……花は立体刺繍にしてみましょう。色は……)


 そうして刺繍のイメージをつくりながら、使いたい糸をいくつか手に取った。今度はそれを刺す布をどうするかを実際に比べて見て考えたいと思ったら、この店の二階には刺繍用の布を売っているらしい。

 商戦としてかなり正しいと感じた。糸を持って二階に上がり、実際の色を合わせながら布を決められるのだ。

 さっそく糸束を手に二階で布を見ることにした。売られている反物の前にはそれぞれ見本用の切れ端が用意されているので、商品を汚したり傷つけたりする心配もなく触れて手触りを確認したり、糸を乗せて実際の色を見ることができるようになっている。



「どちらにしようかしら……いえ、それともこっちに……?」


「……リシィ、俺には全部同じに見える」



 花は色とりどりに華やかな雰囲気に仕上げたいため、布は白系統にすることにした。しかし一言に白と言っても、それにはいくつもの種類がある。どの白が私の理想とする刺繍に仕上がるか悩んでいたのだけれど、アルノシュトには違いが分からなかったらしい。



「まあ、アルノー様。全く違うではありませんか。こちらは温かみがあって優しい白で、こちらは輝くような透明感のある白ですよ」


「……うむ、そうか。貴女がそう言うのなら全く違うんだろう」



 結局あの象の王の柔和な雰囲気にあった、温かみのある白を選んだ。刺繍糸も土台となる布地も決まったためどちらも購入し、布地の方はスカーフとして使えるよう断裁加工ののち送ってもらえるよう手配して店を出た。



「喜んでいただけるといいのですが……」


「貴女が真剣に選び、心を込めて刺繍するんだ。王が喜ばないはずもない。俺なら尾がはちきれるくらい嬉しい」


「ふふ……アルノー様がそう言ってくださると自信が湧きます」



 今ですら腕を組みながら笑い合うだけですでに彼の尾ははちきれんばかりに振られている訳だが、アルノシュトはいつも私の刺繍を褒めて喜んでくれる。そんな夫の姿を見ていれば自信もつくというものだ。

 今から刺繍をするのが楽しみだと気をおろそかにしたせいだろう。突然目の前に子供が飛び出してきて驚き、固まる。ぶつかりそうになったところで私の体は急に浮き上がり、先ほどまで私がいた場所に子供が倒れ込んでいるのが見えた。



「ご、ごめんなさい!」


「ごめんなさい! 大丈夫!?」


「元気に遊ぶのはいいが周囲に気をつけろ。妻にぶつかるところだった。……大丈夫か、リシィ」


「え、ええ……大丈夫です」



 どうやら子供たちが遊びに夢中になりすぎて、一人が道に飛び出してきたようだ。子供でも身体能力の高い獣人なので、組手のような遊びをすれば軽く吹き飛ぶこともあるのだろう。周囲はいつものこと、という様子で微笑まし気な視線を感じるだけだ。


(魔法使いでいうところの、魔力操作を誤って怪我をしそうになるようなものかしら……ちゃんと気を付けなければ)


 私はアルノシュトがとっさに抱きかかえてくれたので怪我一つなかったけれど、子供の方は転んで手の皮をすりむいているようだった。

 二人の子供たちはアルノシュトを恐ろし気に見上げながら、耳を伏せて尻尾を脚の間に収めてかなり委縮している様子である。片方は狐の獣人で、もう片方は狸の獣人のように見えた。

 子供からすれば大人であり、立派な武人でもある彼は恐ろしく感じるのかもしれない。話すのもあまり得意ではないし、いまだに無言で彼らを見下ろしているのがその恐怖を増長させている気がする。



「アルノー様、もう大丈夫ですから降ろしてください」


「……うむ」



 彼の尾と耳は警戒するようにピンと立っている。偶然の事故だったけれど、彼の警戒心を掻き立てるには十分な衝撃だったらしい。私も油断せず、あらかじめ防御魔法をかけておいた方がいいことを学べた。

 しかし今はとにかく、しゅんと申し訳なさそうにしている二人の少年とその怪我の方が優先だ。



「怪我をしているわ。痛いでしょう?」


「これくらい平気だよ。お姉さんこそ、ごめんなさい……」


「何もなかったからいいの。でも、怪我をしないように、させないようにこれからは気を付けて遊んでほしいわ。……ちょっと傷を見せてくれる?」


「うん」



 怪我をしているのは狸の方の少年である。差し出された小さな手のひらには赤い線が走り、その上砂で汚れていた。かなり痛みもあるはずだがその子は私を心配するばかりで、自分の怪我には頓着していなさそうだった。

 痛々しいな、と眉をひそめた時強い風が吹き抜ける。先ほどアルノシュトに抱えられたときにかぶっていた帽子がずれてしまっていたようで、その風で飛んでしまった。なお、どこかに触られる前にアルノシュトが即座に掴んで被せてくれたのだが、それでも目の前の少年たちには私の頭が見えてしまったようで、不思議そうな顔をしている。



「……あれ、お姉さん……何の種族?」


「猿族……にしては耳が小さいし、尻尾もないね。見たことないや」


「私は……」



 帽子をかぶってきたのは種族的に目立ちすぎないようにするためだったけれど、私は魔法使いであることを誇りに思っているし、獣人たちに自分の種族を知ってほしいのだ。この子たちは魔法使いをまだ知らない。ならば、ちゃんと自己紹介するべきだろう。

 魔力を操り狸少年の手に治癒の魔法をかける。手をかざして魔法をかけ、数秒後にはきれいさっぱり傷が消えていた。驚く少年の手のひらに残った砂を、魔法で出した水で洗い、風で乾かしながらにこりと笑いかける。



「私は、魔法使いなの。これくらいの怪我ならすぐに治せるわ。もう痛くないでしょう?」


「……魔法使い……?」


「魔法使いって、あの……?」



 少年二人は目を丸くして私を見上げた。そのどちらにも戸惑いの色がある。

 彼らはきっと、どこかで「魔法使い」という存在について聞いたのだ。だから私は、私という存在をまずこの子供たちに知ってほしいとそう思いながら、微笑んだ。



先日立体刺繍の作品を見たのですけれど、すごい技術だなぁ…と思います。

めちゃめちゃ綺麗でした。


そして本日はコミックス1巻の発売日です。

私の書き下ろしSSもにごう先生の描きおろし漫画もあります。

是非よろしくお願いしします…!

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― 新着の感想 ―
狸少年、想像すると可愛らしい感じですね。 怪我を治すことで、魔法使いに対する偏見が減ってくれると良いのですが。 続きも楽しみにお待ちしております。
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